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大公  作者: ヨクイ
第1章 姿なき主
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亡国

修正版です。


 コツコツと苛立たしげに机をたたく音が部屋に響いている。

 それは次に、苛立たしげに部屋を歩き回る足音に変わった。

「どうなっている」

 ついに、足音の主が老人に対して声を荒げた。

 王都の国王には遠く及ばないが、それでも贅沢な衣をまとったその男は、この国の国王……国王と呼ばれていた男だ。

 彼の国は小さかったが、今までは危うい均衡の中で独立を保ってきていた。

 それが……。

 情勢が変わったのは、北の大国が敗れてからだ。

 いや、もっと前だったかもしれない。


 ――そもそも、大公というのは何者なのだ。


 彼がその名を耳にしたのは、最初に大公とやらに数ある中の小国の一つが制圧された時だった。

 南の王国に属する一つの都市だとばかり思っていたが、王国軍との連携はなく、単独で動いているらしいというのは後でわかったことだ。

 度肝を抜いたのは、彼らが持つ武器だ。

 あれは一体何なのだ。

 細い筒や太い筒が煙を噴き、大小様々な礫を飛ばしてくる。

 それに当たった者は、生きてはいられないという。

 北方の大国の頑丈な城壁も、一度で粉々に砕いたというではないか。

 大公というのは、どこかの魔術師か何かと手を組んでいるのではないだろうか。

 それとも、まだ見ぬ遠方の地では、戦争に翼竜などと呼ばれる巨大な生物が使われ、空から兵士を襲うというのを聞いたことがあるが、まさかそういった類のものだろうか。

「そもそも大公とは何者なのだ」

 彼は、怖れで小さく縮んだ老臣に向かって問うた。

「それが・・・全く情報がなく、私の口からは……」

「なんだそれは。この役立たずめ」

 今や国を失いつつある王の逆鱗に触れ、老臣はますます縮こまった。

 こんな筈ではなかったのだ。

 北の大国が敗れ、こうなっては降伏もやむなしと両手を挙げたが、降伏する姿勢だけを見せて、裏ではうまく立ち回るつもりだったのだ。

 一気に大きくなった領土。

 家臣はさぞかし手薄だろうし、民意も掌握できていないであろう。

 そう踏んでいた。

 それが実際はどうだ。

 大公とやらは、ほどなく自分の手勢の官僚を次々と送り込んできて、新しい制度を押し付けてきた。

 貴族制を廃止し、数あるの現在の特権階級を取り潰すという。

 すべての貴族が領土を没収され、行き場をなくした。

「……それで。蜂起していた貴族どもはどうなったのだ。連合を組んで、領土だけでも守ると息巻いていたではないか」

 老臣は小刻みに震えている。

「恐れながら……やつらの軍に、一蹴されました。連合は一日も持たなかったと聞きます」

「何たる不甲斐無なさ」

 そして。

 そして自分はどうなるのだろうか。


 ――私は王以外の何者になるというのか。


 もはや国の実権すら握ることのできなくなってしまった王は、今度は力なくうなだれた。

 その様子を見た老臣の目から、ついにこらえていた涙がこぼれおちた。

 やつらは貴族からすべてを奪っただけでは飽き足らず、この国を自分達と同じ制度で統治するという。

「誇りを知らぬ、蛮族め」

 王の口から洩れたその言葉にはもはや力はなく、抵抗のできないことに対する諦めがにじんでいた。

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