居場所
屋敷の廊下は、歩くたびに音が柔らかく返ってくる。
石なのに冷たくない。不思議な感覚だった。
コハル「ほら、ここ。今日からあんたの部屋や」
案内されたのは、屋敷の一番静かな客間だった。大きな窓、厚いカーテン、ふかふかの寝台。
明らかに“迷い子”の待遇じゃない。
アカネ「……こんな部屋、いいんですか?」
コハル「知らん。聖女様の指示やし」
そのとき、低く落ち着いた声が廊下に響いた。
ゴードン「不都合はないかね」
振り向くと、壮年の男性が立っていた。
仕立ての良い服。無駄のない所作。この屋敷の主人だと、一目でわかる。
アカネ「だ、大丈夫です」
ゴードン「そうか。聖女様からね、君を丁重に扱うよう言いつかっている」
ゴードンは淡々と言う。
ゴードン「この屋敷では客だ。客間は好きに使うといい」
それだけ告げると、彼は静かに去っていった。
コハル「……聞いたやろ。変な遠慮はいらん」
アカネ「でも……」
コハル「でもも何もない。あんた、行くとこないんやろ」
図星だった。
その日から、私はコハルと一緒に過ごす時間が増えた。
朝は屋敷の掃除を眺め、昼は厨房で邪魔にならないよう手伝い、夜は客間に戻る。
アカネ「何か、私にできることありますか?」
コハル「は? 別に……」
そう言いかけて、コハルは視線を逸らす。
コハル「……怪我とかされたら困るだけや」
素っ気ない声。けれど、歩調は私に合わせている。
窓辺で外を眺めていると、コハルがぽつりと言った。
コハル「この世界、慣れへんやろ」
アカネ「はい。でも……あなたがいるから」
一瞬、空気が止まった。
コハル「ば、馬鹿。そういうこと簡単に言うなや!」
耳まで赤くして、足早に去っていく背中。
ツンとした態度の奥に、ちゃんとした優しさがある。
この屋敷での生活は、
私にとって“異世界”を“日常”に変えていく時間だった。




