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その夜は、少し遅かった。


ゼミが長引いて、帰る頃にはもう街灯が点いていた。

スマホを見ると、

はじめさんからメッセージが来ていた。


「今日は少し早く帰れたので、家にいます」


それだけの短い文章。


私は迷って、でもすぐに返信した。


「寄ってもいいですか?」


珍しく返事はしばらくなかった。


家に着く直前にもう一度連絡をすると

焦ったように返事が来た。


「もちろんです」



駅から少し歩いた静かな住宅街。

何度も来た道。


インターホンを押すと、すぐに扉が開いた。


「寒くないですか」


いつもの敬語。

いつもの穏やかな声。


私は小さく頷いた。



部屋の中は、いつも通りだった。


本棚。

静かな照明。

コーヒーの匂い。


「コーヒー、淹れますね」


彼はキッチンに向かう。


私はソファに座って、ぼんやり本棚を見ていた。



「最近、学生に聞かれたんです」


キッチンから声がする。


「人って、どうして悪いことをするんですかって」


少し間。


「難しい質問ですよね」



私は笑った。


「先生っぽい質問」



彼は少しだけ笑った。


「答えられませんでした」


それから、静かに言った。


「結局、一番怖いのって人だと思いません?」


その言葉に、なぜか少しだけ胸がざわついた。



コーヒーを持って戻ってくる。


テーブルに置く手が、少しだけ震えている気がした。



「どうしました?」


私が聞くと、彼は首を横に振った。


「大丈夫ですよ」



その時だった。


風呂場の方から、音がした。


小さな音。


何かが、落ちたような音。



「……あ」


彼が、小さく声を漏らした。


初めて聞く声だった。



「はじめさん?」


私が立ち上がる。


彼が止めようとした気がした。


でも、もう遅かった。



廊下の先。


開いたドア。


赤黒く伸びてくる液体。


鼻につく鉄の匂い。


そして、


えぐれて脂肪の見えている生首



時間が止まった。


呼吸の仕方が分からなくなる。


何も理解できない。


理解したくない。



振り向く。


彼が立っていた。


静かに、立っていた。



私は、やっと声を出した。


「それは……あなたが……?」



沈黙。


否定は、なかった。


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