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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

吸血鬼はおにぎりが食べたい

作者: 江川オルカ

現在連載中の「ユキトハレ」の番外編です。

本編で言うと一章16話から二章32話の間です。


最後にちらっと、本当にちらっとBLらしきところが出ます。ご注意ください。

 爵位も軍も残っている架空現代日本。そこには人ならざるものが存在する。


影島かげしま世那せな

 とある真祖[生まれつき吸血鬼]に噛まれて吸血鬼になってしまった元人間。ある事件をきっかけに久木野の邸宅に軟禁されることに。元軍人。

 短く切り揃えた黒髪、黒目。精悍な顔立ち。吸血時は白髪、赤い瞳。

久木野くぎの利津りつ

 吸血鬼の始祖の血を最も濃く継ぐと言われている久木野公爵の嫡男。若いながらも軍では大尉であり、個人で子爵を持つ。

 癖のある銀髪、キリッとした翡翠色の瞳。中性的で美人ではあるものの性格のせいできつめな面立ち。貴族だが軍人として鍛えているためそれなりの体格。



-----



「世那は料理するのか?」

「なんだよ、突然」

「軍にいるときは寮暮らしだったのだろう」

「馬鹿にすんな。握り飯くらい作れる。炊けたご飯出して握るだけだし」

「言ってくれる。本当に美味い握り飯を食べたことがないからそう言うのだろうな」

「あ?」

「俺が作ってやる。ついてこい」


 そう話していたのは夕方。日もすっかり沈み、辺りは暗くなって久木野邸の眷属たちが活発に動き出し始めた。眷属たちは旦那様である清の夕食ならぬ朝食を作るため忙しなく働いていた。

 その中に突如、清の息子である利津が白いワイシャツと黒いズボンで現れた。


「うぇ!?り、利津様!何故こちらに……」

「ひっ!お食事ですか?……おい!利津様のお食事の準備を」


 厨房にいるはずのない利津の姿を捉えた眷属が1人騒げば2人騒ぎ、4人騒ぎと水面の波のように驚きと焦りが波及していく。

 眷属たちの反応がおそらく正しい。利津と対峙することにすっかり慣れた世那はそのことを忘れていた。


「……」


 利津が僅かに口を開いた。側にいた世那でさえ気づかない小さな変化にも関わらず慌てていた眷属たちは動きを止めて一斉に利津を見た。


「いらぬ世話だ。いつも通りの業務をこなせ」


 何人かに伝えるには小さいくらいの声量で利津は呟いた。息すら止まってしまったのかと思うほどシンとした静寂が広がる。

 

「は!」


 近くにいた眷属の1人が背筋を伸ばして一音だけの返事をした。するとそれまた同じように伝達していき、数秒もなく皆が元の仕事に戻って行った。

 利津は眷属たちから視線を世那に向けると眉尻を下げ、ふふっと小さく笑った。


「さっさと作って部屋に戻るぞ」


 そう言うと利津はワイシャツの袖のボタンを外し、袖を丁寧にめくりながら厨房の中へ入って行った。眷属たちは言われた通りいつもの業務に徹しようとするが目でつい利津を追ってしまう。羨望と恐怖、言葉では表せない異様な視線の中を世那は身を小さくして利津について行った。


 食材を切る音、鍋で何かを煮込む音があらゆる方向から響く。まるでレストランかと思うほどの人数と設備に世那はキョロキョロと視線を泳がせた。

 程なくして利津は足を止めた。配膳用の盆と食器が置かれた食器棚の一角に大きな炊飯器がドンと鎮座している。

 その横で食器の準備をする眷属が利津に気付くと背筋を伸ばし、ぺこりと頭を下げた。

 

「米は炊けているか?」

「は、はい!」

「ならば少しここを貸せ」

「……と言うと」


 利津の言葉がいまいち理解できなかったのか、眷属は窺うような視線で利津を見つめ問う。利津も利津で優しく言えばいいものの、伝わらなかったことに苛立ち眉間に皺を寄せ眷属を睨んだ。


「他の持ち場に行けと言っている」


 威圧的な言葉と視線に眷属はひゅっと息を飲んだ。言われた通りこの場から去りたいが利津の出す覇気に脚すら動かなくなり硬直してしまった。

 隣にいた世那でさえ、背筋が凍るような恐怖を覚えた。だが世那は怯える眷属と利津の間に入り、眷属を庇うように利津の前に立ちはだかった。


「梅干し」

「……は?」

「握り飯なら梅干しがいいな、て……」


 我ながら何を言っているんだ、と世那は心の中で悔やんだ。話を逸らそうと思ったが、あまりにも素っ頓狂な言葉を言ってしまい世那は視線を落とすしかなくなった。

 その隙に眷属は利津の視線が逸れると逃げるようにその場から立ち去っていった。

 居た堪れなくなった世那とは反対に利津は目を丸くし、すぐに細めると自分の顎に手を当てうーんと唸った。


「あさりの醤油漬けがおすすめなのだが……」

「え?あ、……」

「わかった。世那が望むものの方がいいだろう」


 世那は顔を上げ返事をしようと口を開いた。しかしそれよりも先に利津は納得し、近くのシンクに向かい蛇口を捻り、丁寧に手を洗い始めた。

 世那は隣に並び、袖をめくって利津に倣い手を洗った。

 

「なぁ、利津の好きなもので……」

「世那が好きなものの方がいい」

「……」


 いつだって利津は世那を優先する。邸宅に侵入し、監禁していた時分も世那が暮らしやすいように配慮されていた。勿論、罪人として捕まっていたのだから鎖に繋がれることはどうしようもない。日の光を浴びせていたことだって世那を吸血鬼化させた本当の親から利津へ変えるためだと分かれば文句はない。

 世那は蛇口を強めに締めて濡れた手を近くにあったペーパータオルで拭きながら利津の横顔を見つめた。その視線に気づいた利津は口元を緩め首を傾げた。


「ん?」


 ふわふわの癖っ毛がふわりと揺れる。癖のある銀色の髪はたくさんの光を吸い込んでキラキラと輝き、同色の睫毛が震え、宝石のような翡翠色の瞳が世那を捉える。キリッとした鋭い目は世那を見る時だけ僅か丸くなってやわらかい。


「あ、……ほら。材料集めて来ねえと。ご飯だけあっても、塩とか……」


 見惚れていたなんて言えない。

 世那は誤魔化すように早口で捲し立てた。何かを隠そうとする世那に問いただすことも出来たが、利津は敢えてそうせず、こくりと頷いた。


「そうだな。ここで待っていろ」


 ほっと胸を撫で下ろす世那を尻目に利津は厨房を歩き回り、眷属たちに聞いて必要なものをもらって世那の元へ戻ってきた。

 盆の上には塩、海苔、そして世那が言った梅干しが小皿に数個乗っていた。


「これ塩だけで漬けた梅干しか?今どき珍しいな」

「そうなのか?」

「今はいっぱい種類あるだろ。シソで付けたやつとか、おかかとか、はちみつとか。昔ながらの梅干しなんて久々だ」

「好きか?」

「あぁ、好きだ」


 梅干しのことを言っただけ。

 わかっていても利津の胸はきゅっと苦しくなった。


 幼い頃から変わらない無邪気な表情。艶のあるふわっとした黒髪。同色の瞳は光を受け付けなさそうなくせに光に反射して美しく光る。筋の通った鼻梁、くすんだ桃色の薄い唇。その唇が「利津」と紡ぐだけでその名が特別に感じる。


「……」


 利津はぎゅっと瞼を閉じて、ゆっくりと視界を広げた。邪な気持ちを向ければ世那はいなくなってしまうに違いない。そう思ったからだ。


 利津はボウルに水を張り、同じ盆の上に置き、炊飯器のボタンを押して開けた。むわっとした湯気の中から炊けたばかりの白い米が現れる。一つ一つが粒立ちそのままでも美味しそうなご飯。世那はごくりと喉を鳴らした。部屋に運ばれてくるご飯は温かいと言ってもやはり少し冷めている。炊飯器から直にご飯の匂いを嗅いだのはいつぶりだろうか。


「握り飯と言うのは握らないと知っているか?」

「何言ってんだ?」

「形を保つギリギリのところまで包む。そうしなければ米が潰れ、固く不味くなる」

「……へえ」

「見ていろ」


 半信半疑の眼差しを向ける世那に利津は小さく笑うとボールに指先だけつけて手のひらを濡らした。塩をひとつまみ取り、濡らした手のひらに擦り付けるように馴染ませるとしゃもじを握り熱々のご飯を掬い取って手に乗せた。ここからが早かった。手に持つのもやっとであろう熱いご飯の真ん中に梅干しを入れ、ひとつ、ふたつ、みっつとコロコロ手の中で転がす。すると三角形のおにぎりがいとも簡単にでき上がり、海苔を手に取ってくるりとおにぎりを包み用意していた皿の上に置いた。


「すげえな……」


 まるで手品でも見せられているような気持ちになった世那は溜息混じり呟いた。すると利津は誇らしげに胸を張り、おにぎりの乗った皿を手に取ると世那の前に差し出した。


「立ち食いは見苦しいが、味見してみるか?」

「いいのか?」


 目をキラキラと輝かせながら世那は二つ返事で頷くとおにぎりを手に取り、ぱくっと一口食べた。そして味わったとのない衝撃に世那は目を見開いた。

 なぜなら口に含んだ瞬間、今まで形をなしていたとは思えないほど米粒一つずつがほろほろと崩れていってしまったからだ。そしてピリッと辛いような酸っぱいような梅干の味に自然と眉間に皺が寄る。


「美味いだろう」


 自信満々の利津の問いに世那は溜息混じりに答えた。


「……うんま」


 感嘆の声と褒め言葉に利津は僅か頬を染めてフンと鼻を鳴らした。


「世那もやってみるか?」

「え?」

「初めは早くできぬだろうから、こう、茶碗にとって……」


 そう言いながら利津はペーパータオルで手を拭って食器棚から茶碗を一つ取り出し、適度な量のご飯を盛って世那に差し出した。世那はされるがまま茶碗を受け取り利津を見た。

 いつもの不遜な態度はどこへやら。利津は子どもが親に何かを自慢する時のような自信満々の表情を浮かべていた。


ーー可愛い奴。


「……?どうした」


 見入っていた世那は利津の問いに首を横に振って微笑んだ。


「いや。……なあ、この後どうしたらいいんだ?」

「あぁ。まず片手の4本の指を90度に曲げる。……そう。そこが角を作る。反対の手はお椀状に……」

「うーん……?」


 確かに世那は言われた通りにやった。

 だが、出来上がったものは利津のとは比べ物にならないほど歪で、手のひらにつけた水が多かったのかべしゃっとしている。


「あー、上手くいかねえな」


 唸るような声を上げた世那に利津はふふっと小さく笑った。


「……なんだよ」

「難しいだろう」

「……」

「もう一つ作るか?」

「……」

「世那?」

「作る。出来るまでやらせろ」


 世那はキッと強く利津を睨んで炊飯器へ視線を向けると茶碗にご飯をよそって手に水をつけた。さっきはべちょっとしたのだから今度は少なめに。

 ぎこちない動きでおにぎりを握る世那を眺めながら利津は目を細めた。気になることはあれど決して口は出さず、世那が一生懸命作るおにぎりを待った。


 暫くして数個のおにぎりが出来上がった。一つ目のべしょっとしたものから次は水が足りなかったのか海苔にまでご飯粒がつき、その次は硬く握られたのか妙に小さい。個性豊かなおにぎり達を見ながら世那は大きく溜息を吐いた。


「やべえ、こんなに作ってどうしよう」


 無我夢中で作ってしまったが責任を持って食べるには少し多い。誰かにあげられるような代物ではないため世那はうーんと声を漏らした。


「少ないくらいだ」


 横で見ていた利津がぽつりと呟く。


「は?」

「まあいい。味噌汁と漬物があればいいな。待ってろ」


 世那の疑問などお構いなしに利津はさっさとその場から離れていってしまった。取り残された世那はもう一度自分のおにぎりに視線を戻し、深い溜息を漏らした。

 握り飯くらい作れる。そう言ったのに一つとして利津が作ったものに近いものはない。


「部屋に戻るぞ」


 言った通り、盆の上に味噌汁と漬物の乗った皿を2人前持ってきた利津に声をかけられ世那は渋々頷いておにぎりの乗った皿を持って利津の後ろをついて行った。


 世那の部屋に戻ると利津は味噌汁と漬物皿をテーブルに並べ、箸を味噌汁の上に橋渡しで置いた。椅子を引き座ろうとしたところでドアの前に立ったままの世那を見て首を傾げた。


「どうした?」

「これ食うつもりか?」

「食べなければどうする。捨てるのか?」

「いや……だって」


 あまりに歪なそれらに世那は目を伏せる。利津はふっと口元を緩め椅子から手を離すと世那の元に行き、握られた皿に手を当てそっと受け取った。


「握り飯は口実だ」

「え?」

「食事を共にしたかった」

「だったらいつものでいいだろ。こうやって俺の部屋に来るなり……」

「世那が作ったものを食べたいと言う気持ちもあった。2つを叶える方法は一つしかなかろう」


ーーなんだよ、コイツ。


 口に出そうになって世那は唇を噛んで誤魔化した。利津は普段厳格で冷たく、人への愛情など微塵も感じられない。だが時折、妙なことを言う。偏った執着にも似た言動に世那は何も言えない。

 利津はと言うと黙り込んだ世那にふっと息を吐いて笑うと再びテーブルの方は歩き、おにぎりの乗った皿を置いた。

 座るしかなくなった世那は眉間に皺を寄せ苦虫を噛み潰したような表情で渋々椅子に腰を下ろした。利津も合わせて座ると手と手を合わせた。


「いただきます」


 利津の言葉に世那は目をパチクリさせた。育ちがいいのはこの邸宅を見てもわかるし、何より仕草がいちいち美しい。でもそのような挨拶を利津の口から聞けると思わなかった。

 不思議そうな世那の視線に利津は睨むように見つめた。


「何かおかしいか」

「……おかしい?うん……」

「まさか、神への祈りがないと言うのではなかろうな」

「そうじゃねえよ」

「ならば何だ」

「あー、何でもねえ。いただきます!」

 

 妙なところで食いついてくる。世那は声を張り上げ話を流すと利津と同じように手を合わせ、目の前のおにぎりを一つ手に取った。勿論、一番不味そうにできたものを。

 利津は世那の声に気押され、瞬きを何度かした。何に怒っているのかわからない。聞くにも食べ始めてしまったため、利津は味噌汁のお椀を手に持ち一口啜った。


「もう一個だけ、利津に作って貰えばよかった」


 かぶりついたおにぎりはベシャっとしていて、味気ない。ただ塩辛い梅干しのおかげで幾分マシに感じながら世那は飲み込んだ。

 利津は世那の作ったおにぎりを一つ手に取ると、にんまりと笑みを浮かべ口に含んだ。嬉しそうな利津とは違い、世那は伺うように利津の顔を見つめた。


「不味いだろ?」

「あぁ、不味い」

「なっ……」

 

 嘘でも「おいしい」と聞けると思っていたため、世那は絶句し食べる手を止めた。そもそも作れと言ったのは利津だし、料理は作り慣れていない。おにぎりもラップに包んでくるくるしたものを食べるだけだった世那に利津のと同じものを作れと言う方が無理な話だ。

 硬直した世那に利津は悪戯な笑みを浮かべ、残りを口に含んだ。


「……嫌味な野郎」

「んふふ……」


 口いっぱいに頬張ってしまったせいで利津は口を押さえて笑った。世那はむっと口を曲げ深く背もたれに体を預けると腕を組んでそっぽ向いた。


「あーあー、そうだよな。いい奴なわけねえよな。いい奴だったら軟禁しねえし、血だって……」


 そこまで言ったところで世那は自分の口を塞いだ。が、しっかり聞こえていた利津は口の中のものをごくりと飲み干すとテーブルに肘をつき頬杖をしながら口角を上げた。


「血が、なんだって?」


 言えるはずがない。吸血が足りていないなどと。


「世那」


 甘ったるい声で名を呼ばれれば世那の視線は自然と利津に向かう。組んだ腕でギュッと自分を抱きしめながらなけなしの反抗心で睨むが、何の抵抗にもならない。

 利津は満足そうに微笑むと空いている手を自分の口元に持っていき人差し指に牙を当てた。世那をまっすぐ見つめ、その翡翠色に囚われながら世那も見つめる。次の瞬間には指が牙を滑り、真っ赤な鮮血が溢れ出した。


「っぁ……」


 ドクンと鼓膜を震わせるほどの鼓動が身体中に響く。同時に世那は小さく呻くような声を漏らして口を開いた。漆黒の髪は数秒で真っ白になり、瞳は利津の指から流れる血と同じ赤に染まった。

 溢れんばかりの鮮血が利津の人差し指を濡らす。すっかり血の虜になった世那に利津はその手を伸ばし世那の顔の前に差し出した。


「舐めろ」


 指を染める血液が今にも落ちそうになる。垂れるすんでのところで世那は利津の手首を掴み自分の方へ引き寄せると躊躇なく舌を這わせた。

 さっきまで米と梅干しの味でいっぱいだった咥内に甘い血の味が占めていく。食欲とは違う欲が脳を痺れさせる。

 世那は瞼を伏せ、舌を這わせるだけでなく利津の指ごと咥内に招き入れた。


「美味いだろう」


 おにぎりを食べた時と同じ質問。世那は居心地悪そうに睫毛を振るわせちらりと利津を見た。利津は頬杖をしながら自分の指をしゃぶる世那を見つめニヤリと笑っている。


ーー本当、嫌な奴。


 徐々に血の味がしてこなくなってくる。吸血鬼の超回復でおそらく傷口はもう塞がっているのだろう。世那は舐めるのをやめ、口を離そうとした。

 しかし、利津が咥内に更に指を押し込んできてそれは叶わなくなった。


「んん!?」


 何を考えている、と世那は利津を睨みつけた。利津は視線が交わるとどこか恍惚とした表情で喉を鳴らした。

 世那の咥内に入れた指先を舌から上顎に触れ、ゆっくりと抽出し始めた。時折、指の腹で上顎を撫で、押してくる。何でもない行為のはずが、世那は徐々に妙な気分に堕ちていった。


「んふ……ぅ」

「……」


 利津は何も言わない。ただその行為を続け、見た目はすっかり人の姿に戻った世那を愛しいと言わんばかりの優しい視線で見つめている。

 

ーーなんだっけ、コレ。どこかで見たことあるような……。


 世那は拒絶するどころかゆっくりと絆されていき、利津の爪に舌を当て始める。綺麗に整えられた爪はつるりと舌を滑り、奥へ、外へと動かされる。

 段々と世那の思考は鈍り始めた頃、漸く何の行為か理解できて世那は飛び上がるように椅子から立ち上がった。


「っ!お前……」


 世那は腕で口を塞ぎ顔を真っ赤にして椅子に座ったままの利津を睨んだ。利津はというと宙に放置された指先を自分の口元に持っていき、世那を見上げ見せつけるように舌先で舐めた。


「気持ちよかったか?」

「はぁあ!?」


 悪びれる様子のない利津に世那だけが羞恥心を覚え、大きく舌打ちをすると利津から離れて部屋の中にある扉の方へ向かった。


「どこへ行く」


 そちらの方向に何があるか、利津はわかっているくせにわざと尋ねる。案の定、世那は顔を赤らめたまま振り向くと吸血鬼特有の牙を剥き出しにした。


「トイレだよ!」


 それだけを言い残して世那は目的の部屋のドアを開けバタンと大きな音を響かせて閉めた。


「……、ふふっ」


 部屋に1人だけとなった利津は口を指先で押さえて小さく笑った。

 テーブルに放置されたおにぎりを一つ手に取り頬張った。

お読みいただきありがとうございました!

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