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大公  作者: ヨクイ
第1章 姿なき主
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視察

修正版です。

「ここが兵舎か」

 彼の上司が重々しく言った。

 男は、王からの親書を携えて、使者として大公領に来た貴族の男の部下だった。

 町中を視察するにあたり、昨日彼らを出迎えた議員がまた案内してくれるという。

「中をご覧になりますか」

「いや、ここは見なくともかまわんだろう」

 上司の言葉に、彼も頷く。

 兵舎というものは、概して清潔さに欠けるものだ。

 上司も同じように思っているのに違いない。

「武器庫はどこにある。どれほどの武器を揃えられているのか、ぜひ拝見したいものだ」

 上司の言葉に、案内の男はこともなく頷いた。

「こちらになります。舗装していない道が続きますので、足元にお気を付けください」

 案内されたのは、木柵で囲われた広大な敷地だった。

 そこになにやら小さな要塞のようなものや、車輪のついた黒々とした塊が 整然と並べられている。

「なんだ、これは。砦の類か。いや、車輪がついておるものもあるな……」

 すると案内の男は恐縮した顔で答えた。

「私も軍人ではないので、よく存じません」

「車輪のついたものは、馬に引かせるのでしょうか」

 彼の言葉に、上司も頷いた。

「そうかもしれんが……しかしこの数はなんだ。戦場にこんなにたくさんの砦を持っていくのか」

 案内の男は今度は黙っている。

 答えないのではない。

 おそらく知らないのだ。

「大公というのは、存外臆病者なのかもしれんな」

そう言って上司は目を細めた。

「武器を鋳造している場所を見たいのだが」

「かしこまりました。こちらになります」

 そう言って案内されたのは、また反対方向にある大きな建物だった。

「このような大きな建物の中で、職人が立ち働いておるのか。まるで奴隷だな」

 それぞれの職人たちが個別に作っているとばかり思っていたが、どうやらそうではないらしかった。

 しんと静まり返った建物の中に入ると、そこは何やら得体のしれない装置が置かれていて、それ以外はがらんとしてた。

「人がおらぬな」

「はい。実は今日はお祭りでして。このあたりで働く職人どもは皆、町に出ているのでございます」

 そう言えば、最初の時にもお祭りがどうとかいう話をしていた……と男は思い起こす。

 この町の中心を走る大通りに向かうと、通りに並ぶ建物という建物に、花が飾られ、道端にはばら撒かれた花弁が散っていた。

「これはまた、盛大な祭りだな」

上司の問いに案内の男は今度は、機嫌良く応えた。

「はい。もう何年もこんな祭りなどやっていなかったのですが。私が子供のころには私も嬉々として花弁を撒き散らしたものです。ここしばらくは戦争で、祭りどころじゃなかったんですが、大公様が是非、祭りを復活させて、日頃の疲れを癒すようにと。直々のお達しなのですよ」

 途端に雄弁に語りだした男の目はきらきらと輝いていた。

 よほど、この祭りができることが嬉しいらしい。

 上司はさして興味をひかれたようではなかったが、祭りで浮かれ、活気のある商店街をちらちらとのぞき見て回った。


 視察はこれで終わりだった。

 わかったのは、大公が臆病者で小さな砦をたくさん持っていて、当の本人は今病の床にあり、全権を補佐官が握っていて、武器を作るために、大量の 職人たちを奴隷のように囲っている。

 人は多いが、町は貧相で、大公本人も芸術を理解する美意識に欠け、町民たちのご機嫌をとるために催し物をやったりしている。

 それぐらいだった。

 そして、大公がどんな人物なのか――。

 それは、さっぱりわからないままなのだった。

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