A.イカサマ手相師
アーサー・ザヴィルは信じ込む
自分で言うのもなんだがあたしは美少女である。あたしが笑顔を振り撒くだけで教室の温度が三度はあがるような感じの。
容姿のせいで苦労したことは不思議となかった。苦労知らずな性格の人ほど苦労してる。なんてのはお話のなかではよくあるけれどあたしには特に該当しない。世界は偏って作られている。
例えばうちのクラスの男女のレベルが大分と釣り合っていないように(女子が高い。主にあたしがいるから)、この世は理不尽かつ不公平に作られていてあたしはそのなかで絶妙に勝ち組だった。パーフェクトだ。
こんなこと言ってるやつこそ殺人事件の犠牲者になったりするけどそれにあたしが巻き込まれる可能性は絶無。なぜならあたしは犯人を知っている。犯人もあたしを知っている。彼女があたしを殺すはずがない。
宮川 一志の通夜に出る。あたしはいつも土曜日にしか会えないツキと会える機会ができて嬉しかった。よく知りもしないクラスメイトの死なんてだいたいそんなものだ。宮川はサッカー部のレギュラーだったけど特別あたしと親しいわけではなかった。毎日遅くまで練習していて熱心だなぁとたまに思ったぐらいだ。サッカーの経験がない前の監督のことが嫌いだったみたいだけど、監督は本読んだりして勉強して一生懸命やってくれてたからあたしたちは好きだった。「お前らを勝たせるためなら命懸けてもいい」ってのは流石に言い過ぎだったと思うけど。
閑話休題。
語られてるところによると宮川は林のなかで首を吊っていたらしい。自殺じゃないか? とか囁かれてる。けどサッカー部の連中はなんとなくそうじゃないってわかってる。あたしもそう思う。こないだの練習試合で一番怒ってたのは宮川だ。ツキが一人抜けただけでなんつーザマだよ?! ってすごくキレてた。
まあ瀬尾 イツキは上手かった。技術的なモノはそれほどでもなかったけど視野が広くてキャプテンシーがあった。強豪校相手に3対1でリードされてる場面でいきなり「俺、今日の試合で勝てたら好きな娘に告白するからお前ら死ぬ気で点取ってくれ」って言ってみんなを吹き出させた。それで硬さが取れてキャプテンの香取が「おっしゃ! ツキのためにも点取るぞ」って締めて後半で3対3まで食い下がった。1点取ったのはたしか宮川だった。けど最後の最後で点取られて負けちゃった。
余談だけどそのあと少しして告白されてあたしとツキは付き合い始めた。
「ツキっ!」
待ち合わせ場所にツキを見つけてあたしは手を振った。
ファッションセンスないんだよ って白状したツキはあたしが選んであげたパーカーを着ていた。ツキは細いからだいたいのものは似合う。
ていうかイケメンだ。外だけじゃなくて中身も。ツキは口数は多くないけどいつもあたしの欲しい言葉をくれる。心が読めるんじゃないかと本気で疑ったことがある。ようするにベタ惚れだ。
「行こうか」
ツキの表情は少し重かった。ツキは部活にいたころよく宮川の世話をしてたからやっぱりツキなりに思うところがあるんだろう。式場に入ると黒い服の一団に制服がひどく場違いな気がしてあたしたちは学生の列に紛れ込んだ。順番はすぐ回ってきて焼香を済ませ手を合わせる。あたしは横目にツキを見た。目を閉じて俯く憂いのあるツキに、不謹慎なのはわかってるけどなんだかキュンとくる。
式場を出てツキのクラスメイトの常磐さんと擦れ違った。「やぁ」と声を掛けてくる。「やぁ」とツキは返すけど多少素っ気ない感じ。あたしがいるからだと思う。二、三言話しただけですぐに切り上げてくれた。
それでも「ごめん」って謝るツキの顔はつい意地悪したくなる。あたしはちょっと不機嫌を装って歩く。駅までの道は遠くてツキは困った顔で話しかけてくる。けどそのうち堪えきれなくなって「ジョーダンだよ」ってツキのほっぺにチューした。
ツキはあたしが笑いかけるとソッと唇を合わせてくる。
感触が甘い。唇が離れてから公衆の面前であることに気づいてあたしは顔を赤くした。
ツキを乗せた電車があたしを降ろしてホームから出ていく。あたしは手を振って「さよなら、また今度!」と言った。それを聞いたツキの表情に一瞬、影が落ちる。ツキはすぐにそれを拭う。死んだ宮川と「さよなら」が重なったのかもしれない。シュー って音をたててツキの顔が隠れる。あたしは電車を見送って改札口に切符を通した。
春なのに風が冷たい。何気なく空を見上げると中途半端に欠けた月があたしを見ていた。どこか冷たい感じのする青い月だった。
お姉ちゃんが帰ってたら訊いてみよう。
ねぇ、どうして宮川を殺したの?
靴を脱ぐ。ついでにお姉ちゃんの靴を探したけれどなかった。今日は帰ってないみたいだ。あたしは溜め息を一つ吐いてシャワーを浴びる。
熱いお湯が感覚を刺激する。去り際のツキの表情が浮かんだ。なんでさよならなんて言っちゃったんだろ、あたし。自己嫌悪に陥る。自分の能天気さに呆れた。みんながあたしと同じように考えるわけじゃないんだ。
宮川 一志を思い出す。顔つきはどんなだったか。頭はよかったか。性格。普段の振る舞い。好きな飲み物。
浮かんでくることは多くなくて、やっぱりツキみたいな気持ちにはなれそうになかった。
……今日はもう寝よう。
雨が降っていた。普段は心地いい春の陽気が蒸し暑さに変わっていてあたしはうんざりする。傘をさして自転車に乗るのは未だになれない。駐輪場で男の人にぶつかりそうになってしまって恐い目で見られたけど、あたしの顔を見るとすぐに優しい目になった。美少女は得だ。
学校について下駄箱を開ける。ラブレターが一通。ツキからじゃない。……ツキからならいいなぁ。一応ポケットに入れて教室に行く。宮川の席には誰もいなかった。置き去りにされた教科書がひどく悲しい。あたしは自分の席に座ってラブレターを開封する。中身はテンプレだった。
「トキ またラブレター?」
「……うん」
クラスメイトの御堂 真弓はあたしの手元を覗き込む。「わっ」慌ててそれを隠したけど真弓が手紙を奪い取るほうが早かった。
「むぅ 昨日わたしらとの約束を一方的に断り彼氏とご一緒していたトキにはこれを彼氏さんに拝読させる罰が必要そうですな」
「ほんっっとにやめて!」
ツキはこんなことに嫉妬したりするタイプじゃないけどそれでもヤだ。背の高いユミはあたしの手の届かない位置でからかうようにヒラヒラと手紙を揺らす。背の低いあたしでは必然的に腕にすがりつくみたいになる。全然届かない。
「にしてもあんた年間何通ラブレター貰ってんの?」
「えっと…… 去年は三十……」
「わたしが悪かったわ……」
ユミはなぜかがっくり項垂れて手紙を返してくれた。……あたしなんか変なこと言ったかな?
「おーっす!」
仁対 楓と何人かの女子があたしとユミに近づいてくる。
「お? ユミなに死んでるの?」
「トキがさ……」
ラブレターの話をするとカエまでがっくりと沈み込んでしまった。
「ね、ねぇ ラブレターって十日に一回くらいは貰うものじゃないの……?」
何気ないあたしの疑問は場を凍りつかせた。これでも控えめに言ったんだけど。
「……この話はやめよう」
普段快活な物言いをするカエがいつになく暗い声を出す。あたしは思わず「あの、ごめん……?」と言った。
「うん、全然謝らなくていいんだよ。トキは全然悪くないもんね」
カエはすごく力なく笑った。悪いことをした気分になった。
変わりだしたら話題はどんどん移る。好きな俳優から始まって、堂島 透がまたスキャンダルを取られてたこと、オススメの少年漫画、今日の数学の宿題、昨日やってたドラマ。
昨日のドラマは見逃した人が多かった。「宮川が自殺なんかしやがるせいで」ってユミが言った。後ろの席で男子が一人こちらを見た。あたしの隣の長瀬 直人だ。目付きがすごく恐い。ユミからは見えてなくて罵詈雑言を並べ立てる。
「撤回しろ」
長瀬は鋭く言った。ユミが振り返る。「は?」って顔だ。
「一志は自殺なんかしない」
ようやく言い過ぎたことに気づいたユミは「あ…… ごめん」って一応謝罪を口にする。長瀬はそれには答えず手元の文庫本に視線を落とした。
……なんかキツい。あたしの姉が宮川を殺した犯人である可能性はすごく高い。あたしはそれを黙っている。意識すると喉のあたりがズキズキ傷んだ。チャイムが鳴った。丁度ぐらいで北川先生が来てユミやカエ達が自分の席へ戻っていく。特有の喧騒がまだ教室に残る。それに紛れてあたしは長瀬に訊いてみた。
「ねぇ 長瀬って宮川と仲良かったの?」
「別に」
……だと思った。長瀬は友達が少ない。図書室で借りてきたらしい文庫本を片手に一人で時間潰してるタイプだ。となると長瀬は友達でもないクラスメイトのためにユミの不謹慎にはっきり怒れたってことだ。あたしは少し長瀬を見直した。
「でも首吊りなんだよね? ほんとに自殺じゃないのかな」
「あたりまえだろ。あんな能天気な超のつく馬鹿に自殺するような高尚な悩みがあって堪るか」
……訂正。こいつクソ野郎だ。