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恋人は、あまえた(元)優等生  作者: 七賀ごふん
幼馴染の甘え方

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26/27

#1




「月仁、どうしたの? 家入らないの?」


古くぼやけた記憶。しかし断片的に色づいて、光の粒を散らしている。

“彼”といるときは全部そうだ。幼い頃の記憶なんて黒で塗りつぶしてしまいたいけど、どうしても守り抜きたい記憶もある。


隣の家に住んで、物心つく前から顔を合わせていた隣人。深白との記憶。


小学生の頃、月仁は完全な鍵っ子だった。父子家庭で父の帰りは夜遅く。年の離れた兄は部活に打ち込んでいる。だから簡単なレトルト食品をつかって一人で食べることも多かった。


しかし今日は家の鍵を忘れてしまった。絶望感から額を押さえていると、見覚えのある影が重なり、蜜柑を差し出された。


「大丈夫? ほらっ」


男とは思えない可愛らしい笑顔を浮かべるのは、俺の幼馴染。

幼稚園に入る前から見ている深白は、小学生になってもか細くて、危なっかしい。もちろん身長は伸びてるんだけど、中性的であどけない顔をしてるせいか、あまり同い年とは思えなかった。

いつも後ろを振り返り、彼がついてきてるか心配していたけど……今は自分の方がよっぽど問題だ。


「サンキュー。……家の鍵忘れちゃってさ。兄貴が帰ってくるまで待ってる」


スマホなんて持ってないから、ため息をついて家の前の小さな階段に座り込む。蜜柑を食べてると、隣でハラハラしていた深白は、パッと明るい顔をして手を叩いた。


「月仁。お兄さん帰ってくるまで、俺の部屋にいなよ!」

「え? いいよ。お前の家のひとに悪いから」

「大丈夫大丈夫。父さんも母さんもお店の準備してていないもん」


そう言うと深白は俺の手を引き、自身の家に引き入れた。


「でも、誰でも簡単に家に入れるなよ?」

「もちろん。月仁だからだよ」


こんなことが何回かあった。深白と俺は家が隣だけど中学年まではクラスが別で、行き帰りしか顔を合わせることがなかった。

優しくて大人しい深白は他の男子からいじられやすくて、彼自身悩んでいた。だから俺もできる限り傍にいて、彼を守った。


誰に言われるまでもなく、そういうものだと思った。女子を泣かしてる男子に注意するように。気付いた時には当たり前のように隣にいた深白を守るのは、俺の役目だと。


でも深白のすごいところは、どんなに辛くても、泣かされても、周りに助けを求めないことだ。一度泥だらけになって帰ってきたことがあり、俺は初めてというぐらい腹が立ったけど、深白は最後まで弱音を吐かなかった。


怒って逆らっても、もっと悪い方にいくし。と言う彼にもむしゃくしゃして、じゃあ俺がやっつけてやるから、と言った。けど彼は首を横に振った。


「俺は月仁がいるから、大丈夫」


小さな手で傷ついた頬を撫で、微笑む。

男だって頭では分かってるのに……その健気さがたまらなく愛しくて、小学二年生にして俺は深白に心を奪われた。


中学年に上がる頃は周りも成長して、深白にあたる奴はいなくなった。……いや、深白に内緒で犯人を炙り出してボコボコにしたんだっけ。あまりに昔のことだから記憶が曖昧だ。


「月仁。夜ご飯食べよっ」


父も兄も帰りが遅くなるとき、深白は自分の両親に言って俺を夕飯に呼んでくれた。今なら申し訳なくて全力で断るけど、子どもだった自分にとって、それは唯一の癒し。団欒だった。


温かい食卓。笑顔。

ここにいていい、と言ってくれる人達。俺が欲しかったものは、深白がくれた。


守られていたのは深白じゃない。俺が深白に守られていたんだ。


早く大人になって、深白を支えたい。辛くても笑う彼の殻を壊して、いやってほど甘やかしたい。


自分でも手に負えないほど、その感情は膨れ上がっていた。このままじゃ俺が深白になにかしてしまうんじゃないか。そう震えるほどに“好き”が肥大していたとき、深白の引っ越しが決まった。


最初は信じられなくて、しばらく放心していた。最初は親から聞かされたけど、深白の口から聞くまでは認めようとしてなかった。


とは言え、心の中では認めていたんだと思う。自分の傍にいるのが当たり前なんて、自惚れにも程があるから。


引っ越しが決まってからは毎日遊んだ。色んなところに行った。


別れる当日は、お互いほとんど泣いていた。


「月仁……俺、やっぱり行きたくない。月仁と離れたくないよ……っ」

「深白……」


俺もだ。許されるなら深白だけ、俺の家に住まわせたい。そんな勝手な妄想を何百回もした。

でも、俺と別れるのが嫌で泣きじゃくる深白が愛らしくて。相反する感情が綯い交ぜになり、頭がおかしくなりそうだった。


俺は冷静にならないといけない。そして、もっと強くならないといけない。

深白の為に。深白を笑わせて、幸せにする為に。……変わらないと。


「大丈夫。必ず、また一緒にいられるようにするから」


その約束は、自身に対する誓いだった。

深白の涙をぬぐって、空港に向かう彼を見送った。


深白の引っ越し先まで600km以上ある。簡単に会いに行ける距離ではなかった。

でも、ある意味良いこともあった。深白と離れることで、自分の感情を俯瞰して見ることができた。


この爆発しそうな願望が日に日に収縮して、なくなってしまえばいい。

深白を自分のもののように思って、独り占めしようとしていた自分には相応しい罰だ。


あとはこの気持ちが萎んでしまえばいい……。



そう思っていたのに、深白に対する想いはどんどん膨らんでいった。不安そうに涙をこらえる顔や、俺を心配する顔。会った瞬間の嬉しそうな顔が脳裏に焼きついて、褪せるどころかクリアになっていく。


気付けば一日のほとんど、深白のことを思い出していた。




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