空虚の都と記憶のラジオ
ただの夢の出来事を当日中に思い出して執筆しました。
1. 災害後の東京
いつからだろうか、東京が沈黙に包まれたのは。
地震でもない、核戦争でもない――誰も正確な原因を知らなかった。人々はただ、それを「崩壊」と呼ぶようになった。ある日突然、街は狂気に飲み込まれたようだった。交通網は止まり、通信手段も機能を失い、あれほど賑やかだった街が沈黙に包まれた。誰もが恐れ、互いに疑心暗鬼になりながら、都市から逃げ出した。
「原因不明の『何か』」が精神を蝕み、都市機能を停止させたと後になって言われるが、何がきっかけだったのかを知る者はいない。首都圏の人口は激減し、生き残った者たちは散り散りになり、もはやその数さえ定かではない。そして東京には静寂だけが残った。
カケルは、この沈黙が続く街に留まることを選んだ一人だった。
彼がなぜ東京に残ったのか、理由をはっきり説明できるわけではない。ただ、どこに行っても変わらないだろうという諦念と、この街に対する奇妙な愛着が入り混じっていた。
夜中、カケルはいつものように新たな寝床を求めて歩き回っていた。
無人のシャッター街。ガラス越しに見える店内は荒らされた跡が生々しく残り、廃墟のようだった。かつて多くの人が行き交っていた場所が、今ではただ冷たい風が吹き抜けるだけだ。
「ちょうどいい、久しぶりに覗いてみるか」
目の前にあるのは、シャッターが閉じられたままのビジネスホテル。東横インのロゴが薄汚れて見える。今日はここを寝床にしよう。
カケルは工具を取り出し、シャッターを何枚もこじ開け、中へ潜り込んだ。
しかし、ホテルの中には、驚くべき光景が広がっていた。
ロビーには簡易ベッドやテーブルが並べられ、かつてのホテルスタッフだった者たちが運営する仮設の避難所ができていた。廃墟となった東京で、わずかに秩序を保とうとする人々がここに集まっていたのだ。
「あらカケル。久しぶりじゃない!まだ生きてたんだ」
声をかけてきたのは、かつての支配人だった女性だ。彼女の顔には疲労の色が濃く刻まれていたが、それでもどこかに抗う意志が残っているように見えた。
ホテルでは、避難民たちが細々とした日常を取り戻そうとしていた。物資の分配、炊き出し、施設の維持。だが、それらはかつての日常とはかけ離れた、生存のための営みだった。
「……このままじゃ、みんな壊れる」
カケルはそう感じながらも、目の前の現実に流されるしかなかった。
避難民たちの中には、明らかに疲弊し、暴力や絶望の感情を露わにする者もいた。
そんな中で、かつての恋人ココとの再会が、彼の心に一筋の希望を灯した。
2. 電車というミサイル
数週間が経ち、避難所生活にも限界を感じていた。
カケルとココは、都心を離れる手段を探していた。物資は枯渇し、襲撃を恐れて外を歩くことすら危険な状況だった。そんな中で、「まだ動いている電車がある」という噂を耳にした。
「東西線の西船橋行きが片道だけ運行しているらしい」
それは脱出のための、唯一の希望に思えた。
「行こう、これが最後のチャンスかもしれない」
カケルは迷いながらもココに言った。二人は物資をまとめ、早朝の薄暗い中、駅へと向かった。
かつて活気に満ちていた駅のコンコースは、荒廃していた。床には割れたガラスやゴミが散乱し、広告板は剥がれ落ちている。駅構内にたどり着くと、ホームには数十人の避難者が集まっていた。みんな疲れ果てた表情で、それでも電車を待ち続けている。
「……本当に動くのかな」
ココが不安そうに呟いた。カケルも確信はなかったが、立ち止まるわけにはいかなかった。
やがて、遠くから鈍い音が聞こえた。ホームにいた人々の目が一斉に線路の方向へ向いた。金属のこすれるような音が次第に大きくなる。そして、錆びついた車両がゆっくりとホームに滑り込んできた。
その車両を見た瞬間、カケルの中で強烈な違和感が生じた。
「……おかしい」
車両全体が異様だった。窓は鉄板で覆われ、外部からの侵入を防ぐように封鎖されている。車体には奇妙な装備が取り付けられており、その一部は軍事的なものに見えた。カケルはその場に立ち尽くした。
「ココ、乗るのはやめよう」
ココの手を引き、カケルはその場を離れようとした。
「でも……ここを逃したらもう……」
ココの声には焦りが混じっていたが、カケルの直感がそれを上回った。
「だめだ。あれは……普通の電車じゃない」
やがて電車はドアを開け、避難者たちが次々に乗り込んでいく。彼らの表情には希望と焦燥が入り混じっていた。カケルとココはホームの隅でその光景を見ていた。
数分後、ドアが閉まり、電車は再び動き出した。
車両が遠ざかる中、突然、轟音が響き渡った。続いて、強烈な閃光が空を裂いた。
「……ミサイルだ」
カケルの頭に浮かんだのはその言葉だった。あの電車はただの移動手段ではなかった。誰かの手によって兵器として改造され、何らかの目標に向かって撃ち込まれたのだ。
その場にいた避難者たちは、遠ざかる爆音に立ち尽くした。
誰かが呟いた言葉が、カケルの耳に妙に残った。
「東京はもう、何もかも終わってる……」
空には原因不明の電磁波が渦巻き、不気味な光を放っていた。鳥たちは混乱したように旋回し、遠くの空へと飛び去っていく。
「……行こう」
カケルはココの手を握り直し、荒廃した街へと足を踏み出した。
3. 分断と孤独
その夜、カケルとココは無人のビルの中で仮の寝床を作っていた。
薄い毛布を広げ、持ってきたわずかな食料を分け合う。どこからか響いてくる遠い爆音や風の音に耳を澄ませながら、二人は無言で食事を続けていた。
「……この先、どうする?」
ココが唐突に口を開いた。その声には疲れと、不安がにじんでいた。
「西へ向かおう。都心を出れば、まだ安全な場所があるかもしれない」
カケルの声には自信がなかったが、希望を持ち続けるためには何かを信じるしかなかった。
翌日、二人は都心を離れるため、ライドシェアアプリが稼働しているという噂を頼りに、車を探し始めた。だが、この廃墟と化した街で、それは命懸けの行動だった。
途中、物資を狙う暴漢に襲われる事件が起きた。
男はナイフを手に持ち、二人を執拗に追いかけた。
「荷物をよこせ!」
カケルはとっさにココを守るため、囮となって男を引きつけた。
「待って!カケル!」
ココの声が背後から聞こえる中、カケルは全力で駆け出した。振り返ることなく走り続ける間、彼は自分がココと離れることになると悟っていた。
カケルはやがて、襲撃者から逃げ切ることができたが、戻るべき場所を見失った。ココはもういなかった。
その後、荒廃した街を彷徨う中、カケルはある男に出会った。
その男は無口だったが、互いに協力し合うことで生き延びる術を見つけた。男は経験豊富で、物資の調達や安全な場所の見極めに長けていた。二人は次第に相棒のような関係を築いた。
だが、数年後、男は病に倒れ、命を落とした。カケルは再び孤独に戻った。
4. 記憶のラジオ
さらに年月が経ち、カケルは廃墟となった東京でわずかな仲間と生活していた。
この生活に意味があるのかさえわからない日々だったが、外の世界とつながる唯一の手段だったラジオだけはずっと手元にあった。とはいえ、雑音や意味のない放送ばかりが流れるそのラジオに、カケルはほとんど興味を失っていた。
「ラジオなんて意味ないよ」
そう言っていたカケルだったが、ある日だけは仲間に促され、ラジオを手に取った。そして、そのラジオから、自分の名前が呼ばれるのを耳にしたのだ。
「カケルさん、ココさん……もし聞いていたら、代々木公園へ来てください。」
その声は幼い子どものものだった。カケルの胸に、忘れていた感情が押し寄せた。
ココがまだ生きているかもしれない。彼の中で久しく消えかけていた希望が再び燃え上がった。
5. 代々木公園の再会
カケルはぼろぼろになった地図を握りしめながら、代々木公園の中心部を目指していた。荒廃した都市の中で、代々木公園は奇跡的に緑を保っていた。枯れた木々の間に雑草が生い茂り、かつての広場は自然に飲み込まれている。それでも彼は、胸の奥でわずかに残る希望に突き動かされていた。
「カケルさん……ココさん……」
ラジオの中の少女の声は、何度も彼の耳に蘇る。
やがて、廃材を寄せ集めて作られた小さな隠れ家のような建物を見つけた。そこから微かに人の気配を感じたカケルは、慎重に近づき、入口で声をかけた。
「誰かいるのか?」
中から返事はなかったが、かすかに何かが動く音が聞こえた。カケルがそっと扉を押し開けると、そこには小さな少女が座っていた。
「……おじさん、誰?」
目を見張るほど大きな瞳でカケルを見つめる少女は、汚れた服を身にまといながらも、不思議な威厳を漂わせていた。
カケルは一瞬、言葉を失った。彼女は自分の名前を知っているのだろうか――それとも、ラジオの声はただの偶然だったのか?
だが、次の瞬間、少女がぽつりと呟いた言葉に、彼の心は凍りついた。
「ママを探してたの。ママはココっていう名前なの……」
「――何だって?」
少女の言葉に、カケルは息を呑んだ。
彼の頭の中で、長年心にしまいこんでいたココの姿がよみがえる。もしや――この少女は……?
「お前、名前は?」
カケルはできるだけ穏やかに聞いた。
「ナナっていうの……おじさん、ママを知ってるの?」
少女の目が期待に満ちた光を帯びた。
カケルは確信した。この少女は、自分とココの間に生まれた娘だ。だが、言葉が出てこない。心が追いつかないまま、ただその場に膝をついてしまった。
「……ナナ……」
ようやくその名前を口にした瞬間、少女の表情が驚きから涙に変わった。
「やっぱり……おじさん、パパ……?」
少女は震える声で尋ねた。
カケルは頷くしかなかった。あまりにも多くのことがあったが、そのすべてを今この瞬間に説明することはできない。ただ、目の前の少女を抱きしめた。
6. ココの記憶
その夜、カケルとナナは小さな隠れ家で焚き火を囲んだ。
ナナはこれまでの旅路をぽつりぽつりと語り始めた。
「ママとはぐれたのは、6ヶ月くらい前……ある街で、怖い人たちに襲われて……」
彼女の話は途切れがちだったが、要点は理解できた。ココは娘を守るため、襲撃者を引きつけるようにして姿を消したのだという。
「ママが私に言ったの、『代々木公園に行きなさい』って。そこできっと誰かが迎えに来るって……」
ココの直感がこの再会を導いたのだろうか。カケルは胸の奥に深い感謝を感じると同時に、ココの無事を確かめたいという強い衝動に駆られた。
「ココはまだ生きているかもしれない……探そう、ナナ」
そう告げると、ナナはうなずき、強くカケルの手を握った。
7. 再び旅へ
翌朝、カケルとナナは必要な物資をまとめ、新たな旅を始めた。
ココの痕跡を追う旅だ。少女の手を引きながら歩くカケルの表情には、長らく失っていた生きる目的が宿っていた。
ナナは幼いながらも機転が利き、道中でのサバイバルにも少しずつ順応していった。カケルは、彼女の母であるココから受け継いだ強さを感じずにはいられなかった。
「ねえ、パパ……」
突然、ナナが歩きながら尋ねた。
「ん?」
「ママとパパは、どうして離れちゃったの?」
その問いにカケルは一瞬足を止めた。言葉にするのは簡単ではなかった。
「いろいろあったんだ。でも、今こうしてお前に会えた。それだけで十分だよ。」
そう答えると、ナナはにっこりと笑った。
8. ココの足跡
カケルとナナは、代々木公園を後にして東へ向かった。ココが最後にナナに「代々木公園」と告げた理由が、どこかに残されているかもしれない――そう考えたからだ。
旅の途中で立ち寄った廃墟の中、ナナが小さな紙切れを見つけた。それは、書き殴られたメモのようなものだった。
「次は渋谷。まだ希望がある。」
ナナがそれを指差しながら興奮気味に言った。
「これ、ママの字だよ!」
カケルは慎重に紙を見つめた。その字には見覚えがあった。確かにココのものだ。これだけの荒廃した世界で、彼女の痕跡を見つけること自体が奇跡に近い。
「渋谷か……分かった、行ってみよう。」
カケルはナナを見つめて小さく頷いた。
9. 渋谷の罠
渋谷へ向かう道中、カケルとナナは、廃墟と化した街の中で見慣れない人々の影を目にした。それは、武装した集団だった。彼らは武器を携えながら、何かを運んでいるようだった。
「パパ、あの人たち、怖い……」
ナナが不安そうにカケルに囁いた。
「静かに。ここは迂回する。」
カケルはナナの手を強く握り、慎重にその場を離れようとした。だが、物音を立てないように進む中で、ナナがつまずき、錆びた鉄片を蹴ってしまった。カラン――という音が響き渡る。
「誰かいるぞ!」
武装集団がこちらを見つけ、怒鳴り声をあげた。
「走れ!」
カケルはナナを抱きかかえるようにして全力で走り出した。後方からは銃声と怒号が響き、緊張感が二人を包み込む。
荒れ果てたビル群の間を駆け抜けながら、ようやくカケルは狭い路地を見つけ、その中へと滑り込んだ。そこは薄暗い地下室のような場所だった。扉を閉めて音を立てないようにする。二人は息をひそめた。
外からは武装集団が二人を探す足音が聞こえたが、やがて遠ざかっていった。
「……行ったか。」
カケルがそっと息をつくと、ナナが彼にしがみついて小さく震えていた。
「パパ、怖かったよ……」
カケルは彼女の頭を撫でながら言った。
「大丈夫だ。俺が絶対に守る。」
10. ココとの再会
武装集団をやり過ごした後、カケルとナナは渋谷の廃墟をさらに進んだ。そして、廃れた駅の一角で一人の女性を見つけた。
「――ココ!」
カケルの声が響いた。
女性は振り返る。その顔には、旅の苦労が刻まれていたが、間違いなくココだった。
「カケル……?ナナ……?」
ココは驚きの表情を浮かべ、次第にその目から涙があふれ出した。
ナナはココに向かって駆け出した。
「ママ!ママ!」
ココは膝をつき、ナナを力強く抱きしめた。
「よく無事で……よく……」
ココの声は震えていた。カケルもその光景を見て、胸に熱いものがこみ上げるのを感じた。
「お前がナナを守ってくれたんだな、カケル……ありがとう。」
ココがそう言うと、カケルは小さく頷いた。
11. 家族の再生
再会を果たしたカケル、ココ、ナナの三人は、その夜、廃れたビルの中で肩を寄せ合って眠った。再び家族として結ばれた喜びの中で、カケルはこれからの道について考えていた。
「この世界で、ナナを守りながらどう生きていくか……それを一緒に考えよう。」
カケルがそう言うと、ココも力強く頷いた。
「この世界がどうなっても、私たちは生き抜く。それが家族だもの。」
ナナは二人の手を握りしめ、微笑んで言った。
「パパ、ママ、絶対に一緒だよね?」
三人は互いの存在を確かめ合いながら、新たな旅を始める決意をした。
この物語の軸の夢の内容についてすでに朧げな感じになってきたので終わりになるかもしれません。