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その夜。
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電気が消えると、部屋はすぐに暗くなる。
遠くで車が通る音。
壁の向こうで水が流れる音。
冷蔵庫の低い唸り。
「寒くない?」
隣から、いつもの声。
返事を待たずに、腕が伸びてくる。
肩を引き寄せられて、胸に包まれる。
肌が重なる。
逃げ場がなくなるほど近い距離。
息が混ざる距離。
「こっち向いて」
頬に触れる指。
ゆっくりと顔を向けられる。
暗闇の中で、彼の気配だけが近い。
額が触れる。
鼻先が触れる。
唇で塞がれる。
そのまま、抱きしめられる。
強く。
でも壊さないように。
背中へ回した手の力が、
少しずつ強くなる。
離れないように。
確かめるみたいに。
「優希」
名前を呼ぶ声が、胸に落ちた。
背中を撫でる手が止まらない。
髪を梳く指。
肩に触れる唇。
触れ方が、どんどん丁寧になる。
失くさないように触れている。
それが分かってしまう。
だから苦しい。
何も、返せない。
温かい。
近い。
抱きしめられている。
全部、分かるのに。
心だけが、遠い。
秒針の音が聞こえる気がする。
カチ。
カチ。
カチ。
彼は腕を緩めない。
さらに引き寄せる。
「大丈夫」
耳元で、静かに言う。
その言葉だけが、何度も繰り返される。
カチ。
カチ。
カチ。
時間だけが過ぎていく。
わたしはおかしくなっていく。




