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聖女の煩悩
黒髪。
それだけで、答えは出ておる。
――絶対、日本人でしょ。
この世界にも可愛い子は沢山おる。金髪も銀髪も、獣耳も角持ちも、見慣れれば皆愛らしい。
じゃが、違うのじゃ。
あの艶。あの重み。光を吸うような黒。
やっぱり黒髪しか勝たん。
迷い子、などと誤魔化してはみたが、妾の中ではほぼ確信じゃ。
言葉の選び方、視線の運び、戸惑い方――日本で育った人間のそれ。
(……それにしても)
問題は、そこではない。
何故、そのままの姿でこの世界に来ておる?
転生ではない。召喚でもない。
肉体は完全に現世仕様。衣服も、魂の輪郭も、何一つ加工されておらぬ。
神社。
結界。
神域からの“横滑り”。
考えられる仮説はいくつかあるが、どれも厄介じゃ。
そして何より――
(可愛い)
不用意に保護欲を刺激するのは反則じゃろう。
妾は聖女。感情で動いてはならぬ立場……のはずなのに。
だから今は、言わぬ。
日本人だと、気づいたことも。
この世界に来た理由を、妾が察しておることも。
黒髪の迷い子が、自分で真実に辿り着くまで。
妾は、聖女の仮面を被り続けよう。
――少しだけ、欲を隠して。




