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プロローグ 夜の海
人を殺すというのは夜の海を泳ぐことに似ている。
どこまでも真っ暗で上下左右がうやむやになり自分がいまどこにいるのかさえわからないのに、水底から見上げる月はどこまでも美しく冷たい水が全身を撫でる感覚は何事にも変えがたいほど心地いい。
必死にもがくそれの首を両の手で押さえ付けて、ガクンと力尽きる瞬間に深海に陽が射すのに似た恍惚が殺到する。
しかし快感は余韻を引かない。
憎しみと殺意で構成された感情が一時的に抜け落ちるだけで、新しい感情がすぐに構築されていく。
全てを殺すまでワタシは海を泳ぎ続けるだろう。
いつまでも、
どこまでも、
この深い深い悲しみの海を。