追憶―あの日の川―
維月です、どうも、ご無沙汰しておりました。
こちらの手違いで、話がバラバラになってしまい、畏れ多くも前作(駄作)を読んでくださった読者様方、ホントにすみませんでした。
なんとか、再会始めますので。
よろしく……お願いします。(ぺこり)
今から14年前、同じ場所の河川敷の川岸。
「おい俐生! お前、また幽霊と交信してたなっ」
「ほーら、さっさと正体現せよ」
複数の子供たちが、木の枝の先に刺した、テストの答案用紙を振り回していた。
「返せ! 返せってばっ」
転んで、泥だらけの少年・俐生は必死に抵抗する。
「見ろよこれ、全然読めねぇよ」
「ほんとほんと〜」
ぐしゃぐしゃになった答案用紙を、回し読みしながらケタケタと笑ういじめっ子。
「もう、返せよっ!」
「あっ、こいつ〜……まだ抵抗する気かっ」
いじめっ子の中の一人が、じたばたと暴れる俐生を、思いきり突きとばした。
「わっ、うあぁっ!?」
倒れる体。地面から、足が離れる。
ふわり、と体が浮く感じがして、俐生は、水中に沈んだ。
ばしゃんと、派手な音がして、川面に水柱が立つ。
「わっ、やっべ〜っ、逃げろっ」
一気に退却するいじめっ子たち。
子供たちは、誰一人として、俐生を助けようとはしなかった。
「た、助けっ……ゴボッ、俺、泳げな……」
そのまま、伸ばした手は、空しく宙を掴んだ。
沈んでいく体。
重く、自由にならない手足。
(苦しいよ、苦しいよぉ……俺、ここで、死んじゃうの?)
背中が水底について、俐生は一気に空気を吐きだした。
水の底から見る空も、青いんだな……そんなことを思いながら、俐生は目を閉じた。
その時。
背中を持ち上げられる感じに、俐生は爆ぜんばかりに目を見開いた。
そのまま、勢いよく水から引きあげられ、俐生は噎せる。
「げほっ、げーほげほっ!」
「ちょっと、大丈夫!? どこも苦しくない? 全く、ひどい子供たちね、もうっ」
「お、お姉ちゃんは?」
ぷりぷりと怒る少女に、俐生は深々と首を傾げた。
いくら初夏とはいえ、水も大気も冷たいのに目の前で微笑んでいる彼女は、レースのカーテンのように薄い服を着ている。
しかも、結構な深さのある水中から、自分を助けてくれた筈なのに、全く水に濡れていないのだ。
「お姉ちゃん、妖精? 寒くないの?」
「うん、大丈夫よ。あなたには、あたしが見えてるのね?」
「やっぱり、妖精なんだ?」
「あたし、狭由良というの、あなたは?」
にっこりと笑いかけられて、俐生はきょとんと首を傾げた。
「俺は、俐生っていうんだ……けど、ずっとイジメられっぱなしで、弱いんだ」
「ううん、全然。あなた、強いわよ? ちゃんと『これ』取りかえしたじゃない」
狭由良は、そっと、俐生のきつく握りしめられた左手を開いてやった。
そこには、クシャクシャによれてしまった答案用紙。
「ね? 俐生、偉かったね」
優しく頭を撫でる手に、俐生はいつの間にか警戒をなくしていた。
「お姉ちゃんも、キレイだよ。見たことないけど、神さまみたい」
「本当にいい子ね、きれいな魂の色してる」
季節は、春から夏に移ろい、俐生は足繁く狭由良に会いに行くようになった。
学校が終わると、弾丸のように教室を飛び出し、川に向かうのが最近の俐生の日課になっている。
「狭由良ーっ!」
「おかえり、学校終わったのね?」
白百合を摘んでいた彼女は、微笑みながら振り向く。
「うん! 狭由良に早く会いたくて、走ってきたんだ」
「あまり走らないでね、ケガしたら危ないわ?」
「平気だよ、平気」
「ねえ、俐生……見てて?」
狭由良は、一本の白百合を丸めてから、ふわりと宙に放した。
話した白百合は、白い小鳥になって、青空に羽ばたいていく。
「うわぁ! すごい、すっごーいっ」
ぴょこぴょこと跳ね回る俐生に、狭由良はふと悲しげな眼差しを向けた。
(この子は、怖がらないかしら……あたしの正体を知っても)
「ねえ、俐生……あなたは、あたしの本当の姿を見ても驚かないかしら?」
「うん!」
迷いなく応えた俐生の頬に、狭由良はそっと口づけた。
瞬間、俐生の頬が桜色に染まる。
それから強い風が押し寄せ、俐生は慌てて小さな体を縮めて、顔を庇った。
「俐生、目を開けて?」
いつまでそうしていただろうか、俐生は狭由良の声に顔を上げた。
俐生は、息をのんだ。華奢な白い龍が、俐生を見ていたからだ。
「さ、狭由良?」
「うん……ビックリしたでしょう?」
「ううんっ、ホントにキレイだっ」
俐生は、思いきり龍の首に抱きつく。
「……俐生」
「これ、なぁに?」
俐生は、龍になった狭由良の首に、二重に掛かっている首飾りに触れてみた。
薄紅色と、空色の、二つの勾玉に。
「キレイでしょ、あたしの宝物」
狭由良は、いつの間にか人形に戻っていた。
「俐生は、宝物ってある?」
「うん、あるよ! たーくさん、今度見せてあげるよ」
「ありがとう、今日はそろそろ帰った方がいいわ?もう少しで雨が来るから」
「ええ? こんなに晴れてるのに」
「また明日ね?俐生、待ってるから」
不服そうな俐生の頭を、狭由良は優しく撫でる。
「そっかぁ……うん、また明日」
ぱたぱた、とまろぶように走り去った俐生を見送る狭由良の顔は、ひどく悲しげだった。
許されないことをした。
人に、恋をしてしまったのだ。
自分には、きっと明日は来ない。
待っているのは、重く、深い咎だけ……