亡国
修正版です。
コツコツと苛立たしげに机をたたく音が部屋に響いている。
それは次に、苛立たしげに部屋を歩き回る足音に変わった。
「どうなっている」
ついに、足音の主が老人に対して声を荒げた。
王都の国王には遠く及ばないが、それでも贅沢な衣をまとったその男は、この国の国王……国王と呼ばれていた男だ。
彼の国は小さかったが、今までは危うい均衡の中で独立を保ってきていた。
それが……。
情勢が変わったのは、北の大国が敗れてからだ。
いや、もっと前だったかもしれない。
――そもそも、大公というのは何者なのだ。
彼がその名を耳にしたのは、最初に大公とやらに数ある中の小国の一つが制圧された時だった。
南の王国に属する一つの都市だとばかり思っていたが、王国軍との連携はなく、単独で動いているらしいというのは後でわかったことだ。
度肝を抜いたのは、彼らが持つ武器だ。
あれは一体何なのだ。
細い筒や太い筒が煙を噴き、大小様々な礫を飛ばしてくる。
それに当たった者は、生きてはいられないという。
北方の大国の頑丈な城壁も、一度で粉々に砕いたというではないか。
大公というのは、どこかの魔術師か何かと手を組んでいるのではないだろうか。
それとも、まだ見ぬ遠方の地では、戦争に翼竜などと呼ばれる巨大な生物が使われ、空から兵士を襲うというのを聞いたことがあるが、まさかそういった類のものだろうか。
「そもそも大公とは何者なのだ」
彼は、怖れで小さく縮んだ老臣に向かって問うた。
「それが・・・全く情報がなく、私の口からは……」
「なんだそれは。この役立たずめ」
今や国を失いつつある王の逆鱗に触れ、老臣はますます縮こまった。
こんな筈ではなかったのだ。
北の大国が敗れ、こうなっては降伏もやむなしと両手を挙げたが、降伏する姿勢だけを見せて、裏ではうまく立ち回るつもりだったのだ。
一気に大きくなった領土。
家臣はさぞかし手薄だろうし、民意も掌握できていないであろう。
そう踏んでいた。
それが実際はどうだ。
大公とやらは、ほどなく自分の手勢の官僚を次々と送り込んできて、新しい制度を押し付けてきた。
貴族制を廃止し、数あるの現在の特権階級を取り潰すという。
すべての貴族が領土を没収され、行き場をなくした。
「……それで。蜂起していた貴族どもはどうなったのだ。連合を組んで、領土だけでも守ると息巻いていたではないか」
老臣は小刻みに震えている。
「恐れながら……やつらの軍に、一蹴されました。連合は一日も持たなかったと聞きます」
「何たる不甲斐無なさ」
そして。
そして自分はどうなるのだろうか。
――私は王以外の何者になるというのか。
もはや国の実権すら握ることのできなくなってしまった王は、今度は力なくうなだれた。
その様子を見た老臣の目から、ついにこらえていた涙がこぼれおちた。
やつらは貴族からすべてを奪っただけでは飽き足らず、この国を自分達と同じ制度で統治するという。
「誇りを知らぬ、蛮族め」
王の口から洩れたその言葉にはもはや力はなく、抵抗のできないことに対する諦めがにじんでいた。




