神の使い
屋敷の外は、相変わらず色に満ちていた。
露店、呼び声、雑踏。けれど今日は——空気が違う。
通りに出た瞬間、ざわめきが走った。
通行人A「……黒髪?」
通行人B「まさか……神の使い、か?」
ひそひそ声が、祈りに近い音色へ変わっていく。
アカネ「……コハル。みんな、見てます」
コハル「……せやな」
コハルの声が、少し硬い。
コハル「説明しとく。黒髪はな、この世界じゃ“神の使い”って言われとる」
アカネ「え……?」
コハル「実在するかは別としてや。昔の聖典にそう書いてある。黒き髪は神域の印、って」
通行人の一人が、私の前で立ち止まる。
通行人C「……失礼。お言葉を」
男は深く頭を下げた。
通行人C「もしや、神殿より遣わされたお方では?」
アカネ「ち、違います」
否定した瞬間、周囲がどよめいた。
通行人B「神の使いは名を偽るとも聞く……」
空気が、一段重くなる。
そのとき、コハルが私の手首を掴んだ。
コハル「下がって」
短く、強い声。
コハル「この人は、聖女サナ様の客人や。無闇な詮索は、神への無礼になるで」
その言葉は、よく効いた。
人々は一斉に距離を取る。恐れと敬意が、はっきり分かれる。
アカネ「……ごめんなさい。迷惑、かけました」
コハル「謝る必要あらへん」
そう言ってから、少しだけ声を落とす。
コハル「むしろ……あんたが無事でよかった」
広場を抜ける頃、胸の奥が落ち着かなくなっていた。
アカネ「神の使い、なんて……」
コハル「信じる信じへんは自由や。でもな」
コハルは私を見る。
コハル「この世界では、“そう見られる”こと自体が力になる」
風が吹き、黒髪が揺れた。
何人かが、反射的に祈りの仕草をする。
私は思う。
神社から来た私が、
神の使いと呼ばれるこの世界に立っていることを。
偶然では、済まされない。
この黒髪は、
守りでもあり、枷でもある。




