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プロローグ:青井ハルは死んでも青春がしたい

* * *

『将来の夢』

6年2組 青井あおいはる


 わたしの将来の夢は、高校生になることです。

 ドラマみたいな、漫画みたいな、アニメみたいな、そんな青春を送る高校生になりたいです。

 そのために、中学3年間は毎日一生懸命勉強します。

 どの高校に行けば最も青春出来そうなのかがまだ分からないので、それが分かった時、その高校に必ず入れるように、偏差値をカンストさせておくべきだと考えるからです。

 さらには、高校で教わるところもなるべく予習しておきたいと思っています。

 高校時代の放課後を過ごしたいように過ごすためです。

 (中略)

 もう一度言います。

 わたしの将来の夢は、高校生になることです。

 たとえ天地がひっくり返っても、ヤリが降っても、いん石が降っても、この夢は諦めません。

 何をどうしてでも、この命すべてを懸けて、青春をおう歌する女子高生になってみせます。

* * *


 これはわたしが3年前、小6の卒業文集に寄せて書いた作文だ。


 将来の夢について書く、ということだけが全員に課せられていて、周りがアイドルやらYouTuberやらプロ野球選手やらプロゲーマーやらになると宣言する中、わたしは『高校生』とそう掲げた。


 別に気をてらったわけじゃない。


 わたしは、みんながきっと自分が芸能人やスポーツ選手になった姿を想像してわくわくするみたいに、高校生になった自分を想像すると、すっごく幸せな気分になれる。


 原稿用紙を提出した時に担任の先生の顔にありありと書かれた、『否定はしづらいけど、こういうことじゃないんだよなー……』という文字だってしっかり読み取っていたけど、それは無視した。

 当時控えめに言って天才小学生だったわたしに、先生もあまり強くは言えなかったのも分かってたし、書かれていることは自分で言うのもなんだが結構立派ですじが通っている。


 そして、宣言通り中学3年間は毎日勉強して、それでもいわゆるガリ勉ではなく可愛い高校生になれるようにおしゃれにも気を配り、高校でいきなり部活に入ると何かやらかすかもしれないので予行演習代わりに吹奏楽部にも入りその活動も頑張った。(ちなみに吹奏楽部を選んだ理由は、「どの高校にもありそうだから」「コンクールとかアツいから」「『響け!ユーフォニアム』が好きだから」の3点)


 そして、数多あまたの高校の説明会や学園祭に顔を出し、吟味に吟味を重ねてやっと見つけた高校。


 不良が嫌い(ていうか怖い)わたしの志望校は結果的に都内有数の進学校だったが、努力の甲斐あって無事合格。

 

 今日はその高校の入学式。


 ああ、これから、ついに、わたしの人生の絶頂期が始まる……!


 …………はず、だったのに。






「どうして、こんなことになったの!? どうして!? どうしてよ!?」






 わたしは謎の異空間で地団駄じだんだを踏んでいた。


 抱えきれない悔しさを一生懸命発散しようとするわたしに、


「うう、本当に運が悪いとしかいいようがないのです……」


 神々しい羽衣はごろもを身にまとった綺麗なお姉さん(多分女神的な何か)はあわれみの目を向けてくる。


 悲劇は、わたしが鏡の前で制服に袖を通した瞬間に起こったらしい。


 共働きの父親と母親は朝早くに家を出ていたので、一人鏡の前でニマニマしているわたしの元に、なんと。


「隕石が落ちてくるとか、やばすぎますって!」


 受け入れ難い事実を高くかかげてわめき散らすわたし。


「そんな馬鹿な話がありますか!? どんな確率!?」


「あ、確率は160万分の1です! ちなみに、宝くじの1等が当たる確率は1000万分の1ですので、それよりはだいぶ高い確率となります!」


「その情報要りますか!? 意気揚々と!」


「す、すみません、聞かれたので……!」


 はっ。ついつい女神様に当たってしまった。


 この人は多分悪くないのに。


 行き場を無くした絶望や失望をとりあえずため息で逃して、おおよそ分かっている事実を尋ねてみる。


「はあ……つまり、ここは死後の世界ってことですか?」


「はい。通常ですと、亡くなった方は直接天国か地獄に召されるのですが、ハルさんの場合、ちょっとあまりにも運が極悪なので……」


「極悪って……人を犯罪者みたいに……!」


「犯罪者だなんてそんなそんな!」


 女神様は羽衣に包まれた手を大きな胸の前で振る。


「むしろこれまでの行いが極めて良いので、こうして異世界転移のチャンスを設けさせていただくことにしたのです!」


「わたしが欲しいのは異世界転移のチャンスじゃなくて現世に戻るチャンスなんですけど……」


「それは制度上出来かねるのです……」


「でしょうね……」


 うう、どうしよう。泣きたいのに涙が出ない。物分かりの良すぎる自分の頭が憎い。


「ということで、青井ハルさん。このまま天国に召されるのと、異世界で青井ハルさんのまま生き続けるのと、どちらを選びますか?」


「ふう……」


 その時、卒業文集の作文の最後が思い出された。

『たとえ天地がひっくり返っても、ヤリが降っても、いん石が降っても、この夢は諦めません。何をどうしてでも、この命すべてを懸けて、青春をおう歌する女子高生になってみせます。』


 何をどうしてでも。この命すべてを懸けて。隕石が降っても。


 ——わたし、そう誓ったんだ。


 まだ、夢を叶えてない!


「分かりました。……じゃあ、異世界に行きます」


「そうですか……!」


 ぱぁ……と心なしか女神様(仮)の表情が明るくなった気がする。


「ちなみに、異世界って高校とか……」


 ……と、尋ねかけて、やっぱりやめた。


 異世界に高校があろうがなかろうが、わたしはどうせ諦めるつもりはないし。


「ハルさん?」


「いえ、なんでもありません」


「……分かりました」


 女神様(仮)が近くにあったボタンをカチッと押すと。


「それでは、いってらっしゃい!」


 足下でガコン、と音がして。


「いや、これ細かすぎて伝わらない時のやつ!」


 一瞬の浮遊感の後、わたしは真っ逆さま、ワープホール的なものへと堕ちていった。


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