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第1話:青春の不時着

「……っていうことがあったんです!」


「まったくもって何を言ってるか分からないんだが」


 ああ、なんでこんなことになってるんだろう。


 わたしは異世界に来て早々草っ原で正座をして見知らぬ男子に許しを乞うていた。


 女神様のところから不時着した先は、どこかの草原にそびえ立つ一本の大きな木の枝の上だった。


「死ぬかと思ったあー……」


 と呟いたのも束の間、


「お前、誰だ!」


 と、下から声がして。


「ちょ、ちょちょちょちょ!」


 ……声の方を見やると、なんと。わたしより少しだけ年上に見える男子が私に真剣(マジと読む方じゃなくて、まことけん)を向けているではないですか!


「チョ・チョチョチョチョ……? そんなバカみたいな名前があるか! 俺をあざむけると思うな!」


「それは名前じゃないです! わたしの名前は青井(あおい)(はる)です!」


「アオイ・ハル? そんなバカみたいな名前があるか! 俺を欺けると思うな!」


 うわあ、よりによって異世界の第1村人がNPCみたいな人だ!


「青井春は本名です! 怪しいものじゃありません! アイ アム ノット ア ストレンジャー!」


 いやまあ、Stranger(よそ者)ではあるんだけど。


「怪しいかどちらかはこっちが決めることだ。とにかくそこから降りてこい」


「降りたいのはやまやまなんですけど、高くて怖くて降りられません! わたし高所恐怖症なんです!」


「高所恐怖症のやつがそもそもそんな高いところに登れるはずがないだろう」


「ごもっともです……! でも無理なんです……!」


 異世界、最初っから超ハードモードだよー……!


「いいから降りてこい」「無理です」の問答を繰り返している間に、わたしはそもそものことが気になり始める。


 わたしは今どういう状態で枝の上にとどまっていられてるんだろう?


 ……え、もしかして?


 と、首元を見ると。


「はぁっ!?」


 なんと、ブレザーの襟元に枝が刺さってる! これで吊るされてるんだ!


 つまり、このままいくと重力で制服が破れる! わたしが唯一手にした高校生の証が!


 次の瞬間、わたしはそれを振り解くように、ブレザーを脱いでいた。


「………あ」


 問題。ブレザーの首元で木に吊るされていた女子高生がブレザーを脱ぐとどうなるか?


「……あああああ」


 正解。落ちます!


「ああああああああ!!」「おおおおおおおお!?」


 落下した先で、剣を放り投げた彼がわたしをキャッチしてくれた。


「……あ」「おお……」


 しかも、お姫様抱っこ。


「あ、ありがとうございます……」


「ど、どういたしまして……?」




 そして話は冒頭に戻る。


 わたしは反抗の意思がないことを表現するために、ジャパニーズ正座スタイルで草原に座して、かくかくしかじかと、こうなった経緯を説明した。


「……っていうことがあったんです!」


「まったくもって何を言ってるか分からないんだが」


 あれだけの会話をしたあとだ。彼が『分からない』というのは『言語が理解できない』という意味ではなさそう。


 どうやら女神様は、わたしに言語スキルをさずけた状態で異世界に飛ばしてくれたらしい。あとは着地ポイントだけもう少し気遣ってくれてもよかったと思うんだけどね。


 まあ、文意が伝わってるなら彼が言いたいことは、『お前の話は荒唐無稽こうとうむけい過ぎる』という意味だろう。わたしもそう思う。


「ですよね。信じていただけないのは無理もないんですけど……。えっと、とにかくわたしは無害ということだけ信じていただきたくて……」


「自己申告の『無害です』を信じられると思うか?」


「堅物……」


「なんだと?」


「なんでもないでーす……」


 地獄耳め。


「では、わたしはどうなるんです? このまま殺されるんですか……? なんのために異世界ここまで来たんですか……?」


「ま、まあ、素性が分からないというだけで子供を殺すわけにもいかないが……」


 ……今、子供って言った?


 わたしとそんなに変わらないでしょ、と、ずっと下げていた顔を上げ、彼の顔をまともに見る。


 ……ほう。藍色の短髪がチャラくない系のサッカー部員みたいで好感が持てる。高校にいたらモテるだろうなあ。少女漫画から出てきたみたい。


「……おい、何をじろじろ見ている」


「すみません……」


 また視線を落とすわたし。


「仕方ない。立て。とりあえず、自警団じけいだんに向かうぞ」


「じけいだんってなんですか……?」


「道中で説明してやる」


 わたしがしぶしぶ立ち上がると、彼はむんず、とわたしの手首を掴む。


「え、わたしたち、手をつなぐんですか……!?」


「手をつなぐ……?」


 彼がいぶかしげに見てくるので、わたしは『手をつなぐ』という行為の重大さを教えてあげるべく口を開く。


「幼稚園生とか小学校低学年が手をつなぐのとはわけが違うじゃないですか! 高校生になってから初恋の人と手をつなごうと思って、わたし、中学入ってからは男子とは手をつながないようにめちゃくちゃ気をつけていたんですよ!? あ、いや、まあ別に特段そういった機会はなかったんですけど……。でもでも、わたしなりに、最も青春な『(はつ)手つなぎ』のシチュエーションを何パターンも研究・模索してたんです!」


 とくとご覧あれ、これが中学の友達の中で人気を博していた(?)、わたしの青春研究の賜物たまもの——青井あおい劇場げきじょうだ。


「例えば、定番なのは体育祭ですよね。わたしは足が遅いながらも、徒競走に出ることになってしまって……。クラスのみんなの足を引っ張りたくなくて、陸上部の子に教わったりしながら一生懸命練習を重ねます。そして本番当日、わたしはなんと! 超僅差で一位でゴールインするんです! でも、前日までの過度の練習がたたったのか、ゴールした油断からか、ゴールテープを切った直後に足をくじいて転んでしまって……。そこで、誰よりも早くわたしのところに彼——仮名かめい菅田すだくんとしますけど——が駆け寄ってきて、『おい、青井。大丈夫か!?』って言ってくれるんです。普段は『青井はトロいな』とか『ちんちくりんだな』とか、そういう憎まれ口ばかり叩く菅田くんが、めっっっっちゃ本気の顔で心配してくれるんです! やばくないです!? で、地面グランドに手をついているわたしに菅田くんが手を差し伸べてくれるんですけど、菅田くんは普通に超モテる人だし、ゴール地点付近でみんなからの目もあるしで、一旦は自力で立ちあがろうとするんです。で、立ち上がれはするんですけど、よろけちゃって……そこで菅田くんが、『ばか、無理すんな』って言いながら、さっとわたしの手を取るんです!『ほら、保健室行くぞ』って言いながら! わたし、嬉しいやら恥ずかしいやらで顔を真っ赤にして俯きながら菅田くんについて保健室に行くんですけど、行く途中に『あっ、やべ』って菅田くんが言うんです。『トロいお前がせっかく1位取ったのに、金メダル受け取り損ねたな』って。『俺の言葉じゃ代わりにはなんねえけど……おめでとう、青井。頑張ってるところ、かっこよかったぜ』。わたしは思います。『菅田くんが見てくれてて、褒めてくれたのが何よりも嬉しい金メダルだよ……菅田くん特別賞受賞だよ……』って」


「…………?????」


「って、今のはほんの一例で他にもあらゆるパターンを想定していたのに! なのに! 犯罪者みたいな扱いされて、手錠代わりみたいなノリで出会って数十分の男子と……なんてパターンはそのどこにもありませんよ!?」


 わたしが必死に説明するのに、彼はわたしを一瞥し、ドン引きの顔でつぶやく。


「気持ち悪いな、こいつ……」


「気持ち悪いって言いました!?」


 反抗むなしく、手をつながれたまま(ていうか手首を掴まれたまま)わたしは自警団とやらに連れて行かれることになった。『連れて行く』って言うか、『連行』だな、これ。送り仮名がなくなるだけで犯罪者感がマシマシだなあ。うわあ。




 道すがら教えてもらったのは、ここはノシサムという町の外れの草原だということ。


 彼はエルマ・ハビットという名前だということ。


 自警団員(話を聞いてみると、日本で言う警察と自衛隊の間みたいなやつっぽい)志望の彼が剣技の自主練をしているところにわたしが落ちてきてしまったということ。


 

 そして。


「エルマさんは歳はいくつなんですか?」


「15歳だ」


「タメじゃん!!」


「ため……?」


 ついテンションが上がり、怪訝そうな顔で見られてしまう。そりゃそうだ。


「ごめんなさい、タメっていうのはわたしの国だと同い年って意味で……。わたし、エルマさんと同い年だったのが驚きアンド嬉しくって……。あ、誤解しないで欲しいんですけど、わたし、同い年だったらソッコーでタメ口を使うみたいなそういう距離感の人じゃないんですよ? ただ、ちょっと今回は場合が場合というか状況が状況というか……」


 ぶつぶつ言っているとわたしの全身をさらっと見渡した後に。


「同い年……? お前が……?」


「どこ見て疑ってんの!?」


 わたし、同い年だったらソッコーでタメ口を使うみたいなそういう距離感の人じゃないんですよ? 相手が失礼で無神経な堅物じゃなければの話だけど!


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