親書
修正版です。
「見えてきました」
馬車の車輪がたてる大きな音に負けじと、御者が声を張り上げた。
中にいた三人の男たちは、そろって窓から外を見た。
左右に草原が広がり、その先にぽっかりと浮かぶように町を取り囲む石壁が見える。
石壁はこのあたりでよく見られる造りで、それほど珍しいものではない。
男三人のうち、一人は壮年の貴族で、贅沢な衣服を身にまとっている。
二人は若い下級貴族で、彼の部下だった。
壮年の男は居住まいを正す。
彼は、正式な国王の使者として、このあたりの領土一帯を治める大公に親書を手渡すため、遠路はるばる大公領を訪れたのだった。
驚くほどの速さで領土を拡大していく大公なる人物の功績を称え、大公を王都に招き、直接褒美を取らせる……というのが表向きの内容だ。
しかし実のところは、いつの間にか大公としてのし上がった彼の素性と強さの秘密を探るのが、彼に課せられた本当の役割だった。
――大公とは一体何者なのか。
彼は大公を自称しているが、王はそのようなものを与えた覚えはないという。
大方、金で爵位を買ったどこかの豪族か下級貴族が、勝手に大公を語っているのではないかというのが、大方の見方だ。
しかし、素姓の知れぬ者とはいえ、これだけの領土を自力で獲得したほどの人物。
王に忠誠を誓い、国王のために立ち働くなら良し。
反逆の意思が少しでも見え隠れするようなら、直ちに身分を偽った奸臣として捕らえよ、というのが王の命だ。
町が近付くにつれ、町を出入りする荷馬車が見られ、活気が感じられた。
「えらく人通りが多いな」
男の問いに、部下が頷いた。
「なんでしょう。あ、迎えの者がおるようです」
石門の前に、馬を引いた男が立っているのが見えた。
こちらを向いて頭を下げ、平民や商人たちとは違う変わった服装だったのでそれとわかったが、近づいてみるとやけに簡素だ。
「お待ちしておりました。王都からの御使者様ですね」
部下の一人が馬車を降り、応えた。
「出迎えの者か」
「はい。本日この町で祭りがございまして、人通りも少々込み合っております。私が先に立ってご案内いたしますので、お気をつけて進みくださいませ」
「そなたは貴族なのか。えらく質素な装いだが」
そういうと案内の男は申し訳なさそうに首を縮めた。
「いえ、私は商人上りの者でございます。こちらでは議員の役職を頂いております」
「王からの直々の使者であるぞ。その旨は事前に申し送っておるはず。他に人はおらぬのか。無礼であろう」
「は……恐縮でございます。誠に申しあげにくいのですが、この町には……この町といわず、大公様の領土には貴族と呼ばれる方々はおられませんので」
「なに、貴族がおらぬと」
黙って馬車の中で待っていた男も、その言葉には驚いた。
「貴族がおらぬと申したか」
「はい。ご存じありませんでしたか。その代わり、私のような商人上りの者が議員を務めさせていただいております」
「なんと……よくわからぬ話だが……。まあ、いないというのでは仕方あるまい。これ以上ここで問答していても時間の無駄だ。案内してもらおうか」
「かしこまりました」
部下の若者は、難しい顔をしながら、また馬車の中に戻った。
議員という役職にあるという男は、ひらりと馬にまたがり、貴族たちをのせた馬車もまた前に進み始めた。
「貴族が一人もおらんとは……」
壮年の男のつぶやきに、部下たちは熱心にうなずいた。
「一体どうなっておるのだ」
「貴族がおらぬ領土など聞いたことがないぞ」
「商人なんぞに議員とかいうわけのわからぬ役職を与えて……貴族の尊厳を貶めているとしか思えぬ」
部下たち二人は熱心にうなずき合っている。
「いや、聞いたことがあるぞ。ずいぶん前に、領土を奪われて財産も巻き上げられたので、王都にまで知人を頼ってきた貴族の話を小耳に挟んだことがある」
「そのようなことが」
話に夢中になっていた三人だが、いつのまにか馬車があまり振動しなくなったのに気づいた。
「揺れなくなったな」
男の一言に、部下たちもはっとした顔をする。
「は……。や、誠ですな。道がきれいに舗装されておりますな。まるで王都のようで」
「それにしても……道は良いようですが、建物はみすぼらしいことこの上ない」
「なんともおかしな具合ですな」
部下二人は小馬鹿にしたように笑った。
王都の豪奢な建物が立ち並ぶ様子とは比べ物にならない。
居並ぶ商店は活気があり、人の往来はとても多いが、目に入る建物は、下町で見るような質素な作りの物ばかりだ。
「所詮は成り上がり者の領土。王都には遠く及ばぬ」
男は重々しく言い放ち、部下たち二人もそれに賛同した。
先導していた議員の男がある建物の前で馬を下りたので、馬車もそれに従った。
「ここは……」
「着きました。どうぞこちらへ」
三人がぞろぞろ馬車を降りると、目の前にあったのは白壁の大きな建物だった。
ただし、装飾のようなものはほとんどなく、全体的にのっぺりとしている。
「大公様はこちらにおられるのか」
「こちらにご案内するよう申しつけられております。さ、さ、中へお入りくださいませ」
三人は議員の男の後に続いて、建物の中に入った。
しかし、中も驚くほど装飾がなく、三人はまさかこれは罠では・・・と本気で疑い始めた。
通された部屋の内装を見て、ようやく少し安心する。
その部屋は作りこそ簡素だが、彼らが見慣れたような豪華な家具が置いてあり、彼らを安心させた。
ほどなく、そこへ先程の議員とは違う、すらりと長身の男が入ってきた。
「ようこそお越しくださいました」
長身の男そう言いながら、微笑んでいるつもりなのか、彼の口元は笑みの形をたどっている。
しかし、おおよそ微笑みとは程遠い表情の彼の眼は、鋭い光を放っていた。
「お主、軍人か」
開口一番、貴族の男はそう言った。
「大公様の補佐官を務めております。私の言葉は大公様のお言葉と受取っていただいてかまいません」
大公はこんな男を右腕に持っているのか、と貴族の男は内心少し納得していた。
美しい装飾がないこの建物は、大公の人柄そのものなのであろう。
大公本人も武人然としているのかもしれないと想像する。
教養のない田舎者の軍人風情が……と思ったが、そんなことは顔に出さずに、澄まして言った。
「これは失礼した。で、大公様はどちらにおられる。ご尊顔を拝見し、直接親書をお渡ししたい」
「親書は私がお預かりいたしましょう。先ほども申し上げましたが、私は大公様に全権を任されておりますので」
「そんなわけにはいかん。必ず直接手渡すようにとの仰せだ」
「困りましたな……」
「ここにおらぬなら、大公様の元に案内していただくまで」
補佐官の男はしばらく思案しているように見えた。
そして、眉根を寄せ、こちらに身を乗り出してくる。
「これは他言無用に願いたいのですが……」
彼が小声で話し出したので、貴族の男も思わず前のめりになる。
後ろで控えていた部下の二人も耳をそばだてた。
「実は……」
「なんだ。申してみよ。」
「くれぐれも口外願いますよ」
「わかっておるから、早く申せ」
「大公様は、今、ご病気なのです」
一際声を落として、補佐官の男が言った。
「病気とな」
「はい。流行病で……これだけの領土を短期間に広げるのは並大抵のことではありません。そのことはご使者様もおわかりでしょう」
わかったような、わからないような顔で、貴族の男は神妙に頷いた。
「度重なる戦争と、内政の激務で大公様は、今病の床におられるのです」
「なんと。それは是非お見舞いせねば」
しかし、補佐官の男は首を横に振った。
「それがならぬのです。その病は人から人ににうつるものなので、看病にあたる一部の者たち以外は、中に入れぬようにしております」
貴族の男はうーむと唸った。
真偽の程はわからないが、人にうつる病と言われては仕方がない。
「それなれば仕方がないな。これは貴方にお渡しすることとしよう」
「謹んでお預かりいたします。必ず大公様のお目に入るように致しますので、ご安心ください」
さも恭しげに、補佐官の男は親書を受け取った。
それを見ながら、今度は改まった調子で、貴族の男がまた切り出した。
「それはそうと……」
「なんでしょう」
「実は不届きな噂を耳にしましてな」
今度は貴族の男のほうが、神妙に話しだした。
「ほほう」
「お気を悪くしないでいただきたいのだが……。実は大公様が偽物ではないかという噂がまことしやかに流れておるのだ」
貴族の男はそう言いながら、補佐官の顔色をうかがった。
しかし、先ほど同様、彼の顔は微動だにしない。
こんなに感情を表に出さない人間がいるのかというほど、まったく表情が読めないのだった。
「これはまた性質の悪い噂ですね」
さも、困ったというような口調で、彼は応えたが、本心ではどう思っているのか。
「間の悪いことに、王もその噂を耳にされてな。大公様の嫌疑を晴らすためにも、任命証書を確認してまいれと王が直々におっしゃられたのだ」
「それは恐れ多いことです。今すぐ持ってこさせましょう」
断られると思っていたのが、あっさりと受け入れられて、貴族の男は拍子抜けした。
それとも偽造された書類を持ってくるのかもしれない。
だが、王の御璽は誤魔化すことができないはず。
しばらくして、先ほどの議員だと名乗った男が、一枚の羊皮紙を持ってきた。
「こちらになります」
受け取った任命証書は確かに王の筆跡で、書式も正式なもの。
決められた位置に御璽もきちんと押されている。
まじまじとその任命証書を見、そしてようやく貴族の男が顔を上げた。
補佐官はさっきと変らない位置に、さっきと全く同じ表情で座っている。
「間違いありませんな」
その言葉に表情ひとつかえず、補佐官は返された任命証書を受け取った。
「納得していただけましたか」
予想していなかった展開に、貴族の男はしばらく言葉を失ったようだったが、やがて頷いた。
頷くしかなかったのだ。
補佐官との面会を終え、彼らは案内された部屋へ向かった。
そこも先ほど同様、簡素な造りだが、据え付けてある家具だけはやたらと豪華だった。
「本物のようでしたな」
部下の一人が神妙に口を開く。
もう一人も何と言ってよいのか、大人しく頷くだけだった。
「それなれば、それでよい」
男は部下たちを見据えてそう言った。
「明日は、町の視察の予定だったな」
「はい。あの、議員とかいう商人風情が、町中を案内することになっております」
男は疲れたように、置かれた豪華な長椅子に腰を落とした。
ある程度のことは想定して来たが、彼の思っていた以上のことが起きすぎる。
それ以上会話の意思がないのを見て取り、部下たちは静かに退室した。




