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大公  作者: ヨクイ
第1章 姿なき主
21/80

貴族遊戯

修正版です。


「大公領に向かった使者の話を聞ききましたか」

 呼びかけた貴族の男は、声を落としてこう切り出した。

 窓の外には夕闇が迫っている。

 すると、向かいに座った初老の男がゆっくりと頷いた。

 豪奢な装いのその男は、代々続く名門貴族の当主だ。

「あれは、ワシの妹婿の甥っ子の一人だ。出自もちゃんとしておるし、目端のきく男だ」

 したり顔で言う老貴族に出鼻を挫かれた男は、それでも気をとりなおして話を続けた。

「大公は領土内にいた貴族の領土をすべて召し上げ、金を絞り取り、土地の貴族に納められるはずの税金をすべて自分の懐に握りこんでいるのですよ。これは由々しきことではありませぬか」

「大きな収入源を失った貴族たちの多くが、大公領から王都へ逃れてきていると聞きます」

 もう一人の若い貴族の同意を得て、男は調子付いた。

「多数の貴族がこのような不当な扱いを受けているというのに、王は見て見ぬふり。彼の爵位が本物かどうか誰も知らないというのだから、言語道断な話です。大公領に送られた使者は、当人に会うことすらできなかったというではありませんか」

「社交界に出てきている人物なら、ワシはすべて知っておる。しかし、そのような男は見たことも聞いたこともない。本来なら、ワシに挨拶のひとつもあっていいようなものだが」

 自分の知らない貴族が存在することがよほど不快なのに違いない。

 老貴族は鼻にしわを寄せた。

「しかし、彼が実力者であることには変わりないでしょう。出自は怪しいものですが、迂闊に異論でも唱えようものなら……。北にあった、かの大国が僅かひと月ほどで制圧されてしまったというではありませんか」

 若い貴族の言葉に、男もしばらく押し黙った。

「大国を制するだけの武勲をあげたとなれば、王も爵位を認めざるを得まい。出自がいかに卑しくともな……。しかし、あれだけの爵位をもちながら、なぜ社交界に顔を出さんのじゃ」

 存外間抜けな爺だと心の中で毒づきながら、男はそれでも、なんとか話を本題に戻そうと試みる。

「王はもう少し、周囲に目を配るべきなのです。誰が本当の王の忠臣であるのかを」

 そう言って、少し間をおき、老貴族と若い貴族の二人の顔を交互に見た。

「あの男がもし、この王都に来てしまったらどうなるかと考えたことがおありですか。この国はめちゃくちゃになってしまう。他の貴族は軽んぜられ、やつ一人が幅を利かせるようになるかもしれないのですよ」

「わかっておるわい。しかし、いくら大公とはいえ、王の部下。王都にまでは手を出すまい。名門貴族のワシらから、奪えるものがあるのなら奪ってみるがいい」

 どこまでお気楽な……と落胆する気持ちを奮い立たせ、男はさらに言い募る。

「名門貴族だけではありません。貴族が追われれば、社交界だって成り立ちません。この王政も根底から覆ってしまいます」

「一体、貴殿は何が仰りたいのですか」

 痺れを切らしたように、若い貴族が尋ねた。

「王に釘をさすのですよ。貴族を失ったら困るのは王自身だということにお気づき頂くのです。そして、貴族の身分を保護し、領地を保証するようにしていただかなくては」

「しかし、どのように進言すればよいか……。お聞き届けいただけるでしょうか」

不安そうに言う若い貴族に、ここぞとばかりに老貴族が語りかける。

「まあ、ワシが一言、進言差し上げても良いが。ワシの姪の……なんだったかな。まあ、縁戚にあたる貴族が、大臣と知り合いでな。話をつけられんこともない」

 あてになるのかならないのか分らない老貴族の知り合いに、そんなこと任せられるか。

 うんざりしながら、男はとうとう本題を切り出した。

「噂を流すのです」

「噂ですか」

「貴族の間で、謀反の動きがある。貴族を軽んじてばかりいる国王に反旗を翻そうかという話が持ち上がっているのだという……あくまで噂です」

「そのようなことで効果があろうか」

「誰かの言葉で進言すれば、何か裏があると思われるかもしれません。が、このように多くの貴族が結びついて、王をおびやかすとなれば、王も目を覚ましましょう」

「なかなか荒っぽい手段だが、面白そうじゃ」

意外にも真っ先に老貴族が賛同した。

「でも、本当の謀反人として捕まるようなことは……」

若い貴族は小心者なのか、既に青くなっている。

「これは本当の話ではない。腹を探られたところで、痛くもかゆくもないのだ。……だが、誰が最初に噂を流したのか気づかれないよう、気を配らねばなりません」

 それならば……と、まだ緊張した面持ちだが、若い貴族も安心したように頷いた。

「では、詳細を詰めましょう。計画はこうです」

 先ほどよりも益々身を乗り出すようにして、三人は密談を始めた。

 これは彼らが生き残るための策略なのだが、いざやると決めると、まるで危険で刺激的な遊戯のようでもあった。

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