5
電車の窓に、夜の街が流れていた。
見慣れたはずの景色なのに、どこか遠く感じた。
もう戻れない場所みたいに思えた。
向かいの席に座るはじめさんは、ずっと黙ったままだった。
私も、何も話せなかった。
⸻
トンネルに入る。
窓が黒くなる。
自分の顔がぼんやり映る。
疲れた顔。
眠れていない目。
⸻
トンネルを抜けたとき、外の景色が変わっていた。
暗さが深くなって、街灯の数が減った。
はじめさんが、小さく言った。
「旅って、境目を越える瞬間が一番印象に残るんですよ」
私は何も答えなかった。
答えられなかった。
⸻
気がつけば岐阜県まで。
恵那に着いたのは、夜遅くだった。
駅前は静かで、人も少なかった。
二人で歩く。
会話はない。
でも、離れなかった。
⸻
見つけたのは、小さな民宿だった。
古い木の看板。
暖かい光。
現実から少し離れた場所みたいだった。
⸻
「二人です」
はじめさんが言う。
声はいつも通り、穏やかな敬語。
⸻
部屋は畳の匂いがした。
布団が二つ並んでいる。
私は座ったまま動けなかった。
⸻
「疲れましたね」
彼が言った。
私は頷いた。
それだけだった。
⸻
テレビをつける。
何気ない動作のつもりだった。
ただ、静けさが怖かった。
⸻
ニュースが流れた。
京都の殺人事件。
画面に映る街。
見慣れた場所。
聞き慣れた地名。
⸻
心臓が強く鳴った。
音が部屋に響いている気がした。
⸻
私はテレビを消した。
何も言わなかった。
彼も何も言わなかった。
⸻
その夜、私たちは同じ部屋で眠った。
言葉はなかった。
でも、もう日常には戻れないと分かっていた。




