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遮断石と不可侵布

「いったい誰がどうやって本を盗み出したのです?」


 問いかけの言葉が聞こえないかような魔女の反応に、シイタは畳み掛けるように言葉を継いだ。


「わかっているなら焦らさずに教えてください!」

「……おまえたち哀れな人間は魔法を過大評価するきらいがあるわね」フールメイはちらっとシイタを眺めると云った。

「古井戸の書はまだ盗まれてない可能性が高いわ」

「!?」

「あくまでも今のところというだけで、このまま手をこまねいていればいずれは盗られてしまうでしょうけれど。どうであれ、魔法書といったとて物理的作用には反応するのよ。やろうと思えば焼くことだって破くことだって出来る」

「つまりわたしたちはあの本を、特別な物と思い過ぎていると――」

「その部屋に入室するのが限られた機会だとすれば、だれでも自分の研究に熱中し他人が何をしているかなど気にもとめない。犯人は誰も見ていないことを確かめ、第一に、古井戸の書を書棚から取り出しかねて用意の箱にしまいこむ。

 わたくしだったら装丁箱のようにピッタリしたものにするわね。でもこれだけでは何にもならない、どうせ本が行方不明になれば隅々まで調べるはずだから。誰の持ち物だって徹底的にね」


 シイタは頷いた。


「第二に、人々の視覚を誤魔化すために箱に仕込んだ魔法物質で光学の目眩ましを作動させる。古井戸の書自体には魔法は掛けられなくとも、そのまわりの物質にはなんら問題なく作用する。これで人々の目からは消えてなくなり、持ち物検査で発見されることもない。

 魔法物質のなかには一つではニュートラル状態なものもあるわ。二つ以上のものを混ぜ合わせてはじめて魔法物質に変化するものがね。たぶん別々の形で図書館には持ち込まれたのよ。言うまでもなくこれでも何にもならない、魔法を感知して警報が鳴り響き、突き止められるのは確実だから。第三に必要なのは魔法を遮断するものね」

「遮断石とか?」

「そうね」

「しかし古井戸の書はかなり大きいものです。光学魔法ぐらいなら石はさほどの厚さがなくとも充分役割を果たすでしょうが、それでもあれを包み込む石細工を作るとしたらかなり嵩張った重たいものになります。ましてや不可侵布では小さすぎて包み込むのは無理でしょうし……」


 魔女は可笑しそうに笑いながら云った。


「だから本は今ごろ床に転がされていることでしょうよ」

「――あの床は魔法遮断石で出来ている……。なんてことだ、こんな簡単なトリックに引っ掛かるなんて」

「気付いてしまえば単純なもの。なにかを盗むのは守るよりずっと容易いことだし。不可侵布は魔力が効いている装丁箱をぴたりと覆い、吸い付くように貼り付いて力を吸収し外に洩らさない。自らも魔法物質の目眩ましが作用しているかぎりは姿を表すこともない。不可侵布を持ちこむのもその場の波動に紛れてしまえば検査に引っ掛かることはないはずよ」

「魔力が一瞬感知されたのは何かの拍子に本が持ち上がったかどうかした」


「たぶん……そんなところね」魔女はひそやかに答えた。


 小窓から涼やかな夏の夜風が流れてくる。夜明けはまだ遠く、森は深い闇に閉ざされていた。真夜中を少し過ぎた時刻であろう。


「肝心の犯人ですが、それもよく考えれば判ることですか?」シイタはフールメイの顔を見上げ、あらためて質問した。

「……無理でしょうね。古井戸の別名を知る者でなければ」

「隠されている星とかいう?」

「そう。その星は昔から黒い穴、ブラック・ホールと呼ばれているの」


「黒い穴……」シイタははっとしたように息を飲んだ。


「まさか、黒の穴蔵国の王子たち一行を疑っているんですか? 彼らは三年も前から留学なさっていて、それこそ疑いようのない身分の人達ですよ。わたしにとっても教授たちの次に付き合いの長い連中です。それに名前だけでは単なる偶然ということも」

「そうかしら。黒い穴が盗まれる現場に黒い穴の人間が紛れ込んでいるなんて、単なる偶然などとは思えない。これはまるで犯行声明だわ」

「……いったい何のために?」

「さあ、……それが謎だわね。手口は判明したけれど、意図も正体もはっきりしない」


 魔女はこの夜はじめて事を憂える様子を見せたが、シイタには気付く余裕がなかった。はやくも吹雪に濡れたため脱いであった旅支度に取り掛かっていたからだ。


「夜明けも待たずに出ていくつもりなの?」フールメイは若者の様子を眺めながら云った。

「ええ」彼は半乾き状態のスエードのチャップスの止め具を丹念に締める手をとめもせず返事した。

「あなたのおかげで知りたいことはあらかた明らかになりました。あとは少しでも早く都に帰り、古井戸の書を取り戻す算段をしなければ」


 シイタは一秒でも早く発ちたいらしく紗綾形模様のマントまですでに肩に羽織ろうとしていた。


 魔女はするりと立ち上がり、先になって歩きだす。


 ひたひたと彼女の白い素足がたてる音を聴きながらシイタは付いていった。玄関の扉はひとりでに開かれ、天空に寄り添うように並んで浮かんでいる大の月と小の月に照らされて銀色に沈む森があらわれた。


「ペシャのあとをお行き。そうすれば罠にはまることなく森の出口に行き着けるわ」

「ご親切、いたみいります……」若者は口をつぐみ、はじめて不思議なものを目にしたとでもいいたげにまじまじと月光にほのかに輝く白い顔を覗き込んだ。


「もう一度あなたにお会いすることは叶いましょうか?」

「さあどうかしら。相手はおそらく魔法使いのなかでも食えない輩のようだし、おまえはよほど冷静慎重に行動しないと命を落とすでしょうね」魔女は若者の瞳に浮かんでいる光には気付かず、素直に残酷なことを云う。


「でもそうなる前にわたくしへの報告だけは済ませてほしいものだわ。後日談も料金のうちなんだから」


 シイタは口元に笑みを浮かべた。


「あなたの料金は三国一高いと評判ですよ」

「三国一腕がいい証拠だわね」フールメイは心持ち鼻を上に向け、澄ましこんだ。

「親切ついでにもうひとつ。光学魔法の弱点というと?」


 シイタは苦手な講義の最中に突然、質問されたかのような気分になった。


「──確かあれは、天候に左右されやすい魔法でしたね。雨や土埃、水が苦手で」

「あとは天花粉にもね」


 シイタはいきなり聞き慣れない言葉を言われ、戸惑った。


「おまえも赤ちゃんの頃、お尻に叩かれなかった? 汗疹に効くのよ」

「……?」

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