おにいちゃんとやくそく
「やったー!きょうもおねしょしなかった!」
この報告を聞くのはもう六日目。無邪気で純粋な妹はパジャマを下げ、膨らんでいないおむつを露わにする。我が家では一週間おねしょをしなかったらおむつを卒業できるというルールがあり、これで妹は大手をかけたことになる。それを聞いた兄悠真は小さくため息をつく。なぜなら――
「あ、お兄ちゃんまたおねしょしたの?早くしないと私におむつ卒業越されちゃうよ?」
下半身を指さされる。パジャマのズボンをめくらなくてもわかるほどの膨らみ。中学一年生の佑真はいまだにおねしょをしてしまう。現在五連敗。六連勝中の妹とはかなり対照的だ。妹――穂乃花はまだ小学五年生。余計に悔しいが今は現状を受け入れるほかない。
佑真は脱衣所へと向かい、おむつを脱いでゴミ箱に入れてシャワーを浴びる。これがモーニングルーティーンだった。体を拭いて制服に着替える。
脱衣所を出ると妹も着替えを済ませていた。あと一日、穂乃花はおねしょをしなければおむつを卒業する。兄としておむつ卒業を先越されるというのは嫌でしかなかった。穂乃花に何を言われるか分かったものではない。
「私明日でおむつ卒業だもんね~」
「・・・まあおめでと」
「えー反応薄くない?私に先越されるの悔しいんでしょ?」
「・・・まあ」
「・・・いいけど。明日の朝楽しみだね。お兄ちゃんも負けないように頑張ってね」
余計なお世話だ。
朝ごはんの時間になり食卓に着く。いつも通りの朝ごはん。普段と違うのは穂乃花が上機嫌なのと反対に佑真が不機嫌なところだけ。父母も理由を察しているからか、あえて触れてくることはなかった。
♢
学校も部活も終わり、家に帰る。少しでもおねしょの回数を減らすために夕方以降は極力水分を摂らないようにしているせいでのどは乾くがこれ以上妹に負けるわけにはいかない。普段よりも厳しく、日中から水分制限をしている。明日こそは絶対におねしょをしないようにしたかった。
食後は自分の部屋に行き、課題をする。中学の勉強は小学校のものとは比べ物にならないほど難しい。まだ「予習」というものにもなれない。なぜ教えてもらう前に問題を解かなければいけないのかといつも思う。絶対に教えてもらってからのほうがいい気がする。
気分も乗らず、ネットでメンタルを回復させながらゆっくり終わらせる。時間は八時。母親が風呂に入るように声をかけてくれる。数年前から一人で入るようになった風呂。いまだに妹は母と入っているが恥ずかしくないのかと思う。
脱衣所へと向かうとすでにパジャマが用意されている。背伸びした大人っぽいパジャマと対照的に似合わないものが置かれている。布団を濡らすのならおむつを濡らすほうがマシだと思うようにはしているが気が向かないのもまた事実。服を脱いで風呂場へと向かう。
風呂上がり、まだ若干体が濡れているせいで足を通りづらいおむつに足を通す。周囲の目はないが隠すようにパジャマを着てリビングを通り自分の部屋へと戻る。あとはほぼ寝るだけだ。布団にダイブしスマホをいじり始める。
少ししてドアがノックされ、開く。
「お兄ちゃんもう寝た?」
「まだだけど?何かあった?」
「ううん。そういうわけじゃないんだけど」
「じゃあ冷やかしに来たわけ?悪かったな兄のほうが卒業するの遅くて」
おむつ、という単語はあえて口に出さない。穿くのはまだいいが、口には出したくない。
「ひどくない?別にそこまで思ってないし」
「じゃあどうしたの?」
「いいでしょ?たまには話とかも」
「まあ・・・」
そのまま穂乃花は部屋に入ってきて戸を閉める。普段は絶対にそんなことはしないのにどうしたのだろうか。二人でベッドに座る。穂乃花は小学生らしい可愛いパジャマだ。そしてパジャマの上からでもわかるおむつのシルエット。これも今日で卒業と思うと羨ましい。自分はいつまで続くかわからないのに。
「お兄ちゃんはさ、おむつするの嫌?」
「・・・そりゃあまあ。恥ずかしいし、朝の片づけも面倒だし」
「確かに。赤ちゃんっぽいし」
「あと友達には知られたくないし、そのせいで泊まり会とかもできないし」
「あーそれは大きいかも」
お泊り会は親から禁止されていた。おむつを友人前で穿く前に行かないのもあるが、人の家でおむつから溢れてしまっては責任が取れないからだ。だからといっておねしょを理由に断ることはできず、表向きは「親が禁止している」ということにしていた。小学校高学年、中学生にもなればお泊り界の話題もいくつか上がってくる。参加できる人たちがうらやましかった。
修学旅行などの泊りの学校行事は学校側の配慮と不参加で何とか乗り切っていた。
「もし私が先におむつ卒業したら、お兄ちゃんにいろいろアドバイスするね。いろいろ役に立つこともあるかもだし」
「ありがと。別に穂乃花が先に卒業するのが悔しいとかはないけど、いいアドバイスがあったらお願い」
「ん」
「一応明日私がおむつ卒業できるの願っててね?」
「まあな」
兄という立場上妹のほうがおむつを先に卒業するというのは屈辱的だが、同時におむつのつらさもわかっている。だからこそ複雑で素直に認められないところがある。
「じゃあそろそろ寝るね。おやすみ」
「うん。おやすみ」
そういうと穂乃花は立ち上がり、部屋を出ていく。明日にはおむつ卒業かと思うと羨ましい。「お兄ちゃんなのに妹よりもおむつ外れるの遅いってどういうこと?」と両親から責められないか心配にもなる。おむつ代だってただではない。
だからといっておねしょをしないように願いながら寝るほか対策はない。もうやれることはやっている。穂乃花も出て行ったので電気を消し、布団に入っておねしょをしないことを願いながら眠りにつく――
♢
「・・・お兄ちゃんおきて」
「・・・ん~?」
普段なら目覚ましで起きるところだがこの日は違った。体をゆすぶられるような感覚。不快感から目を覚まし、ゆっくりと目を開ける。涙でゆがむ視界の中目をこすってなんとか視界を確保する。体をゆすっていたのは――穂乃花だった。
「・・・どうした?」
「あの・・・お兄ちゃんにお願いがあって・・・」
「ん?」
そういうと穂乃花は深呼吸をし、少しの間を開けていった。
「お兄ちゃん。おむつ交換して。一生のお願い!」
両手を合わせて本気でお願いをする穂乃花。言っていることを理解するのに数秒がかかった。おむつを・・・交換?
「へ?」
「・・・あの・・・おねしょしちゃって・・・私今日おねしょしなかったらおむつ卒業でしょ?だからお願い!」
そっと視線を妹の下半身へと向ける。昨晩もおむつの影響で膨らんでいたが、今日はその比ではない。おねしょをしたことがおむつの上からでもわかるほどにぐっしょりだった。そして自分のおむつにも意識を向ける。パジャマの上から触ってみるが昨晩から見てそう変わってないように見える。試しに覗いてみるがおむつの吸収体は真っ白なまま。今日はおねしょをせずに済んだようだ。
「お兄ちゃんおねしょしなかった感じでしょ?一生のお願い!お母さんたちには秘密で!」
再びお願いされる。だがそんな簡単に要求を呑むわけにはいかない。今断れば妹は最低でも一週間はおむつが卒業できないことになる。対して自分は今日を除けばあと六日。順調に進めば穂乃花よりも卒業が早く済むことになる。
ただ穂乃花のおむつを卒業させてあげたいというのも少しあった。おむつに苦しんでいるものとして。そう簡単に結論は出ない。
「まあ確かに今日は大丈夫だったけど・・・そんな嘘ついてまで無理して卒業しなくても。はっきり言って僕よりも多分チャンスは多いし」
「そうかもしれないけど・・・お願い。私普通のぱんつで寝たいの」
・・・そんなの自分だって。なんとか言いとどまる。
「・・・しゃあない。いいよ」
「やった!お兄ちゃん大好き!」
穂乃花は年甲斐もなく抱き着いてくる。異性として見ているわけではないが性別女子にこの年で抱き着かれるとさすがに恥ずかしい。速攻で妹を引きはがす。
(・・・冷静になればおむつ交換ということは穂乃花のおねしょおむつを穿くことになるのでは・・・?)
穂乃花はもうすでに嬉しそうに濡れたおむつを脱いでいる。床に「とすっ」っと置かれる膨らんだおむつ。ここまで来て今更嫌だとは言えない。さすがに恥ずかしいので後ろを向き、パジャマの裾を伸ばしておむつを脱ぐ。久しぶりの失敗なし。それを妹に取られるとは。そして脱いだおむつを妹が穿くことになるとは。
脱いだ真っ白なおむつを穂乃花に渡し、床に置かれた濡れたおむつを持ち上げる。昨日の自分のおむつ並みにぷくぷくに膨らんでいる。重みを感じる。
深呼吸をし、覚悟を決めて妹が今まで穿いていたおむつに足を通す。ギャザーはほんのり湿っており、そこが足に擦れる。最後までおむつを引き上げると少しひんやりするおむつの吸収体が肌に当たる。妹のおねしょだということは極力意識をしないように努力をする。
一方の穂乃花はとっくにおむつを穿きなおし、パジャマのズボンも穿いていた。自分もズボンを穿きなおす。おむつだけではそこまで肌に密着しないがパジャマのズボンと同時に引き上げられる吸収体。慣れた感覚だが変な気持ちになる。
「お兄ちゃんありがと。いっこ借りた」
「うん。貸しにしとくから」
「うん。じゃあまたご飯の時に会おうね」
「ん」
そう言い残すと穂乃花は部屋を出ていく。時間はまだ五時過ぎ。起きるには少し早いだろう。外もまだ暗い。やることもないので再び布団に入る。
普段寝るときには感じないおねしょした後のおむつの感覚。違和感しかなくなかなか寝付けなかったがとりあえず横になり、寝る努力をしながら時間をつぶす――
♢
約束通り、朝おねしょをしなかった判定をもらった穂乃花はおむつの卒業を認めてもらえる。今日から布パンツで寝られると喜んでいた。それとは対照的におむつを卒業できない兄。穂乃花が正攻法で卒業してないだけまだ気が楽だった。
夜、いつもと変わらずおむつに足を通す兄。対照的におむつを卒業し、ぱんつで寝ることを認めてもらえた妹。脱衣所から出るとぱんつを見せつけてくる。年齢からして本当にやめてほしいのだが。今まであった下半身のおむつの膨らみは消え、すとーんっと垂直に落ちていた。自分も一週間後は同じ立場担うことを願うしかない。
「お兄ちゃんおやすみ」
「おやすみ」
嬉しそうに穂乃花は自室へと向かっていった。あれだけ喜んでもらえるのならおむつ卒業が一日伸びるくらい安いものかもしれない。そんな妹を眺めながら今日もおむつを穿いた兄は自室へと向かっていく。
翌日、ぱんつで盛大におねしょをしておむつに逆戻りさせられる穂乃花とあれ以来全敗が続く兄の話はまた別のお話。