深まる疑念
昼下がり。
市場の外れ、噴水のそば。
アカネは買い物袋を抱え、少し首を傾げていた。
アカネ「……あれ?」
見覚えのある馬車。
アカネ「あ、アレクさん」
アレク「おや」
御者――アレクは、手綱を整えながら振り返る。
アレク「この前のお客さんじゃないですか」
アカネ「はい。
その節は、ありがとうございました」
丁寧に頭を下げる。
アレク「いえいえ。
無事に買い物できたなら、何よりです」
完全に穏やか。
完全に日常。
――その様子を、物陰から覗く影。
反聖女派A「接触した……!」
反聖女派B「神の使い自ら……!」
反聖女派C「偶然を装った必然だ……」
噴水の前。
アカネ「今日は、お仕事ですか?」
アレク「ええ。
このあと一件だけ」
アカネ「大変ですね」
アレク「生活のためですから」
肩をすくめる。
アレク「……ところで」
少し言いよどむ。
アレク「神殿、行かれます?」
アカネ「?」
アカネ「今日は行きませんけど……」
首を振る。
アレク「そうですか。
いえ、その……」
気まずそうに笑う。
アレク「この前、
西浄に寄っただけなので」
アカネ「……はい?」
物陰。
反聖女派B「せいじょう……?」
反聖女派A「隠語だ」
反聖女派C「間違いない」
反聖女派B「“トイレ”を指す古語か?」
反聖女派A「いや主君への敬称聖上……!」
噴水前。
アカネ「……西浄ああ、そういうことでしたか」
納得したように微笑む。
アカネ「大変ですよね。
急な時」
アレク「ええ、本当に……」
二人、しみじみ頷く。
人生のリアルな苦労を共有する空気。
反聖女派。
反聖女派C「見ろ……
神の使いが理解を示している……」
反聖女派A「“理解”ではない」
反聖女派A「“共有”だ」
反聖女派B「同じ視点……!」
アレクは咳払いする。
アレク「……あ、そうだ」
馬車の座席から、小さな包みを取り出す。
アレク「これ、この前のお釣りです。
渡しそびれていて」
アカネ「えっ、そんな……」
受け取ろうとした手が止まる。
アカネ「……銀貨?」
アレク「はい。
計算、間違ってたらすみません」
アカネ「……」
少し考え、受け取る。
アカネ「ありがとうございます。
では、次に乗るときに使いますね」
アレク「そうしてもらえると助かります」
物陰。
反聖女派B「銀貨……」
反聖女派C「通貨ではない」
反聖女派A「契約の象徴だ」
反聖女派B「神と神の使いが、
次の接触を約束した……!」
アカネが、ふと思い出したように言う。
アカネ「アレクさん」
アレク「はい?」
アカネ「この街、好きですか?」
アレク「……」
一瞬、考える。
アレク「ええ。
仕事は大変ですが……」
微笑む。
アレク「生きていけますから」
アカネ「……」
アカネも、微笑む。
アカネ「良い街ですよね」
沈黙。
噴水の音だけが響く。
反聖女派、震撼。
反聖女派A「……確認した」
反聖女派B「何を?」
反聖女派A「世界観の共有だ」
反聖女派C「神の使いが、
この男を“住民側”と認めた……」
反聖女派B「危険だ……
極めて……!」
その後。
アカネは軽く会釈し、去っていく。
アレク「お気をつけて」
手を振る。
屋敷。
コハル「……で、ちょっと立ち話?」
アカネ「はい」
コハル「内容は?」
アカネ「トイレと、
お釣りと、
街の話です」
コハル「……」
深いため息。
コハル「……反聖女派、死ぬほど頭抱えとるで」
アカネ「?」
大神殿・反聖女派。
反聖女派A「もはや偶然ではない」
反聖女派B「神の使いと、
“何者でもない者”の会話……」
反聖女派C「この男……
何もなさすぎるのが最大の異常だ!」
遠く。
狐の神は腹を抱えて笑う。
お狐様(声)
「銀貨で契約成立とか、
人間、想像力たくましすぎやろ!」




