視察
修正版です。
「ここが兵舎か」
彼の上司が重々しく言った。
男は、王からの親書を携えて、使者として大公領に来た貴族の男の部下だった。
町中を視察するにあたり、昨日彼らを出迎えた議員がまた案内してくれるという。
「中をご覧になりますか」
「いや、ここは見なくともかまわんだろう」
上司の言葉に、彼も頷く。
兵舎というものは、概して清潔さに欠けるものだ。
上司も同じように思っているのに違いない。
「武器庫はどこにある。どれほどの武器を揃えられているのか、ぜひ拝見したいものだ」
上司の言葉に、案内の男はこともなく頷いた。
「こちらになります。舗装していない道が続きますので、足元にお気を付けください」
案内されたのは、木柵で囲われた広大な敷地だった。
そこになにやら小さな要塞のようなものや、車輪のついた黒々とした塊が 整然と並べられている。
「なんだ、これは。砦の類か。いや、車輪がついておるものもあるな……」
すると案内の男は恐縮した顔で答えた。
「私も軍人ではないので、よく存じません」
「車輪のついたものは、馬に引かせるのでしょうか」
彼の言葉に、上司も頷いた。
「そうかもしれんが……しかしこの数はなんだ。戦場にこんなにたくさんの砦を持っていくのか」
案内の男は今度は黙っている。
答えないのではない。
おそらく知らないのだ。
「大公というのは、存外臆病者なのかもしれんな」
そう言って上司は目を細めた。
「武器を鋳造している場所を見たいのだが」
「かしこまりました。こちらになります」
そう言って案内されたのは、また反対方向にある大きな建物だった。
「このような大きな建物の中で、職人が立ち働いておるのか。まるで奴隷だな」
それぞれの職人たちが個別に作っているとばかり思っていたが、どうやらそうではないらしかった。
しんと静まり返った建物の中に入ると、そこは何やら得体のしれない装置が置かれていて、それ以外はがらんとしてた。
「人がおらぬな」
「はい。実は今日はお祭りでして。このあたりで働く職人どもは皆、町に出ているのでございます」
そう言えば、最初の時にもお祭りがどうとかいう話をしていた……と男は思い起こす。
この町の中心を走る大通りに向かうと、通りに並ぶ建物という建物に、花が飾られ、道端にはばら撒かれた花弁が散っていた。
「これはまた、盛大な祭りだな」
上司の問いに案内の男は今度は、機嫌良く応えた。
「はい。もう何年もこんな祭りなどやっていなかったのですが。私が子供のころには私も嬉々として花弁を撒き散らしたものです。ここしばらくは戦争で、祭りどころじゃなかったんですが、大公様が是非、祭りを復活させて、日頃の疲れを癒すようにと。直々のお達しなのですよ」
途端に雄弁に語りだした男の目はきらきらと輝いていた。
よほど、この祭りができることが嬉しいらしい。
上司はさして興味をひかれたようではなかったが、祭りで浮かれ、活気のある商店街をちらちらとのぞき見て回った。
視察はこれで終わりだった。
わかったのは、大公が臆病者で小さな砦をたくさん持っていて、当の本人は今病の床にあり、全権を補佐官が握っていて、武器を作るために、大量の 職人たちを奴隷のように囲っている。
人は多いが、町は貧相で、大公本人も芸術を理解する美意識に欠け、町民たちのご機嫌をとるために催し物をやったりしている。
それぐらいだった。
そして、大公がどんな人物なのか――。
それは、さっぱりわからないままなのだった。




