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エピローグ あのとき僕は泣いていた

「動機と犯人がわかってすっきりしたか?」

 手持ちぶさたになって俺は天上に問う。天上は小さく首を横に振った。

「してないとは言わないけど……、なんか今度はモヤモヤしてる」

「モヤモヤ?」

 天上はちょっと恥ずかしそうに言う。

「あたしの中でツキはカンペキチョージンだったから、ちょっとした小芝居くらいであっさり月白さんを殺人犯 って信じ込んじゃったのが信じられない」

「……」

「まっ なんとなくだけどね」

「……へぇ」

「な、なにっ そのバカを見るような目!」

 そんなつもりはなかったんだが俺の目はそんな風に見えるのか……? なにげにショックだ。

「別に。まあ瀬尾さんでも騙されることくらいあるんじゃないか? 恋愛が絡む演技に関して女ってのは達人だろ」

「……否定はしないけど」

 俺は内心で天上の鋭さに感心していた。

 そう、幕は降りていない。

 まだエピローグが存在する。


 ある土曜日の昼下がり、俺はファミレスで彼を待っていた。コーヒーカップのなかはとっくに空で二杯目以降は無料なのだが二杯目に手を伸ばす気にはなれなかった。カッコつけて話してるときにトイレに行きたくなったら台無しだからだ。待ち人が来た。俺の向かいに座って店員さんに「コーヒー」と薄い笑みで言う。店員さんは瀬尾 イツキの顔に見とれながら奥へ引っ込んでいく。

「コーヒーが来るまで待とうか」

 俺は頷く。これから披露する三流の推測は第三者に言うべきことではなかった。

 コーヒーカップが運ばれてくる。俺のときは事務的だった「ごゆっくりどうぞ」にやけに感情が込もっていた。軽く腹立つ。

 瀬尾さんはコーヒーを一口啜ってそのままカップで口元を隠した。

「で、話ってなに?」

 やわらかい午後の空気にゆっくりとヒビが入るのを感じる。

 俺は軽く息を吸った。酸素が混じってるのか怪しく少し息苦しい。吐いた。瀬尾さんの目を見る。冷たい目だった。

「あんた本当は知ってたんじゃないのか。殺人犯が誰なのか」

「どうしてそう思う?」

「一つ目に、あんたが筆談の場所に誰もいないし鍵のかかっていない教室ではなく堂島 美沙子や溝辺 すみれの監視のある図書室を選んだこと。

 二つ目に、月白 雪見のためと偽って月白を利用し自分のアリバイを確保したこと。

 三つ目に、学校があって授業を受けていた月白には平日の犯行は不可能なことにあんたが気づいてなかったとは思えないこと。

 四つ目に、これは確証はないけど図書室の休館日と殺人日程の関係に俺よりも早く気づいていたことだ」

 昼下がりのファミレスだと言うのに妙な静寂が俺たちを包む。コーヒーで唇を潤す。瀬尾さんが小さく笑う。瀬尾さんの目は俺を見ていない。窓の後ろの、どこか遠くを見ていた。

「君はえらく僕を買い被ってるんだね」

「ええ、まあ」

 率直に言って俺は自分よりも優秀だと思える人間に初めて出会った。

「あんたは俺と同じ人種だ。自分といると人が不幸になると思っている。あっさり天上を突き放したのもそのへんに原因があるんじゃないか? あんた本当は天上のことが……、」

「ああ、僕は彼女が大好きだよ」

 心にもないとでも言いたげな瀬尾さんのウソくさい笑み。

 ただ、『僕』という人称を瀬尾さんは俺の前で初めて使った。俺はその一言分だけ彼が素顔になった気がした。

「もう行っていいかな? 月白と約束があるんだ」

「まだ殺人犯の振りしてるのか?」

「あれはあれでかわいいよ。形はどうあれ僕のための必死の演技ってのが萌えるね」

 君と会うのはこれが最後になる気がする そう言い残して瀬尾さんは財布から五百円を置いた。店を出ていく彼の後ろ姿を見送る。

「やっぱ気づいてたんじゃねーか……」

 俺は月白 雪見が宮本を殺した犯人じゃないとは言っていない。殺人犯が誰なのかと言っただけ。瀬尾さんは堂島のことを知らないはずだ。

 俺は考える。こんなつたない誘導尋問に瀬尾さんが引っ掛かるだろうか。それすらもわざとではないのか。だったらどうして?

 瀬尾さんには宮川を殺させることに意味はあったのだろうか。瀬尾さんは他人ではなく自分を殺すタイプだ。宮川がウザくても宮川ではなく瀬尾さん自身が死を選ぶんじゃないだろうか。

 ──堂島 美沙子に復讐を果たさせるため?

『誰かのためになにかをすることはそれだけで尊いと思わないか?』

 瀬尾さんの言葉が脳裏に過る。俺はその思考を振り払う。

 伝票を持ってレジに行き金を払った。会計をした店員がこちらの顔を見て、おそらくは瀬尾さんじゃなかったことに残念そうな顔になったのを俺は見逃さなかった。くそ、腹立つ。

 ファミレスを一歩外に出ると外は雨の臭いがした。

「瀬尾さん、あんたの死に様を予言してやる。女に刺されて死ぬんだ」

 俺は誰の物かしらない傘を一本引き抜いて歩き出す。降ってきやがった。しとしと弱く降る。

「涙雨かな」

 誰のだよ? と呟いた。



 それから数日後。俺の予言は外れた。

 瀬尾 イツキは死んだ。

 父親が母親と瀬尾さんを殺して自殺した。

 いわゆる無理心中。

 溝辺 すみれが泣いていた。

 月白 雪見が泣いていた。

 常磐 朝顔が泣いていた。

 天上 時子は泣いていなかった。

 S.A.D.

 自身の死を予見した瀬尾さんは天上が悲しまないようにおおよそ考えつく最悪の方法で彼女をフッた。

 突き詰めればこれはただそれだけの話だったのかもしれない。




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