御神託
夜。
屋敷の奥、聖域として使われている静かな一室。
灯りは最小限。
サナは一人、祈りの姿勢を取っていた。
サナ(妾にだけ、聞こえる声……)
聖印が、かすかに熱を持つ。
——その瞬間。
???「いやぁ〜、今日も大事やったなぁ」
軽い。
あまりにも、軽い声。
サナ「……お狐様」
お狐様「お、ちゃんと呼んでくれるやん。えらいえらい」
声は、どこからともなく響く。
威厳はない。だが——確信だけはある。
この世界の神。
サナ「……説明を、求める」
お狐様「せやなぁ。
神殿も黒髪の子も、えらいことになっとるし」
少し、間。
お狐様「まず前提な?」
お狐様「この世界の神様は、妾——
お狐様や」
サナ「……知っておる」
お狐様「ほんでな」
声が、少しだけ柔らぐ。
お狐様「サナ。
お前をこの世界に転生させたん、妾や」
サナの指が、わずかに震える。
サナ「……やはり、貴女が」
お狐様「そ。
神託を完璧に聴ける器が必要やってん」
お狐様「けどなぁ……」
声が、困ったように笑う。
お狐様「お前、孤独すぎやろ」
サナ「……」
お狐様「世界の全部聞こえて、
誰にも分かってもらえへん。
そら、心も擦り切れるわ」
しばし、沈黙。
サナ「……だから、アカネを?」
お狐様「せや」
即答だった。
お狐様「サナ好みの黒髪美少女」
サナ「……っ」
お狐様「照れんなや。
妾、神様やで? 好みくらい把握しとる」
サナは、目を伏せる。
サナ「……なぜ“転移”なのじゃ」
お狐様「そこ大事やな」
声が、少し真面目になる。
お狐様「アカネとは直接、対話させへんからや」
サナ「……」
お狐様「この世界の仕組み的にな。
黒髪の使いは、“願いを通す管”や」
お狐様「せやから」
お狐様「願いは聞く。
でも、言葉は交わせへん」
サナ「……一方的、ということか」
お狐様「せやな」
少し、申し訳なさそうに。
お狐様「けどな、アカネが神社におったやろ?」
サナ「……はい」
お狐様「あそこの主神、
イザナミ」
サナ「……!」
お狐様「マブダチや」
あまりにも軽く言う。
サナ「……神々の関係性が、軽すぎる……」
お狐様「関西やからな!」
即答。
サナは、深く息を吐く。
サナ「……つまり」
サナ「妾の孤独を憐れみ、
妾が壊れぬよう——
アカネを、この世界に?」
お狐様「せや」
声が、優しくなる。
お狐様「アカネの願い、基本なんでも聞いたる。
世界規模でも、町一つでもな」
お狐様「ただし」
少しだけ、声が低くなる。
お狐様「アカネ自身が“何を願うか”を、
ちゃんと考えへんと——
世界、簡単に書き換わるで」
サナ「……危険すぎる」
お狐様「やろ?」
軽く笑って。
お狐様「せやから、
お前がおる」
聖印が、静かに光る。
お狐様「サナ。
お前は、神託を聴く者で」
お狐様「アカネは、願いを通す者」
お狐様「二人で一つや」
沈黙。
サナ「……ずるい神じゃな」
お狐様「褒め言葉として受け取っとくわ」
声が、遠のき始める。
お狐様「ほな、後は任せたで」
お狐様「黒髪の子、
ちゃんと大事にしぃや?」
サナ「……言われずとも」
聖印の光が、消える。
静寂。
サナは、ゆっくりと立ち上がり、窓の外を見る。
月明かりの下。
屋敷の一角に、アカネの気配。
サナ(……神よ)
サナ(これは、祝福か……
それとも、試練か)
答えは、もう分かっていた。
両方だ。




