冒険家としての初報酬譚
朝の祈りを終えたツクヨミは、グリムンド王子と共に草原へと足を運んだ。ルートの街からほど近いその地は、陽光に照らされて金色に輝き、風が草を揺らしてさざ波のような音を奏でていた。
この地には、強大な魔物こそ現れぬが、王子のようなレベル15の若き戦士には、十分な試練となる敵が潜んでいた。
やがて、茂みの向こうから一体の魔物が姿を現す。鋭い牙と灰色の毛並みを持つ、低級魔獣――ハウンドウルフ。
「ここは、王子に任せてみましょうか。」
ツクヨミはそう言うと、そっと手をかざし、王子に身体強化魔法・第十階位を付与した。魔力の光が王子の身体を包み、力がみなぎる。
「いざ、参る!」
王子は気合と共に忍び刀を抜き、横一線に薙ぎ払う。鋭い一閃がハウンドウルフを切り裂き、魔物は呻き声を上げて倒れた。
「やった……!」
王子の目が輝く。初めての勝利に、胸の奥から湧き上がる達成感が彼を包んだ。
ツクヨミは倒れた魔物を見下ろし、そっと手をかざす。解体は後にして、ストレージへと収めた。中では時間が止まっているのか、あるいは極めてゆっくりと流れているのか、魔物は新鮮なまま保存されるのだ。
そのとき、地響きと共に現れたのは、巨体を揺らすオーガ。王子の顔が青ざめる。
「今の王子にはまだ早いですね。ここは、見ていてください。」
ツクヨミはパーティ申請を行い、王子と経験値を共有する準備を整える。そして、ホーリーバリアーを展開し、王子を守る結界を張った。
「この中から出ないでくださいね。」
そう言い残すと、ツクヨミは身体強化を自らに施し、メイスを手にオーガへと突進した。巨体の魔物が咆哮を上げて襲いかかるが、ツクヨミの動きはそれを上回る。
「はっ!」
メイスが唸りを上げ、オーガの顔面に直撃。その一撃で意識を刈り取られたオーガは、地に崩れ落ちた。
「王子、止めをお願いします。」
王子は頷き、慎重に近づいて一太刀を加える。その瞬間、ふたりの身体に淡い光が灯り、経験値が流れ込んだ。
その後も、ハウンドウルフは王子が、大型の魔物はツクヨミが討伐していった。王子は戦いの中で着実に成長し、ついにはレベル150を超えるまでに至った。
そして、最後の試練として、王子は一人でオーガに挑む。
「いけますか?」
「任せておけ。」
戦いが始まる。オーガの咆哮にひるむことなく、王子は水魔法を放ち、オーガの視界を奪う。そして、迷いなく駆け寄り、アサシンネイト――両手両足を断ち切る、暗殺者の技を繰り出した。
オーガは崩れ落ちた。
「……見事です。」
ツクヨミは心からの拍手を送った。王子の戦闘センスは、もしかすると自分以上かもしれない。そう思わせるほどの成長ぶりだった。
戦いを終えたふたりは、草原の一角にストレージで穴を開け、魔物の解体を始めようとした。だが、ストレージから取り出されたのは、すでに部位ごとに分けられた素材だった。
「……これは、ストレージ内で自動解体されていたのですね。ニケ神、なんと便利な……」
廃棄物は穴に埋め、ホーリーバリアーをかけて死霊化を防ぐ。完璧な後処理だった。
その後、街へ戻り、冒険者ギルドで素材の買取を依頼。オーガ8体、ハウンドウルフ8体――銀貨64枚。さらに買取増額で76枚となり、王子とツクヨミで38枚ずつ分け合った。
「これが……自分で稼いだ金か……!」
王子は銀貨を手に、目を輝かせていた。これまで王子としての立場で与えられるばかりだった彼にとって、初めての“報酬”だった。
ふと気づけば、朝まで王子を遠巻きに見守っていた兵士たちの姿が消えていた。任を終え、王都へ戻ったのだろう。
ギルドを通じて取り寄せていた書物――地図、歴史書、領地経営の指南書などがすでに家に届いていた。ツクヨミはその夜、王子に経営学の初歩を教えることにした。
「王子、将来のために、少しずつ学んでいきましょう。」
まだ八歳の王子にとって、初めての座学。しかし、彼は驚くほどの理解力と記憶力を見せた。
「……本当に、頭の良い子ですね。」
ツクヨミは感心しながらも、ふと考える。
(ニケ神がこの子に興味を持った理由……それは、まだ私にはわかりません。)
だが、神の御心は、常に人の理解を超えている。
ツクヨミは静かに祈りを捧げ、眠りにつく王子の寝顔を見守った。




