19
その夜、はじめさんは久しぶりに眠った。
⸻
腕の中で、安心したみたいに眠っていた。
呼吸がゆっくりになって、
力が抜けて、
子どもみたいな顔で。
こんな顔、初めて見た。
そのとき、気づいた。
熱が引いている。
頭が、静かだった。
ずっと締め付けられていた思考が
ゆっくりとほどけていく。
息がしやすい。
胸が軽い。
ここに来てからずっと、
何かに包まれていた。
柔らかくて、温かくて、
でも息ができない何か。
真綿のような。
それが、すっと解けていく。
怖いくらい、冷静だった。
この生活は普通じゃない。
幸せでもない。
守られているわけでもない。
ただ、二人で沈んでいただけだ。
はじめさんの寝顔を見る。
穏やかで、安心していて、
やっと眠れた人の顔。
この人は、もう壊れてしまった。
ゆっくり腕を外す。
起こさないように。
そっと。
体が離れた瞬間、少し眉が動く。
胸が締めつけられる。
それでも、それでも、離れる。
ベッドの端に座る。
足首を見る。
縄。
ゆっくり手を伸ばす。
結び目に触れる。
ほどける。
知っていた。
ずっと前から。
床に落ちる音が、やけに大きく響く。
息を止める。
振り向く。
眠っている。
起きない。
胸が痛い。
でも、分かる。
正しいこと。それは
壊れた彼を、正しい場所に戻すこと。
これ以上戻れなくなる前に、元の日常へ。
たとえそれが、牢屋だったとしても。
立ち上がる。
玄関に向かう。
一歩、歩く。
また一歩。
軟禁のようなことをされていても
愛している気持ちは消えない。
彼の弱さを知りながら、
この先することの罪悪感に怯える。
今の2人の関係を裏切ること。
胸の奥が裂ける。
それでも。
ドアノブに触れる。
冷たい空気が流れ込む。
外はまだ暗い。
歩き出す。
依存は、もう溶けていた。
警察署は、遠くない。




