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恋人は、あまえた(元)優等生  作者: 七賀ごふん
幼馴染の懸念

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#4



実際、これぐらいどうってことない。月仁の力になれたならそれだけで嬉しいから。


俺が譲らない姿勢を見せたせいか、月仁は困ったように笑った。


「そうだった。本当にありがとな」


電車のドア付近に立ち、互いに笑い合う。

ただそれだけのことで心が温かくなった。


……そうだ。俺はずっと、こういうささいなことで彼と笑いたかったんだ。



薄暗くなった空を見上げ、石畳の歩道を進む。駅から歩いて五分ほどのところに、月仁のお兄さんが暮らすマンションがあった。

エレベーター前で別れようと思ったのだが、何故か中に引っ張られた為一緒に乗り込む。


それで今度こそドアの前で別れようとしたんだけど。


「上がっていけよ」

「え! いやいや、いいって!」


月仁は荷物を中に入れると、ドアを開けたまま呟いた。

「突然過ぎて悪い。駄目」

「俺だっていつも突然お前の家に行ってるだろ」

「俺の家は店やってるから……ほら、お前のお兄さんに許可とってないし」

「兄貴の部屋に入らなければ大丈夫って言われてる。それに帰ってくるとしてもいつも夜中だから」

な? と言われ、手を差し出される。

「……」

迷惑じゃないか不安だ。月仁のことだから、気を遣ってる可能性もある。

でも遠慮はしない、って言ったばかりだし。……ん?


「深白。遠慮はしない、だろ?」

「あ。ハイ……」


こわごわお辞儀して中へ入る。

遠慮は禁止、って……こういう時に使われると逆らえないな。


ひとつ学んだところで、初めて月仁のお兄さんの部屋にお邪魔した。

綺麗に整頓されていて、普段からしっかり掃除をしてる印象だった。男性の一人暮らしでここまで清潔感をキープできてることは、すごく尊敬する。


「チリひとつない……素敵……」

「キッチンは特にすごいよ」

「ほんとだ、ピカピカじゃん! グリル使ったことあんの? 有り得ないぐらい綺麗。匂いもないし!」

「さぁ……とりあえず落ち着け」


月仁にやんわり宥められ、我に返る。

いかんいかん。自分の家の台所はすごいことになるから、人様の台所事情が気になってしまった。

買ってきた物をテーブルに出し、月仁に教えてもらいながら戸棚に仕舞っていく。


「これで大体のものは揃ったよ」


袋を畳んで、月仁はお湯を沸かした。

「ほんとにありがとな。何から何まで」

「全然! 何か俺も引っ越ししたみたいで楽しかったよ」

笑って言うと、彼は二人分のマグに珈琲を淹れた。ミルクと砂糖を入れるか聞かれたので、どっちもお願いする。


ダイニングテーブルで向かい合いながら、温かい珈琲を飲んだ。


「あー、美味い」

「はは、良かった。あ、お菓子も買っといたから」


月仁は意外と甘いものが好きらしく、クッキーやバームクーヘンを出してくれた。


「……俺は向こうに家があるから、引っ越しってほどじゃないだろ? 今はただの居候だけど、それでも大変なんだな」

「やー、月仁だって充分大変だよ。むしろひとりで来てんだから、この先何があっても楽勝だと思う」

「手続きしたわけじゃないから、全然できないよ」


彼は笑いながらバームクーヘンを切り分けた。

フォークを渡されたので、有り難く一切れ貰う。砂糖が上に乗ってるからとても甘かった。


「……俺は、引っ越しはあまり良い印象ないかも。月仁と離れるきっかけだし」


フォークをお皿に置き、瞼を伏せる。鍵をかけている頑丈な箱から、古い記憶を少しずつ取り出した。

「あ、親は何も悪くないけど! 東京で店出すのは夢だったみたいだし、二人が喜んでるのはすごく嬉しかったから」

ここまで育ててくれた両親には感謝しかない。そう零すと、月仁も深く頷いた。

「親が嬉しそうにしてると、普通にこっちも嬉しいよな」

「そーそー」

珈琲を飲み、手持ち無沙汰の指を折ったり曲げたりする。

そして、ずっと気になっていたことを尋ねた。


「月仁は……俺がいなくなって、悲しいと思うことあった?」

「当たり前だろ。ずっと一緒だったんだから」


月仁は半分呆れたように肩を竦める。


「心の中に穴ができたみたいだった。片割れぐらいに思ってただろうから、当然かな」

「片……相棒ってこと?」

「相棒……んー……まぁ、そうかな」


指先が触れる。本当に少しだったけど、何かがチリチリと痛んだ。

月仁は長いまつ毛を揺らし、目元に影をつくった。


「ずっと一緒にいるもんだと思ってた」


静かな部屋の中で、時針だけが聞こえる。時を刻む音は、俺達の間に生まれた空白を埋めていくようだった。


「離れるなんて夢にも思わなかった。ガキって単純だよな」

「それは……仕方ないよ。俺だって同じこと思ったし」


そうだ。大人になっても一緒だと思っていた。

でも現実は違うと知って……あの時、絶望も同時に覚えたんと思う。


世界で一番大事な月仁から離れて、知ってるひとが誰もいない土地にいく。その絶望っぷりと言ったら、子どもであることを引いてもお釣りが来そうだ。


「俺、あの時は人生終わると思ったもん」


絶対笑われると思って言ったけど、月仁は存外真顔で返してきた。


「俺もだ」




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