コハルとの日常
朝。
屋敷の台所には、いつも通りの匂いがあった。
焼きたてのパン。
温かいスープ。
コハル「ほら、アカネ。ぼーっとしとらんで、皿持って」
アカネ「は、はい」
言われた通りに動きながらも、頭の中は昨夜のことでいっぱいだった。
アカネ「……」
コハル「……なぁ」
コハルが、ちらっとこちらを見る。
コハル「昨日のこと、引きずっとる?」
アカネ「……ちょっとだけ、です」
正直に答える。
アカネ「聖女様が……
転生者だったなんて……驚いちゃって」
コハル「せやろな」
コハルは、意外とあっさり頷いた。
コハル「うちも最初は腰抜かしたわ」
アカネ「えっ、知ってたんですか?」
コハル「本人から聞いたわけちゃうで」
フライパンを振りながら、続ける。
コハル「なんかこう……
聖女様だけ、考え方が違いすぎるやろ?」
アカネ「……確かに……」
コハル「神様信じとるくせに、
神様に振り回される人の気持ち、分かりすぎとる」
コハルは、少しだけ声を落とす。
コハル「……あの人、異世界から来た言われた方が、
うちは納得いったわ」
アカネ「……」
私は、手元の布巾を握る。
アカネ「でも……
それでも、聖女様は聖女様ですよね」
コハル「せやな」
コハルは、にっと笑った。
コハル「転生者やろうが、巨乳やろうが、
過保護で距離感おかしいのは変わらん」
アカネ「そこですか」
コハル「そこや」
二人で、くすっと笑う。
その瞬間。
胸の奥に溜まっていたものが、少しだけ軽くなった。
アカネ「……私」
ぽつりと、こぼす。
アカネ「なんだか、すごい世界に来ちゃったなって……」
コハル「今さらや」
即答。
コハル「黒髪やし、神の使いやし、
町一つ浄化しとるし」
アカネ「……それ、そんな軽く言うことですか」
コハル「日常に戻すためには、
軽く扱わなあかんこともあるんや」
コハルは、皿を並べながら言う。
コハル「アカネはアカネや」
コハル「聖女様の切り札でも、
神様のお気に入りでも——」
ちらっと、こちらを見る。
コハル「今は、
うちと一緒に朝飯食う居候や」
アカネ「……はい」
思わず、笑ってしまう。
アカネ「それなら……
ちょっと、安心です」
コハル「せやろ」
ちょうどそのとき。
ユメ「……おはよう……」
眠そうなユメが顔を出す。
コハル「お、起きたか」
アカネ「おはようございます」
いつもの朝。
いつもの台所。
神様がどうとか、
世界がどうとか。
それは確かに重いけれど——
今はまだ、
パンが焼ける音のほうが大事だった。




