【短編】呪われ勇者と白米聖女~は?異世界で10キロのコメと私でどうやって勇者の呪いを解けと??
◆第1話 私が聖女?
「聖女様の降臨でございます」
―― おおっー!
と、結婚式場のホールのような場所に拍手と共に歓喜のどよめきが響く。
私の足元には、ほのかに金の光が残る魔方陣。
(いやいや、何これ!?
えっ、なんかまずいシチュエーションでは??)
大学生になって家を出た弟のユウちゃんが春休みに実家に帰ってくるからと張り切って米袋10キロを買って、転がるように家のドアを開けたら異世界よ。
(ってことは、私、米袋を抱えたままコケて死んだの!?)
私は、顔面蒼白になりながらあたりを見回す。
いかにもという感じの、金色の残光る魔方陣の真ん中に突っ立っているのは、紛れもなく私だ。
不安になり自分の体に異常がないか、ペタペタとさわって確認する。
太っても痩せてもない普通体型。
ひとつ結びの黒髪に、ロングスカートのオフィスカジュアルな服装。
通勤の大きなバッグは肩からしっかり持っている。
そして、足元にはニコニコ笑顔でおにぎりを頬張る女の子がプリントされた米袋10キロ。
そう、私は私のままだった。
自分の容姿の変化のなさにこれほど安堵したことがあっただろうか?
(死んで転生したわけではないようね。よかった~)
私は、ホッとしてその場にへたり込む。
すると遠巻きに見ていたファンタジー小説から抜け出したような人たちが、歓迎ムードで『聖女様』とか『これで安心』というようなことを言っているのが聞こえた。
いやいや、誰が聖女よ。
私は、社会人2年目の平凡な会社員よ。
そりゃ、不在がちな両親に代わって体の弱い4つ下の弟を育て上げたのは私と言っても過言ではないけど、聖女と言うほどではない。
だって、おかげで小学校から大学まで付いたあだ名が『おかあさん』だ。
頼られるのは嫌いじゃないけど、聖女といえば世界を救ったりしないといけないんでしょ?
『おかあさん』には、無理無理。
私は頭を横に振り『人違いです』と口を開こうと顔を上げると、目の前にファンタジーゲームや映画から抜け出してきたようなイケメンくんが立っていた。
「聖女様、お待ちしておりました」
そう、うやうやしく目の前でお辞儀され、にっこりと鮮やかな笑顔で差し伸べられた手をどうすれば断れると言うのだろう?
私は思わず、うながされるままふらりと彼の手を取り立ち上がった。
目の前の彼、私とそう年齢はかわらないかな?
朝焼けの光を集めたような明るく柔らかそうな髪に、空色の瞳。すうっと通った鼻筋。
にっこりと笑った顔がまぶしすぎる。
(カッコいいのに、かわいい系だわ……)
私はとくんと胸が鳴る音を聞きながら、思わず魅入ってしまう。
すらりとした体躯ながらも、鍛えて体幹がしっかりしてそうだし、軽鎧っていうのかな? 銀の胸当てに青いマントがめちゃくちゃカッコイイ。
勇者なの? 騎士なの?
やばい、これはときめく。
コスプレ最高!
私は、心の中で紙吹雪をまき散らした。
普段はおっとりとしていて大人しそうと言われる私だけれど、漫画や小説の二次元男子には弱いのだ。
(はっ! いけないいけない。冷静に冷静に……)
雰囲気に飲まれてはいけないと胸の動悸を抑えつつ、意思を強く持ち断りのセリフを言い放つ。
「わ、私、聖女じゃないです! ひっ、人違いですっ!!」
だ、ダメじゃん。声が裏返ったよぉぉー。
私は、ここで流されてはいけないと必死に否定するが、相手の方が一枚上手だった。
勇者君は、私の耳元でささやくように説得する。
「すみません。色々困惑されているとは思いますが、この後、別室でご説明しますので、今は私に合わせてもらってもいいですか?」
勇者君に、申し訳なさそうにそう耳打ちされたら聞くしかないじゃないですか~。
私は、赤面しながらコクコクとうなずいた。
「聖女様、お名前は?」
「チホです。稲村千穂」
すると、勇者君は私の手をしっかり取り、群衆の方を向きキリッとした表情で宣誓する。
「聖女チホさまのご助力を得て、勇者テオドールは国の安寧のために尽力することを誓います」
んんっ!?
え、彼は本物の勇者様なの?
『このまま退場しますよ』
小声の勇者様にうながされて私は、二つ返事でお願いする。
『はひっ、早くこの場から逃げたいですっ!』
彼にエスコートされ小走りで出口へ向かいながら、勇者様が私と反対側の手に10キロのコメを楽々と抱えているのを見逃さなかった。
◆第2話 呪われた勇者
私は、あてがわれた立派なお部屋でメイドさんたちに、聖女らしく着飾られた。
着替えた衣装は金のふち飾りのついた白くて長いローブ。肌触りが良く上質な布を使っているのがわかる。
セミロングよりやや長めの黒髪はゆるく編んで左肩にたらし、キレイな空色のリボンで飾られている。
顔の方は、まあ平凡でそう激変とはいかないけれど、軽く粉をはたかれて淡い色の口紅をつけてもらえたので、ナチュラルメイクで清楚風に完成して見れるようになっている。
着替えが終わった私は別室に移動した。
そこは執務室というか会議室という感じだった。
執務室か会議室という印象を受けたのは、大きな地図が壁に立てかけられていたことと、黒板のようなものがあったからだ。
私は案内されたその部屋で、座り心地の良いソファーに座ると、神官さんと勇者さんがやって来た。
二人は私の前に座る前に、自己紹介をした。
「私は神官のユジンを申します」
黒髪をセンターに分けた白い衣装を美人系お兄さんが、うやうやしく私に頭を下げた。
それに続いて青いマントの勇者さんが、にこと笑って自己紹介をしてくれる。
「私は勇者のテオドールです。先程は説明不足で申し訳ありませんでした」
まあ、とりあえずお茶を飲みながらとうながされて、ソファーに座りしばしお茶をすすって和む。
けど、落ち着けば落ち着くほど、なんだかこれは夢ではなく現実だと自覚して焦って来る。
「私って、具体的に何をすればいいのでしょうか?」
「聖女様には、勇者様の呪いを解いて欲しいのです。勇者様は、この一年くらい魔獣との戦闘時に体調が悪くなるんです。回復魔法や聖水で一時的には良くなるのですが、すぐまたぶり返すため、我々は呪いではないかと判断しているのですが……」
ユジンさんの説明に、勇者さんは不安そうな顔をした。
「症状的には、動悸、息切れ、めまい。発疹、発熱、意識低下という感じですね」
ちょっ、それってどう見ても病気じゃないの……?
どうして、医師や看護師を召喚しなかったよのよぉぉ。召喚下手か!?
「勇者様、お役に立てずにごめんなさいね……」
私は、素直に謝る。
無理やり連れてこられた私が謝る必要はないのかも知れないけれど、病気が治るかもと期待していたのに裏切られたら、きっとつらいはずだ。
なのに、勇者さんはそんな素振りは少しも見せなかった。
「こちらこそ、巻き込んですみませんでした」
彼からは私を責める視線は少し感じなかった。
やさしすぎるよ、この人~。
周りに気を配り過ぎで、胃を痛くしそうなタイプでは?
私は、勇者さんがあまりにも人が良すぎるような気がして心配になった。
(勇者さん……心の中では名前で呼んでもいいかな? 私、すぐに帰れないなら、テオ君のためになにかできること探してみよう!)
いつも病気がちな弟の面倒を見ていた私の世話焼き気質が、むくと起き上がった気がした。
◆第3話 魔獣との戦い
会議室で重要な話が終わった後は、色々とこの世界についてのお勉強会という名の雑談をしていた。
テオ君もユジンさんもとても親切で、元の世界にすぐに帰れないという事実さえなければ、紅茶もお菓子も美味しいし、いつまでもここにいてもよいと思えた。
今後のことについて、思索しつつお茶をごちそうになっていると、突然、バンッと扉が開き私は1センチほど飛び上がる。
「急報です。森に魔獣が現れました!」
伝令の騎士の声に、さっと二人の表情に緊張が走る。
「では、聖女様は勇者様の魔獣討伐隊に同行して下さい」
(はひ? いきなり戦闘ですか!?)
*
私はテオ君の馬に乗せられて魔獣が出たという街外れの森へ到着した。
魔獣……。
象よりも大きい動物は見たことのない私には、それよりも2倍から3倍は大きいように見えた。
その魔獣は、家一軒くらいの大きさがある猪だった。
「後のこと、よろしくお願いします」
とテオ君は騎士団長に声をかけるや否や、魔獣へ向かい駆け出した。
走りながら抜き放ったのは幅のある大剣。
刃は銀色に光り輝いて、鏡のように磨かれている。
なにか文字のような模様が刻まれとても美しい。
どう考えても重厚な剣をテオ君はこともなげに正面に構えて、鼻息の荒い魔獣の前に立つ。
私だったら、震えあがり身動きできないだろう。
離れて見ていても、魔獣から獣臭い匂いが漂って来て身が縮む。
すると、ずっと私が目で追っていたはずのテオ君が軽い跳躍とともに視界から消えた。
ハッとして見回すとテオ君がマンションの3階くらいまで跳躍していた。
それだけではない。その中空で素早く身をひねり回転する。
それは、さながら剣を携えた風車のように見えた。
私は驚きで目を大きくする。私には、あまりの速さに何回まわったのかさえわからない。
ただ、キラキラッと剣が眩しく光ったように見えた直後、テオ君が魔物の頭めがけて落ちて来た。
私は息を飲む。
自然落下ではない、勢いがある。
(あんなの地面に落ちたら、死んじゃうじゃない!?)
ハラハラして胃が痛いよぉ。
私は両手をぎゅっと握りしめる。
(テオ君! がんばって!)
まるで、弾丸のようにテオ君の勇者の剣が魔物の脳を捕らえて突き通した。
重い斬撃で地が揺れた気がした。
私の心配をよそに、テオくんはまったくもって大丈夫そうだった。
魔物がどうと倒れた。
魔物に深々と刺さる大剣を抜くと、すぐさま魔物から飛び降り数十メートル距離を取る。
その直後、テオ君が片膝をつき苦しそうに肩で息をしはじめた。
(さっきまで平気そうだったのにどうして……?)
すかさず騎士団長がテオ君を抱えてこちらへ連れて来る。
ユジンさんの治療を受けさせるためだ。
テオ君は木陰で樹に背を預けてぐったりしている。
少し顔が赤い。首元に発疹が見えた。
肩で息をしていて苦しそうだ。
(医者じゃないから何もわからないよぉ)
でも何かが私の記憶に引っ掛かった。
不思議とこのテオ君の体調に、既視感があった。
苦しそうな様子が病気がちだった弟のユウちゃんと重なり、私は胸がぎゅっと締め付けられる。
ユジンさんは、腰ベルトに下げているに小物入れからキラッとする小瓶を取り出しテオ君に飲ませた。
聖水を口にすると、テオ君の症状は一時的におさまった。
(良かった~。でもこれってホントに呪いなの?
病気じゃなくて?)
医療知識のない私がここに、聖女として呼ばれたことに理由があるならば、この症状は呪いではなく、私の知っていることなのかも知れない。
第4話 努力家の勇者様
疲れ果てて天蓋付きのベッドで、泥のように眠った私は翌早朝、空腹で目が覚めた。
あてがわれた立派な部屋のカーテンを開けると、大きな窓から新しい日を告げる朝日が僅かに顔をのぞかせていた。
(異世界に来ても、朝日は昇るしその日の光は安心するのね)
考えることは色々ある。
色々あるが、とりあえず私は生きてる。
私は、無意識に太陽の光が入る方角に手を合わせて感謝をした。
窓を開けると、外にテラスがあったことわかり、出てみた。
ここは2階だ。
眼下に、薔薇の花の咲く庭園と東屋が見えた。
素敵な風景にうっとりしながらも、この世界には魔獣や魔王というものがいるのを思い出して少し憂鬱になる。
天災みたいなものだとは言われても、やはり初めて目にした怪物への恐怖はぬぐえない。
私は、頭を横に振り嫌な考えを振り落とす。
(私にできないことを考えこんでもしょうがない。できることから、目の前にあることから始めよう)
朝の空気を胸いっぱいに吸い込むと、緑とほのかにバラの匂いを感じた。
気持ちが切り替わると、耳に規則正しい風切り音が聞こえていることに気付く。
音の方を見れば、テオ君が剣の素振りをしていた。
朝食前の朝練なのかな?
決まった型を練習してるみたいだけれど、そのまなざしは真剣そのものだ。
剣を振るたびに汗がキラキラと飛び、運動しやすそうな白いシャツが既に汗で濡れて透けている。
ひたむきなその姿に、私の胸はとくんと跳ねた。
(戦闘を見れば、一朝一夕にできる剣技ではないとは思ったけれど、昨日、あんなに具合が悪そうだったのに翌朝から鍛錬をするなんて……)
私はまだ、テオ君はいかにも勇者という感じの、さわやかで温和な笑顔しか見ていないけれど、自分に厳しくて真面目な子なのがよくわかる。
(体はもう大丈夫なのかな?)
昨日の戦闘直後、息苦しそうに倒れていた姿が思い出された。
私は、テオ君が本当に復調しているのかもっと近くで確認しようと、一階で朝練をしている彼の元へ向かった。
「勇者様、おはようございます」
私は、テオ君に声をかけた。
テオ君が、清々しいさわやかな笑顔で朝のあいさつを返してくれる。
「勇者様、調子はどうですか?
昨日の今日で、そんなに動いて大丈夫ですか?」
「朝は調子がいいんですよ。
日中は訓練中に具合が悪くなるときもあるので、朝練に熱がこもってしまって」
「そうなんですね。でもちゃんと着替えないと風邪引きますよ」
ふふっ、なんだか世話を焼いてしまう。
どこにいても、こういう私のお姉さん気質は治らないものなのね。
「そうですね。気を付けます」
テオ君は、ちょっと照れくさそうに笑った。
笑ったら、急にお腹が減って私のお腹がぐうと鳴る。
「一緒に、朝食を食べに行きましょう。着替えたら迎えに行きます」
そういわれて、私も身支度をするべく部屋に戻った。
◆第4話 努力家の勇者様
疲れ果てて天蓋付きのベッドで、泥のように眠った私は翌早朝、空腹で目が覚めた。
あてがわれた立派な部屋のカーテンを開けると、大きな窓から新しい日を告げる朝日が僅かに顔をのぞかせていた。
(異世界に来ても、朝日は昇るしその日の光は安心するのね)
考えることは色々ある。
色々あるが、とりあえず私は生きてる。
私は、無意識に太陽の光が入る方角に手を合わせて感謝をした。
窓を開けると、外にテラスがあったことわかり、出てみた。
ここは2階だ。
眼下に、薔薇の花の咲く庭園と東屋が見えた。
素敵な風景にうっとりしながらも、この世界には魔獣や魔王というものがいるのを思い出して少し憂鬱になる。
天災みたいなものだとは言われても、やはり初めて目にした怪物への恐怖はぬぐえない。
私は、頭を横に振り嫌な考えを振り落とす。
(私にできないことを考えこんでもしょうがない。できることから、目の前にあることから始めよう)
朝の空気を胸いっぱいに吸い込むと、緑とほのかにバラの匂いを感じた。
気持ちが切り替わると、耳に規則正しい風切り音が聞こえていることに気付く。
音の方を見れば、テオ君が剣の素振りをしていた。
朝食前の朝練なのかな?
決まった型を練習してるみたいだけれど、そのまなざしは真剣そのものだ。
剣を振るたびに汗がキラキラと飛び、運動しやすそうな白いシャツが既に汗で濡れて透けている。
ひたむきなその姿に、私の胸はとくんと跳ねた。
(戦闘を見れば、一朝一夕にできる剣技ではないとは思ったけれど、昨日、あんなに具合が悪そうだったのに翌朝から鍛錬をするなんて……)
私はまだ、テオ君はいかにも勇者という感じの、さわやかで温和な笑顔しか見ていないけれど、自分に厳しくて真面目な子なのがよくわかる。
(体はもう大丈夫なのかな?)
昨日の戦闘直後、息苦しそうに倒れていた姿が思い出された。
私は、テオ君が本当に復調しているのかもっと近くで確認しようと、一階で朝練をしている彼の元へ向かった。
「勇者様、おはようございます」
私は、テオ君に声をかけた。
テオ君が、清々しいさわやかな笑顔で朝のあいさつを返してくれる。
「勇者様、調子はどうですか?
昨日の今日で、そんなに動いて大丈夫ですか?」
「朝は調子がいいんですよ。
日中は訓練中に具合が悪くなるときもあるので、朝練に熱がこもってしまって」
「そうなんですね。でもちゃんと着替えないと風邪引きますよ」
ふふっ、なんだか世話を焼いてしまう。
どこにいても、こういう私のお姉さん気質は治らないものなのね。
「そうですね。気を付けます」
テオ君は、ちょっと照れくさそうに笑った。
笑ったら、急にお腹が減って私のお腹がぐうと鳴る。
「一緒に、朝食を食べに行きましょう。着替えたら迎えに行きます」
そういわれて、私も身支度をするべく部屋に戻った。
◆第5話 楽しい朝食
テオ君に連れられたのは、騎士団の食堂だった。
「千穂なら王城の食堂も使えるし、個別に部屋で取ることも可能ですが、ここ《騎士団》が一番早く開くんで」
食事は見慣れた感じの洋食だった。
パンとパスタとサラダとローストビーフみたいなやつ。
(わお、朝からがっつり肉なのね。贅沢~)
ホテルのビュッフェみたいになってるけど、量がハンパないな。
騎士団の食堂って言ってたから、人数もいるし猛烈に食べる人が多いんだろうなぁ。
弟のユウちゃんも、めちゃくちゃ食べるけどその比ではない感じ。
ミートソースのパスタ美味しそうだなぁ。
昨晩の夕食から食べてないから、私もガッツリ食べたいけど、白い聖衣なので汚れたら嫌なので我慢した。
私はバケットとスクランブルエッグとレタスとベーコンを取った。
(カリカリベーコン、超おいしい~。
スクランブルエッグもふわふわで、バケットにのせて食べたらたまらないっ!)
しかも向かい側に、テオ君。
運動量が多いせいか、バケットに肉を挟んだもののほかに、ペンネも食べてる。
「勇者様。お野菜も食べないとだよ? お野菜」
「ぎくっ、生野菜はどうも苦手で……」
「ならせめて温野菜を食べなさいよ。ポトフとか。芋は野菜だけど、野菜のカウントには入れません。葉っぱを食べなさい」
「はい……」
「カリカリのベーコンとか、半熟卵をのせるとサラダも美味しく食べられたりするから試してみて」
私はつい、言い聞かせるようにいってしまう。
「千穂は、なんだかおかあさんみたいですね……」
「ふふっ、世話焼きでごめんね」
楽しい雑談をしながら終わった朝食のあとは、魔王討伐隊と騎士団の会議に参加させられた。
といっても、よく見れば昨日と似た顔ぶれだった。
結論として、テオ君の不調の原因がわかるまで、私は同行しないといけないらしい。
◆第6話 私は聖女!
魔獣討伐ももう3回目になった。
その日もまた、テオ君が倒れた。
今日は、さすがにもう見ていられなくて私はテオ君の自室の前まで来た。
聖水で一時的に良くなっても、その晩はまたぶり返すことが多いとユジンさんに聞いたから。
*
テオ君は、奥の寝室で寝ていた。
赤い顔をしている、まだ発熱や発疹があり苦しそうだ。
「不甲斐ない姿を見せてすみません……」
体を起こそうとする勇者様を私は制止する。
「無理に起きないでいいよ。辛いでしょう? ゆっくり休んでね。心配だから看病させてね」
私は、テオ君の額に濡れタオルをあてがった後ベッドサイドにあるイスに腰をかけた。
発疹が出て、熱を帯びた皮膚にはひんやりとして気持ちがいいだろう。
テオ君はこくんとうなずいてホッとしたように息を吐き目をつぶった。
「……」
私は、なんて声をかけていいのかわからなかった。
あれだけの力で魔物を倒せる勇者様が、今、目の前で力なく横たわっている。
ふと弟のユウちゃんの小さなころが思い出された。
いまでこそ健康になったが、幼い頃は色々なアレルギーで食が細く体が弱くよく看病してあげたものだ。
心配をかけまいと我慢するところが似ている。
そして、この症状も似ていた。
運動後に繰り返す発熱、発疹、息苦しさ。
(これはたぶん、運動誘発や遅延型の食物アレルギーなんじゃないかな……)
私に中でひとつの確信に変わったが、期待させて違いましたとがっかりさせたくない。
明日の朝、試しに私の作った食事を食べてもらってから話してみよう。
私は、目の前で苦しむ国を守る勇者様で、頑張り屋の青年剣士のテオ君に、一人でがんばらなくていいんだよって言ってあげたくなった。
なんでも一人で抱え込む辛さは私も知っているから。
「……テオ君」
心の中で呼んでいた呼び方で呼んでみる。
なんだか少しこそばゆい。
でもテオ君には『勇者様』じゃない時間が必要なんじゃないかと思った。
笑顔の下では、ずっと責任や重責を担っている。
「あなたは、休めるところがあるのかな?」
私の声にテオ君が、ぴくりとまつげを揺らした。
まだ、起きてたみたい。
「私、なんの力もないけど話を聞くくらいはできるから。
いつでも、辛いときは辛いって言ってね。
私、『聖女』だしね。約束は守るよ」
初めて、自分から聖女だと名乗ってみた。
テオ君の力になりたいという、私の決意の表れだ。
「それにね、私、小学生の頃から友達からは『おかあさん』ってあだ名で呼ばれてるからどんと任せてよ」
私は、少し空気を和ませるようにいう。
「千穂、子供の頃からあだ名が『おかあさん』って……」
テオ君は少し目を開けて力なく笑った。
「ふふっ、でもまあ、嫌じゃないのよ。頼られてる感じがするしね。テオ君も頼っていいよ。すごい力はないけれど、愚痴を聞くくらいはできるからさ」
私が笑いながら言うと、テオ君は私の顔を見ながらポロッと涙をこぼした。
*
「聖女様……」
テオ君は、天井を見ながら両手で顔を覆った。
「俺は…怖いんです。
俺が魔王を討伐できなければ、大きな被害が出ます。
俺みたいに村や家族を失って悲しむ人がいるとわかっているのに、今の俺には守る力があるのに、この病のせいで肝心なときに力が出せない。また何も守れず失うのが怖いんです。
魔獣と対峙するときもそうです。
特に竜型の魔物を見ると、今でも子供の頃に魔王に襲われ家族を失ったときのことを思い出し、手が震えます。
そうやって、怯えてたから、逃げたいと思ってたから罰が当たったんでしょうか?
勇者として不適格だから呪われたんでしょうか?」
テオ君のすすり泣きが薄暗い部屋に響いた。
そこいるのは魔獣を軽々と倒す勇者ではなく、テオドールという責任感の強い悩み多い青年の姿があった。
「テオ君、これは病気だから自分を責めないで、病気が何かの罰ならばどうして善良な人もかかるの?」
「それは……」
「それに、たとえ呪いだったとしても、それは呪った人が悪いのであって、あなたのせいでもないでしょ?」
「俺が悪いんじゃないですか? 怖くて、逃げ出したかったから、こんな風になったじゃないかってずっと思ってて……」
私はニッコリと聖女のように微笑んでみせた。
それがたとえ虚勢であっても、今の彼の救いになるならばそれでいい。
「馬鹿ね。怖くて逃げだしたくても、そうしたことなんて一度もないんでしょ? だったら違うに決ってるじゃない」
私は、再びひんやりと冷たいタオルを絞って泣いているテオ君の頬をぬぐってあげた。
「『聖女様』が言うんだから間違いないよ」
テオ君は、こくんとうなずくとそのまま安心して寝入ってしまった。
◆第7話 白米に感謝を<終>
私は翌朝、厨房を借りてこの世界に来てはじめて朝食の準備をした。
私の部屋の相棒でもあるニコニコ笑顔の女の子の米袋から、5合のコメを炊いた。
まぶしい白米。
久々の銀シャリにお目にかかり、私はテンションが上がる。
軽く塩を振り、三角のおにぎりにした。
(シンプルだけどこれが一番おいしいんだよね)
あとは、焼き鮭をほぐしたものも作ってみた。
私は、シャケおにぎり大好き。
あと、海苔が調達できたらと思って厨房で相談したら、この国ではあまり食べないけど今すぐは無理でも異国から取り寄せることは可能らしい。
今日のところは海苔なしのおにぎりだ。
お皿に、15個のおにぎりが並ぶと圧巻だった。
「これ、絶対おいしいやつ! 私の握り方完璧っ!」
私は、あんなに具合が悪かった翌日の朝にもやはり剣の練習をしているテオを見つけテラスから声をかける。
「テオ君、一緒におにぎりを食べよう!」
私はテオ君の症状は、弟の食物アレルギーに似ていると思った。
弟のユウちゃんには、卵や牛乳、ピーナッツのアレルギーがあった。
食べてすぐに出るものもあれば、後から症状が出るものもあった。
そういうのは、遅延型のアレルギーという。
テオ君が毎食食べていたもので共通していたのは、『小麦』だ。
この国の主食は、パンかパスタ。
だから、とりあえず米を食べて症状が出なければ、ほぼ間違えなく小麦の運動誘発型のアレルギーなんじゃないかと私は思った。
まずは、今日一日おにぎりだけを食べて様子を見てもらおう。
*
私の部屋に来たテオ君は、おにぎりを見てちょっと驚いている。
「千穂、これは食べ物なんですか??」
初めて見るおにぎりに、テオ君は少し困惑気味で私は笑ってしまう。
「そうだよ。聖女メシだから今日から数日はこれだけ食べてね」
「ええっ!?」
私も、塩おにぎりとシャケおにぎりだけでは辛いけど、テオ君に付き合って数日は毎食おにぎりを食べるつもりだ。
「いただきま~す」
私が手づかみでパクリと食べると、テオ君もマネして食べた。
「あ、塩味がして噛んでると少し甘いんですね」
もぐもぐしているテオ君のほっぺにご飯粒がついていて、私は笑ってしまう。
「千穂?」
「なんでもない。えっとこっちのはシャケが入ってるよ」
そうして私たちは、おにぎりをお腹いっぱいに食べた。
朝と昼に、おにぎりを食べた後、テオ君にはいつも朝にする訓練や模擬戦をしてもらった。
*
「千穂、あの白い三角の食べ物は呪い避けだったんですか!」
いつもなら、呪いの症状が出て苦しくなるのところ、今日は大丈夫なようだ。
「そうね~。私の国ではお米には神様が宿ると言われているわね」
「そんな貴重なものだったんですね!」
私、ウソは言ってないよね。うん。
3日ほど、塩おにぎりとシャケおにぎりでテオ君の呪いの様子を見たところ、訓練をしても魔獣退治をしても症状は現れなかった。
念のため、小麦以外の卵や牛乳などのアレルギー品目も食してもらったが、異常は見受けられなかった。
私は神官のユジンさんにそのことを説明して、知識をすり合わせした。
ユジンさんも、ナッツや牛乳のアレルギーは知っていたが、まさか小麦とは思っていなかったようだ。
「では、呪いではなく食物への反応だったんですね」
「うん。私の国では米が主食だから、小麦のアレルギーの人は割といるんだ」
「そうでしたか……。さすが聖女様! これで、勇者様も安心できますね」
ユジンさんも胸をなでおろす。
「千穂、本当に色々とありがとうございます!」
テオ君の頬を赤らめて、飛び切り明るい笑顔をした。
私は、自分の知識内から少しばかりだがテオ君の役に立てたことをうれしく思った。
*
「さて、勇者様の呪いがとけたから、私はそろそろ帰還の天啓が来ると思うんだけど……それっていつごろくるのかな?」
私は首をひねった。
それに、一週間の不在の言い訳をまだ思いついてないし、これからはテオ君の元気な姿をもっと見れるのに、帰らなければならないのもちょっと残念かな?
聖女の任務達成のご褒美で、行ったり来たりできないのかな?
そんなことを思ったせいか、さらに3日たっても帰還の兆しみたいなものは見えずに、少々焦って来る。
「もしかして、聖女って私のことじゃなくて、この米袋に描いてあるニコニコ笑顔の麦わら帽子の女の子のことだったりして?」
だって、なんだかお米が減るにつれて米袋の女の子の絵がキラキラして薄くなってるんだもの。
え、もしや私は帰れなかったり??
……まさかね。
と、私はちょっと心配になった。
☆ お わ り ☆
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