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従姉弟

「サーヤ! どうしてここに!?」


 目の前には、安全な国許で今ごろなら夏祭りの準備に追われているはずの、従姉妹の懐かしい顔があった。


「シイタ、良かったわ! あなたの居所を訊こうにも誰もいないし。ずいぶん探したのよ。国元を発ってからこっち――」

「いったいどこから現れたんだ!」

「どこって、そこのエレベーターよ。あれって、相変わらずギシギシガタガタ。いい加減、直すべきなんじゃない?」

「ほんとに……きみなのか……」彼女が文句を云うのを遮って、シイタは放心したように呟いた。

「なにバカなこと言ってるの? 祭りの準備で忙しいさなかにあなたに会いに来る間抜けなんて、わたししかいないじゃない!」

「――その口の悪さ、確かにサヤみたいだな。兎に角こっちへ」今の状況にますます混乱をきたしながら、シイタは彼女を引きずるようにして先に立った。


「どうしたって言うの? わたしがここに来たことを子供みたいに拗ねてるんじゃないでしょうね」


 以前シイタが、いいかげん過保護はやめてくれ、と衣類を届けかたがた心配で訪ねてきた母親に向かって怒鳴ったことを付き添ってきたサヤは忘れていなかった。確かにサヤの目から見ても、普段は聡明なおばがシイタのこととなると溺愛する息子を持った母親特有の狂気の色を瞳に宿すことがある。従兄弟が国を離れて敵の多いアカシヤの都の大学に長く在籍している理由には、それも絡んでいると彼女は睨んでいた。彼の片腕になるよう育てられながらも、幼なじみで一つ年下の従兄弟に彼女自身があまり保護者的気分に陥らずにすんでいるのは、そんなことがあるからだ。


 サヤは返事をしない従兄弟に一抹の不安を覚えながら、長旅の疲れと腹立たしい気分からまくし立てずにはいられない。


「仕方ないでしょ。おば様に頼まれたんだもの、あなたの様子を見てきてくれって。夏休みになってもいっこうに帰ってこないから。もちろん下宿にも行ってみたわ。でもここ何日か帰ってないって女将さんに言われたの。友達の寮にでも泊まってるんじゃないかって。――ちょっと、いったいどこに行くつもり? そんなに強く引っ張らないでちょうだい。――痛いわ」

「ああ……悪い」シイタは従姉妹の声に握っていた手の力を抜き、足をゆるめた。


「いったいどうしたのよ? なんだか変よ。そういえばこの寮もいつもはうんと賑やかなのに、夏休みだからかしら? 普段と感じが違うわね。……ついさっきは物凄い音がしたし」

 サヤは訝しそうにシイタの顔を見詰め、引き止めるようにしてその頬に手を添えた。「……顔に怪我をしているわ」


 それはさっきまでの畳み掛けるような口調と違い、静かなものだった。彼女はシイタの身体がかすかな震えを帯びているのに気付き、改めてハッとした。


 彼はなかばボンヤリと従姉妹の手をよけると、自分の手の甲でさっきからむずむずしている頬をこすった。……そうか、痒かったのは怪我をしていたせいなんだ。


「たいした傷じゃない。もう塞がっている」こすった手の甲には、乾いた血がこびりついていた。

「……そのようね」サヤはそれ以上の追求は諦め、他の気になる点に関心を切り替えた。「そちらの手には何を持っているの?」


 サヤが示したのは、彼がさっきから利き手で無意識に握り締めていたもののことだ。シイタは指をこじあけるようにして、開いてみせた。そこには、翼をもった生き物から奪った長剣の握りの部分があった。それはほっそりとして手に馴染み、見慣れぬ金属で出来ている。ツカの上部には波打つような曲線の華奢なツバが付いており、シイタが意識を向けると光り輝くブレードが瞬時に出現した。眩しいほど美しく、さきほど残酷な行為をほどこした凶器とは思えない。


「変わった物質ね――」サヤは眉間にしわを寄せ、真剣な表情でツバの縁に手を滑らせた。「驚いたっ! 未知の力で形成されているわ」


 シイタは恐ろしい刀身をサヤの目に触れさせたことを後悔しながら、それをどうにか引っ込めた。


「相変わらずきみときたら、魔力を感知する能力に長けているね」


 サヤの魔法に対する知覚力は、昔からシイタを数段上回っている。遊び仲間たちといたずらを仕掛けても彼女にだけは必ずばれてしまい、手痛いしっぺ返しを受けるのが常だった。シイタは幼い頃からの喧嘩相手の存在にいましがた気付いたようにサヤに目を向け、隠し事がばれた時の悪ガキのようににやりと笑った。


 普段は生真面目なシイタをやんちゃ坊主のように見せるそんな笑顔がサヤは昔から案外と好きだ。立場に縛られた国許で、彼女だけに従兄弟が見せる顔だったのだ。サヤはほっとしながらも、問い詰めるような視線を送った。


「あなたは相変わらず厄介事を拾ってくる能力に長けているようね。いったいこの物騒な代物は誰の持ち物なの?」

「歩きながら話そう」シイタは先になって廊下を進んだ。しかしさっきまでの悪夢の中を彷徨うような現実離れした感覚は消えていた。


「――察しの通り、これを持っていたのは異国の神の使い魔さ。先程、ちょっとした小競り合いが起こってね」さりげなく発したつもりの言葉はサヤに沈黙で迎えられた。それは彼女のおしゃべりより、いやがうえにもシイタを攻め立てる。


 サヤのおかげでシイタは落ち着きを取り戻し地に足のついた歩みを実感することが出来たが、彼女がシイタにとって厄介な存在であるのにかわりはない。彼女はシイタの嘘や誤魔化しを一番鋭く嗅ぎつける人物でもあるのだ。


「あー、大丈夫。かなりの手傷を負わせたから、追ってくるにしても時間の余裕はあるはずなんだ。ところできみこそ腕に何を抱えこんでいるんだい?」

「――あなたの今年の浴衣よ、おば様に頼まれたの」サヤは大きなため息とともに恩着せがましく答えた。


 彼女は茶色の瞳に小さく尖った頤をしており、父親似の小麦色の肌を引き立てる栗色の髪を無造作に束ねていた。その容姿からはいっけんおとなしくて可愛らしい小鹿を思い起こさせるものがあるが、不用意に近付く愚か者に草食動物が鋭い蹴りをくらわせるのと同様、彼女の愛らしさに油断したものには辛辣な言葉があたえられる。最近は、彼女に求婚した男性が片っ端から肘鉄を食らわされていると、国許ではもっぱらの噂だそうだ。シイタとサヤは姉弟同様に育ったためお互いに遠慮が無く、その辛らつさに容赦の無い鋭さが加わる。


「母は元気? 叔父上は?」

「おば様はお元気よ。……もしかしたら彼女、このことを予知していたのかもね。父はそうね――相変わらず苦虫を噛み潰したような顔をしていたけど、元気は元気だわ」

 シイタには父親が、サヤには母親がおらず、それぞれ相手を羨ましく思うことがある。伴侶を失った義理の姉弟にあたる二人の親を、再婚させようという周囲の思惑も強い。


「それとあの方は?」

「おじい様も相変わらずよ。過去の亡霊のような二本差しの古侍と頻繁に密談しているわ。言うまでもなく、わたし達にそう匂わせているだけで本当のところ、栄光の思い出を肴に酒盛りしているだけだけど。――早くに引退したのを悔やみながらね。おじい様たちだって理屈では分かってらっしゃるのよ。時代は変化し、気に入らなければ決闘を挑むなどというやり方が通用しないことなど」


 シイタの父の時代に、決闘や仇討ちの禁止とともに侍の帯刀の制度も廃止されていたが、昔のやり方を変えたがらない者も多い。サヤはどうやら困った事態に陥っているらしいシイタへの怒りを、祖父たち古侍へのものにすり替えてしゃべり続けた。急に開き直ったように平生ののんびりした顔に戻った従兄弟を見ていると、無性に腹立たしさが募ってくる。とはいえ隠し事を胸に秘めている従兄弟から真実を引き出そうとする時、無理強いが禁物なのは経験上わかっていた。


「とにかくシイタは隠れていて。あなたに怪我をさせたのがなんであれ、あとはわたしがどうにかするわ」

「バカなことを」

「バカなことなんかじゃないわ!」サヤはいきり立って云った。「神の使い魔だかなんだか知らないけれど、シイタが危険な目に合うのは見過ごせない。あまつさえシンゴウの若領主たるあなたを、わたし達は失うわけにいかないのよ。――これ以上、国を混乱させないでっ」

「地元にいないほうが平和を保てる不甲斐ない領主だけどね」


 そう云ってすたすたと先を歩くシイタによけいむかついたサヤは、小走りに追いつくと彼の腕をむずと摑み、強引に振り向かせた。


「あなたはどんなことをしても生き延びなけりゃいけないわ。知っているでしょ? そのためならわたし、どんなことだってするわ!」シイタが軽くいなしたにもかかわらず、彼女はいつもの勘の良さを発揮して最悪の事態を懸念しているらしい。


「サーヤ……」シイタはつい、従姉妹が嫌がる幼いころの呼び方を口にしてしまう。「――その言葉は、そっくりそのままお返しするよ。俺になにかあったら、きみこそ新領主になるんだぜ。きみを死なせるわけにもいかないな」

「確かにね。だったら二人とも生きて帰らなきゃ。じゃなきゃほんとにわたし達、おじい様に半殺しの目に合わされちゃうわっ」


 実際、家族の独裁者を自認する二人の祖父は、後継者が一気に亡くなりでもしたら死ぬほど怒り狂うだろう。その光景を脳裏に浮かべた二人は、思わず笑いがこみ上げてきて顔を見合わせ同時に噴き出した。束の間、恐怖も忘れ去った。


「覚えていて、シイタ? ほら、山菜取りで道に迷い、山から降りられなくなったときのこと。暗闇が怖くてすくみ上り、寒さに震えるわたしにあなたは言ったわ。わたし達、最高のパートナーだって。二人で力を合わせれば大概のことは解決できるはずだって」


 シイタもその時のことはよく覚えている。こちらを見上げるサヤの真剣な顔に、幼いながらも気丈な少女の顔がダブって映る。彼の記憶では、不安に泣きじゃくる自分を叱咤し励ましてくれたのはサヤのほうだった。


「――やれやれ。きみはまったく、なんてタイミングで現れたんだか」

「絶妙なタイミングだと言ってほしいわね。さあ、シイタ。あなたがわたしを助けるためだとか言って除け者にし、自己犠牲的解決策を考えていたんだとしても、そんなものは今すぐ捨ててちょうだい」

「……分かったよ」シイタは改めて従姉妹の顔を眺め、確かに自分がひどい思い違いをしていたことに気が付いた。彼女はシイタが保護しなければならないか弱い女性ではなく、昔から共同戦線をはれる頼もしい相棒だったのだ。彼女の突然の出現は、彼に命綱が投げられたことを意味しているのかもしれない。


「じつは今、きみのおかげで閃いた。来てくれ、ひとつ策があるんだ」



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