後編
『只今、東京都江東区一帯に緊急避難警報が発令されました。市民の皆様は警察または消防の指示に従い、速やかに避難してください。繰り返します。只今、東京都江東区一帯に緊急避難警報が……』
東京江東区 指定区域内。
各所に設置されたスピーカーから政府の緊急放送、そして戦争の開始でも告げるかのような物々しい警報のサイレン音が地域全体に激しく不気味に響き渡る。
東京江東区お台場、東京ビッグサイト──
『本日の同人誌即売会は中止です! 警備員の誘導に従って直ちに避難して下さい! 繰り返します! 本日の即売会は……』
「ファッ!? いきなり中止って何や?! じゃあワレが楽しみにしてた【TS学園濡れ濡れ天国】とかその他諸々の薄い本たちァ一体どうなるンゴォ?!」
「あああ! あんまりだぁ!!」
「この日のためだけに社畜な日々を生き抜いてきたってのにチクショウ!」
渋々としながらも、きちんと誘導に従い東京ピッグサイトから立ち去っていく無数の人々。
チェック柄を着た3段腹の中年やコスプレ美少女たちが、存外に丁寧かつ冷静に、しかし時折り悪態をつけながら現場を後にする。
陸上自衛隊 特区統合空挺部隊 観測ヘリOH-1。
ビッグサイト上部に三体の【ゴブリン】を発見。
『こちらスポッター1、目標発見。CP、送れ』
『CPよりスポッター1。そのまま目標を捕捉、座標を指定し別命あるまで待機。送れ」
『スポッター1、了解』
陸自 特区統合戦闘空挺部隊及び全車輌部隊。
『CPより全部隊。スポッター1が指定する座標を照準、別命あるまで待機。送れ』
『アタッカー1(AH-64部隊)よりCP、了解』
『タイガー1(10式戦車部隊)よりCP、了解』
同時刻、首相官邸地下1階 危機管理センター及びオペレーションルーム内。
「全部隊より通達。作戦準備は全て完了しております」
方面総監が統合幕僚長に報告。
「総理、いつでも作戦の実行が可能です」
防衛大臣が総理大臣に指示を促す。
「市民の避難誘導は?」強く確認を求める総理大臣に対し「該当施設の避難は既に完了との報告を受けております」防衛大臣が淡々と答える。
「わ、分かりました。それでは……作戦を、開始して下さい!」
内閣総理大臣からの直接の命により、自衛隊の大規模な実戦兵器群による作戦行動の決定が遂に下された。
「了解! 作戦開始!」
『作戦開始!』
『作戦開始!』
『了解!』
『了解!』
『了解!』……
防衛大臣から統合幕僚長、更に各部隊の隊長へと決定の命令が伝達されていく。
同時刻、江東区お台場上空。
AH-64アパッチ攻撃ヘリ部隊──
『こちらアタッカー1。目標に対しTOW、ヘルファイアの全弾発射攻撃を行う!』
同時刻、都道484号線 東京ビッグサイト前面及び近辺。
10戦車を中心とした戦闘車輌部隊──
『タイガー1より全部隊、標的に対し120mm徹甲弾による一斉射を開始する!』
『用意! 撃ェ!!』
東京ビッグサイト上部に立つ三体の目標を、作戦開始よりも以前に照準していた20機以上もの攻撃ヘリ、そして計40両以上もの戦車部隊により、ありったけの火砲が集中砲火される。
瞬く間に瓦解し、粉微塵になっていく東京ビッグサイト──
更に、
レインボーブリッジ、同橋上。
99式自走155mm榴弾砲 特区統合特化部隊。計8両──
『特化部隊斉射開始!』
『弾着まで……6、5、4、弾着……今!』
同刻お台場上空、約5,000フィート。
F-2戦闘機3機編隊。
『誘導爆弾レーザーON、爆弾投下!』
各機体のコックピットから誘導爆弾へのレーダー誘導が行われる。
目標はもちろん、現時点で部隊の全火力が集中している真っ只中の東京ビッグサイト(だった建造物)
そして──
巨大な土柱が何本も同時に、そして遥か上空へと一気に突き上がる。
「うわあああ?!」
「キャーー?!」
「ンゴォーーーーー?!」
「ブヒィイイイ?!」
直撃を免れ、ギリギリ安全圏内にいるとは言え、大勢の市民たちがまだ退避中であり、大爆音に加え強烈な衝撃波と振動、そして遅れて到達してきた大量の土煙に見舞われる。
……とは言え、結果的には目標以外に大した損傷も損壊も無し。
粉々に四散した東京ビッグサイトの残骸を観測しながら、誰もが今作戦と騒動の終了を確信した。
『──こちらCP。スポッター1、目標のダメージ評価を求む。送れ』
「スポッター1よりCP、現在確認中。大量の土煙により目視での観測が困難、各種センサーに切り替え調査を……なッ?!」
『こちらCP、スポッター1。報告はどうした? 送れ』
「……ば、馬鹿な。そんな!」
『CPよりスポッター1、標的はどうなった? 送れ』
現場上空にホバリングするOH-1観測ヘリ。
後部座席に搭乗中の観測手が、熱源センサーに映る人影らしき熱源を3つ確認して驚愕するも、次第に土煙が晴れていき、その熱反応が断じて計器類の故障でないことが明確になるのだった。
「CP! こちらスポッター1! 目標は健在! 損傷なし!! 繰り返す! 目標は健在!!」
『なッ……?!』
突如、通信途中だった上空のOH-1が爆発四散。
各部隊の観測手が上空を確認。すると赤い個体【オーガ】がヘリよりも更に高く、長剣を振り抜いて空を飛翔しているのを目視した。
『CP! こちらアタッカー1! スポッター1が墜とされた! 繰り返す、スポッター1が撃墜された! 至急指示を求む!』
『こ、こちらCP! 全部隊に達する! 攻撃目標の殲滅を優先! 攻撃目標の殲滅を最優先だ!! なんとしても目標を殺せ! 確実に殺すんだ!!』
回転尾翼、またはコクピットをやられ、ぐるぐると回転しながら次々と地面に激突し爆発していくAH-60攻撃ヘリ。
残機が30mm機関砲で敵に反撃を試みるも、空中を蹴り、超高速で疾駆する赤い残像に対して反撃どころか照準さえままならぬまま、一機、また一機と撃墜されていく。
「全車両陣地転換! 繰り返す! 全車陣地変換! 全速前進! 行進射開始!!」
10式戦車隊が都道を疾駆しながら、それぞれに戦車砲を黄色い標的【トロール】に向け、次々に発射する。
しかし44口径120mm徹甲弾は【トロール】の体表面を貫くことができず炸裂するだけで致命傷には至らない。
逆に猛突進してきた【トロール】の戦斧が10式戦車を捉え、本来堅固なはずの複合装甲が溶けたバターのように難なく両断されていく。
或いは薙ぎ払われ、或いは怪力で投げ飛ばされたりと、【トロール】の攻撃を受けた戦闘車両群が次々と破壊、爆散させられていく。
東京湾 江東区近海 海上──
海上自衛隊 特区統合護衛艦隊旗艦「きりしま」他、護衛艦2隻。
「作戦本部より誘導爆破要請受信! ハープーン二発! 目標地点、33度18分北、138度40分西!」
「発射用意!」
「レ、レーダーに感あり! 100m上空! 本艦直上に敵影確認!!」
「なに?!」
東京湾を航行中の護衛艦隊旗艦「きりしま」、その遥か上空に青色の【ゴブリン】、自衛隊特区部隊の標的の一体【シャーマン】が滞空していた。
呪文のような長い言葉を唱えつつ、構えた両手に途方もないエネルギーの塊が凝縮されていくのを艦内クルーが熱源センサーで探知。しかし、その集結温度が超低温の黒色で示されるのと同時に【測定不能】のエラーメッセージが警告音と共に表示されるだけの状況の中、クルーには何一つなす術はなかった。
次の瞬間、【シャーマン】を中心に5km以上もの広範囲が円形状に冷却され、護衛艦隊もまとめて凍結。
周囲との急激な寒暖差から凍りついていた何もかもが粉々に粉砕され、護衛艦隊もそれと同じ運命を辿った。
首相官邸地下1階 危機管理センター兼 特区統合本部作戦指令室
『旗艦「きりしま」他護衛艦2隻からの通信途絶! 応答ありません!』
『特区戦車中隊 大破16、中破5、残弾なし!』
『同じく特区回転翼部隊 壊滅! 戦闘継続は不可能です!』
如何に未知の生物が相手だったとは言え、慎重をきたして充分すぎるほどの軍備を投入したつもりだったが、まさかこれほどまでに一方的な敗北を喫すると、一体どこの誰が予測できたであろうか。
「なんなんだこれは……もしや私は、悪い夢でも見ている最中なのか?」
「総理! 遺憾ですが、これ以上の作戦継続は不可能です!」
「全部隊に作戦終了の指示をお願いします!」
「くっ、無念だ……!」
ほどなくして作戦の終了と全部隊の撤退命令が下され、それは未知の生物襲来に対する事実上の「敗北」を意味することとなった────
同日、羽田空港。
離陸を直前に控えた国際便の機内にて──
「わぁお! こっわ〜い☆」
ファーストクラスの高級シートでシャンパンを片手にくつろぎながら、かつてダンジョン配信系美少女アイドルを名乗り、未だインフルエンサーとして絶大な人気を誇っている「キララ」が、スマートフォンから流れる情報を流し見していた。
「皆げんきぃ〜? キララだよ♡ イェ〜イ☆」
“キララちゃん大丈夫?”
“なんか近くで怪物が暴れまわってるみたいじゃん?”
“おい騙されるな皆! 今回の怪物騒ぎな! 実は全部コイツのせいだって証拠が【コメントを削除しました】
“心配だよォキララちゃ〜ん”
“キララちゃんさ? 例の赤い化け物。あれ……かなり前にキミの動画で見たことあるヤツとすげぇそっくりな気がするんだけど、もしかして【コメントが削除されました】
ファンからのコメントをチェックしながら、キララは自分と今回の事件との関連を匂わせるファンのそれを逐一ブロックし、一笑に伏せる。
(バッカみたい☆ 別にどぉ〜でも良いじゃん? どいつもこいつもさぁ、いつまでも昔のことでギャーギャー騒いじゃってさぁ〜? アタシよりうんと稼ぎ少ないクズの分際で♡♡)
『当機は間もなく離陸致します。 シートベルトを正しく装着していただき──』
搭乗中の旅客機が離陸体制に入った。
なんだか色々と面倒くさいことになっていたけれど、国外に逃げてしまいさえすれば何もかもが無かったことになり、全てが丸く納まる──と、キララはこの時までそう思っていた。
ゴワン!
激しい音と共に機体が大きく揺れる。
全ての乗客が等しく転倒して悲鳴をあげ、キララももちろん例外ではなく、手にしていたシャンパンを自身の顔にぶち撒け、あられもない姿ですっんだ挙句、丁寧にセットしていた髪もグシャグシャになった。
「ちょっ、なになに?! なんなのよもう〜〜!!」
ふとスマートフォンに目をやると、どこかのテレビ局のカメラがズームで羽田空港の飛行機の上に、なんだか見覚えのある赤い怪物が取りついている様子をはっきりと映しており、おまけにそれが全国にライブ中継として流されているところだった。
(え? もしかして……? 今このテレビに写ってる飛行機って、あれっ??)
次の瞬間、赤い怪物が長い剣を振りかざし、旅客機を機体の真ん中から真っ二つにしてみせた。
ドグシャア!
──とんでもない破砕音がキララの耳をつん裂き、機体がへし折れて急激に傾斜。内壁に打ちつけられたキララに、まさについさっきまでゆったりとしながらくつろいでいたファーストクラスの高級シート、その他諸々の残骸が次々と折り重なり、ゆっくりと彼女を押し潰し、そして────
ドゴォオオン!!!
離陸前にジェット燃料を満載していた旅客機が盛大に火柱をあげて大爆発、炎上したのだった。
そのド派手な炎を眺めながら、羽田空港管制塔の上に集結する赤、青、黄、三体の【ゴブリン】
「ガハハ! ようコウガ! なかなか派手に殺るじゃねぇか!」
「ヘッ! なんだか知らんがよく燃えるぜ! あのバカでかい翼の生えた乗り物がよォ!!」
【トロール】と呼ばれていた黄色い怪物のモウガが、【オーガ】と呼ばれていた赤い怪物のコウガに話し掛ける。
「──にしてもコウガお前、空を蹴って走れるくらい速かったんだな? 正直ビビったぜ」
「へッ! ダンジョンの中がクソ狭かったからな……今までずっと本気出して走れなかったんだよ。そういうお前らだって、フルパワー出したらダンジョンごとブッ壊しかねねぇから、ずっとセーブしてたんだろ力をよ」
「なんだ、お見通しだったか」
「当然だろ、ってかバレバレだっつの」
燃え盛る空港を眺め、モウガが再び切り出す。
「ところでさ、例の【彼女】……この先お前、一体どーやって見つけ出すつもりなんだ?」
「例の? ……ああ、俺の弟を拷問して殺しやがった、あのクソ女のことか!」
「モウガに同感だな、それに関しては実のところ私も、前々から気になっていたところだ」
【シャーマン】と呼ばれていた青い怪物のフウガが、空中を浮遊しながらコウガに尋ねる。
「この【魔界】の【魔族】……どうやら【人間】とかいうらしいが、万単位だか億単位だか、とにかく沢山いると考えてまず間違いはない。その中からたった一匹だけを、一体どうやって見つけ出す気なんだ?」
「別に? 何も考えなんてねぇよ」
「はアァ?!」
「何だと?」
驚く二人に、コウガは「まあ落ち着け」となだめながら話を続ける。
「この【魔界】は……とてつもなく広く、そして醜くくて汚らしい【人間】とかいう【魔物】どもが果てしないほど沢山いやがるんだろ? だったらよォ! どのみち俺たちの視界に入る【人間】どもを片っ端からブッ殺していけば解決する問題じゃねぇか! そうだろ?」
「は? いやいや待てオイ……」
「コウガお前、それ本気で言っているのか?」
「当たり前だ! 俺の大事な弟がブッ殺されたってのに、たかが女一匹だけ見つけて八つ裂きにして「はい、お終い」なんてガラじゃねぇし、これっぽっちも許してやるつまりはねぇんだよ! それに……」
「「それに?」」
「腹が減ったらいつもみたいに! 目についた人間どもを、その場でブッ殺して、そんで料理して喰っちまえば良いのさ! へへっ! どうだ! 簡単な話だろォ??」
「コウガお前! 俺のこと今まで散々「単純バカ」とか言ってやがったくせに! そっちこそ大概じゃねぇか!!」
「まったくだ……」
「ハハハ! 悪ィな! でも考えてみろよ? この世界の【人間】どもは、どいつもこいつも俺たちの世界に土足で平然と踏み込んできて仲間を虐殺したり財宝を強奪したり、挙句は喰ったりなんてのを散々繰り返してきたヤツらなんだぜ? 別に俺たちがその仕返しをちょびっとだけしたところでよォ! 一体どこのどいつが俺たちのことを非難できるってんだァ?」
「まあ……確かに」
「一理あるな」
「だろ? 配信みてる皆はどう思うよ?」
“コウガ、お前は正しい”
“圧倒的正論”
“間違いない”
“殺ったれ殺ったれ”
“皆殺しにしちまえ人間なんか”
「おっしゃ! 全員の意見が一致した所で、一丁また盛大に殺ってやろうじゃねぇか! なあ、皆あ!!」
「そうだな! 実のトコよォ、あれっぽっちじゃ全然暴れ足りねぇと思ってたトコなんだよ俺は!!」
「やれやれ、まあ良かろう。披露していない極大魔法がまだまだ目白押しでもあることだし……!」
「よーし! それじゃあ次は! 俺たち三人のうち【誰が一番多く人間をブッ殺せるか】競争だ!!」
「当然、その様子も全て配信しなければならんワケだな?」
「ガハハ! 違ぇ無ェな!!」
「よ〜し! 行くぜェ!!」
三体の【ゴブリン】たちは高笑いしながら三方に別れ、いつまでもいつまでも、この世界で破壊と殺戮の限りを尽くしたのであった。
ちなみに、世界の人口が半数以下になった今もなお、この【ゴブリン】たちは例の【彼女】を探し続けているのだという────
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