井の中の蛙大海を知らず
「ついにここまで追い詰めたぞ、魔王アルディウス!」
高らかに叫ぶ勇者。自信に満ち溢れた顔は、いかにも正義の執行人というようだった。
しかし、魔王にとって、この言葉はすでに慣れ親しんだものである。
なぜならば、こうして戦うのが初めてではないからだ。初めてどころではない、もうかれこれ十回になる。
勇者は幾度となく敗れ、そして幾度となくまたこの城にやって来た。
──どうして、何度も同じ言葉で剣を向けてくるのか。
「追い詰めた」なんて、何度も敗れていれば出てこない言葉のはずだ。
魔王はふいに興味が湧いた。
その不屈の精神はどこから来るのか。どうしてそこまでして自ら魔王を倒そうとするのか───。
「ついにここまで追い詰めたぞ、魔王アルディウス!」
お馴染みのセリフに、アルディウスは微笑を浮かべる。『いつも』と同じだ。変わっていない。
「よくぞここまでたどり着いた、勇者よ」なんてお馴染みのセリフをこちらも返そうとして──やめた。生まれた好奇心を放ってはおけない。
「また来たのか、勇者よ。何度来ても結果は同じだというのに…」
と、遠回しに尋ねた。
勇者は、ぽかんと間抜けな顔をした。
「何を言っている?私がここに来たことなど、今日を除いて一度たりともない!」
今度はアルディウスが間抜けな顔をする番だった。
──何?これが、初めてだと?
我はもう、貴様の剣術も魔法も見たことがあるというのに、何を言っている?
アルディウスは、点と点が繋がり線になる、まさしくそのような感覚を覚えた。
一言一句同じ言葉を毎回叫んでいたのも、諦めずに何度も抗ってきたのも、覚えていないからだったのだ。
勇者にとっては、全て『初めて』だったのだ。
考え事に耽るアルディウスを他所に、何も知らない勇者はその剣を向ける。
「適当なことを言って私を混乱させる気か?愚かな魔族が…今、私が倒してやる!」
勇者は勢い良く走り出し、そして大きく振りかぶる。両手にはしっかりと剣が握られており、その鋭い刃はこちらに向けられている。
「まあ待て…落ち着け」
「命乞いか?そんなものは聞かないぞ!」
容赦なく振り下ろされた刃をがしりと掴む。血は出なかった。魔族は人間に比べ皮膚も丈夫である。しかしどのみち、まだ発達しきっていない少女の力では切れなかっただろう。
「好きなものはあるか?人間の国では食文化も栄えているのだろう?」
「…何を企んでいる?」
逆にこちらに対しての警戒心を高めてしまったようだ。勇者は剣から手を離しそのまま距離を取る。
……勇者が記憶喪失ならば、対等な戦いはできない。アルディウスは相手の手札を知っていて、相手もこちらの手札を知っている、はずなのに覚えていないなんて、なんともつまらない──一方的な蹂躙は好みではないのに。
このまま何度も戦いを続けたとして、勇者が諦める日は来るのだろうか?
勇者を倒して倒して倒して倒す生活なんて、いつまで経っても『あの計画』が完遂できないし、なんとも退屈であろう。
記憶喪失の原因を突き止めるなんてことはできなくとも、何とかして諦めさせよう───アルディウスは決意した。
そのために、勇者の弱味、動機、なんでもいい…とにかく何か情報を得よう。そうしよう。
今度は炎魔法が飛んできた。楽々と水魔法で相殺して、アルディウスは再び語りかけた。
「どうしてお前は勇者になったのだ?いや、その前に──お前の名は何と言うのだ?」




