十話 乾坤一擲!!!
朝陽に思いの丈をぶつけた僕は、しっかりぶたれたけど、この情熱は当分冷めそうにない。
あれから数十分後には警察、救急隊員がやってきて、朝陽は警察官に毅然とした態度で手帳のような物を見せ、現場の状況を説明し、終えると警察官に敬礼されていた。それに対して深々とお辞儀をし、これが私の敬礼ですと言わんばかりであった。
僕はその一部始終を二階のエントランスから見下ろした。かんかんかんと階段を駆け上がる音と共に朝陽が上がってきた。
「大方、私達の役目は終えたので、警察の方に引き継いできました。だから命さんは部屋で休んでいただいて結構ですよ」毅然とした態度がややのこった振る舞い。
「ああ、でも毒島さんを見送ってからにするよ」ちょうど毒島さんの遺体が、ストレッチャーで運ばれていくところだった。転倒防止の柵に両肘をつき、ストレッチャーを見送っていると、朝陽が隣にやってきて、同じく両肘をつきそこに顎を乗せ寛ぐ。
「大金星でしたね。流石剣術の嗜みがあるだけあって見事な立ち回りでした」
「大金星か……あまり、そうは思いたくないな。後ろ髪引かれる思いっていうか……この事態を招いたのは僕だから、毒島さん本当はあんな荒んだ人じゃなかったんだよ、ここに越してきた時、いの一番に挨拶してくれる快活な人でさ、僕が優しい人だなって思えるくらいの人格者がある日を境に荒み始めたんだ、きっと毒島さんが殺した男が原因で憔悴していたことはわかってたのに、僕は……見捨てたんだ」
「……ごめんなさい、思慮が足りていませんでした……ただの慰めになるかもしれないけど、私は命さんのせいじゃないと思います」朝陽に視線を向けると雲の多い夜空を見上げていた。
「命さんの事、まだまだ知らない事だらけですけど、きっとそれは貴方の性分なんですよ」
「え? 性分?」
「困っている人を見捨てられない性分」
「僕が? いや、ありえないよ」
「いーえ、現に毒島さんを救いたかったんですよね? だから立ち向かった、違います?」
「違うあれは、救いたかったんじゃなくて赦されたかったんだ……あんな姿になる前にできることはあったはずだから……」
「それでもですよ……蝕死鬼になってしまったら、人には戻れません。仮に戻れたとしても、人を食べてしまった人間がまともな精神でいられはずがない……命さんはできる最善を尽くした結果が今なんです。贖罪を求める気持ちもわかります。でもそれは過去の清算であって赦しにはなりません。救える命には限りがある、私はそれを身をもって知っています……ですから、私達は噛み締めて反芻して、前に進むしかないんです」
朝陽は、退魔師として数々の仕事をこなしているはずだ。だからこそ救える命に限りがある事を理解していて、きっと僕なんかより沢山の命を救っているだろうし、救えなかった命もたくさんあったはずだ。
朝陽の視線は空のもっと先にある何かを見ている気がした。それはきっと過去に残した想いや憂いを思い出しているのだと気づいた。
思慮が足りていないのは僕の方じゃないか。
「ごめん……朝陽」
「え、いえ。って今、謝るところですか?」思案するそぶりを見せ「……んふふ、思慮深いんですね。あまりこん詰めると体に毒ですよ。さっもうこんな時間ですし、朝になる前に部屋に戻って休みましょう」
「……ああ、そうさせてもらうよ」
階段から一番手前の部屋のドアを開け朝陽に別れを告げる。
「じゃあまた、おやすみ」
「はい、良い夢を」そう言うと右隣の部屋へと入っていった……は?
「あいやまたれよ朝陽さんっ!!」動揺しすぎて武士言葉になってしまった。
部屋のドアが再び開きひょっこりと顔を出す朝陽。
「な、何か?」バツが悪そうに視線を落とした姿は動揺して見える。
「何か? じゃねーーーーーーよっ!! 何で? どうして? は? 何で、さも当然のように部屋入ってるの? まさか、昨日引っ越してきたのって朝陽なの!?」
「バレましたか……」
「盗人猛々しいなっ!! そのバレない自信の裏付けを聞きたいよ!! さっきまでのシリアス返して! もうこのままじゃ隣人系ラブコメ落ちじゃないかっ!? …………お?」
「今、『あ、これはこれでありなのか……』とか思いませんでした?」朝陽の視線が冷ややかに変わる。
「バレましたか……」
朝陽は腹を括った様で扉の前に出る。
「実は、先生に命さんの護衛を任されまして……それでその、近くで見守った方がいいと言うことで、お隣に引っ越して参りました。あはは」
「先に言ってよ!! しかも昨日今日でどうやって? しかも住所も教えてないはずだ!」
「そうなんですけど、まぁほら色々と私達って情報に融通がきくと言いますか……だから命さんの住所とかちょちょいの、ちょいというか、『賢者の堂』に来る前から搬入しはじめてたといいますか……たはは」
「もう怖いよ『賢者の堂』!! 超ウィザード級のハッカーでもいるの!? 来るかも分からない僕の家来る普通!?」
「でもですよ命さん。貴方は霊感が目覚めたばかりで霊を引き寄せやすいんです。だから来ても来なくて最初のうちは怖がらせない様にひっそり退治していく予定だったんです……後、ちょっとだけ一人暮らしに憧れがありまして、テンション上がって言うの忘れていたって言うのも一因としてあるというか……」
「いやそれ一因が全てじゃん!」居眠りする前に聞いた鼻歌の陽気さを考えれば間違いなさそうだ。
何てこったよこれは、シリアスなファンタジーになっていくかと思いきや、まさかのラブコメ要素まで盛り込んでくるなんて……神の悪戯には感謝しかねぇよ馬鹿やろう。いやいやでも待て僕の信条はなんだ? 平穏な孤高ライフだろ? なら断って出ていってもらうんだ。ここはびしっとばしっと言って後顧の憂いを断つ!! ……ああでも、こんな美女がお隣さん? シャワーの音とか聞こえちゃうかも、あぁしかもお隣さんだったらベランダ出た時に「お疲れ様」とか言ってベランダイベント発生してちょっと大人の晩酌しちゃって、夜空見ながらこれからのこと話したりするのかなぁ……もうちょっとまてまて、これからの話って何だよぉ馬鹿馬鹿僕は馬鹿だなぁもうっ! ああパンツ飛んできたらどうしようくっそおおおぉおぉう!!
「朝陽……僕は、独りでもぅ平気だよぅ」
「そんな悔しそうな顔してよく言えますね」
しまった顔に出ていた様だ。
「申し訳ないですけど、先生からの申し付けなので、命さんに権限はありせん! あしからず。これからは良き隣人としてサポートしていきますのでよろしくお願いします。細かいお話はまた後日、おやすみなさい」
朝陽は小さく欠伸をして部屋に入っていった。
こりゃ僕の平穏ライフは当分訪れそうにない……一人で致す時気をつけないとな。何をとか訊くなよ? はあ、とりあえず疲れた。おやすみ世界。
interlude————。




