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シーカー辺境伯との挨拶を終えた私は、頭の中が真っ白になり何をしているのか良くわからなくなった。


「シーカー辺境伯と何かあったの?」


そこに、気遣わしげに密やかに声をかけてきたのはケネスだ。


「なぜわかるのですか?」


私は仮面をしているので表情の変化はないはずだ。彼が私の顔から考えを読み取るのは難しい。


「そりゃあ、彼の反応を見てるとね」


ケネスは苦笑い混じりでそう言った。

私から見たらジョンは、冷静に挨拶をしているように見えた。


「え?」


「彼にしては珍しく動揺していたよ。向こうに行ったら一緒にいられるんだ。だから、少しの辛抱だよ」


ケネスは何のこともないようにそう言う。

しかし、言動は不倫を容認するような物だ。

そんな不誠実な事などできない。だから、慌ててそれを否定した。


「か、彼とは大切なお友達なんです!何もありません。何も」


「何もないって顔じゃないよ。意外と僕はそういうの敏感なんだよね。別に義理たてしなくていいから。実はね、僕もね、実は好きな人がいるんだ。無理して恋愛感情なんて持たなくていいんだよ」


ケネスは私の反応にクスリと笑った。お互い様だと言わんばかりに。


「……」


「お互い幸せになる事を考えよう。そして、お互い協力し合おう」


「協力?」


「そう、協力、お互いのためにね。僕達はね。仲間なんだよ」


ケネスは私の手をそっと握った。


「僕はね。ずっと、一生を共にできるような仲間が欲しかったんだよ」


苦しみを吐き出すような言葉に私の胸は痛んだ。


「婚約おめでとう」


しばらく二人で見つめあっていると、不意に声をかけられた。


「ロシェル殿下」


ロシェルは、金髪に碧眼でケネスよりもどことなくジョンに雰囲気は似ていた。


「血縁上では兄にあたるんだから、そう畏まらなくてもいい」


「いえ、そういうわけにはいきませんから。私は卑しい身分です」


苦笑いを浮かべるロシェルにケネスは距離を取る。


「お前は身の程を弁えているからいい。それに、お前に相応しい醜い妻をもらえるんだから幸せ者だな」


ロシェルは、天使のような笑みを浮かべて信じられない暴言を吐いた。


「お前もせいぜい幸せになれればいいな。馬鹿な事を考えたら死ぬぞ。その醜い妻も馬鹿な事だけはするなよ」


「……辺境で殿下の活躍を聞くのを期待しております」


ロシェルは喧嘩を売るような事を言うが、ケネスは全く取り合わなかった。

普段から二人はこんな感じなのだろう。


「本当にお前は頭がいいな。だから、鼻につくんだ」


ロシェルは、馬鹿にするように笑って、さっさとどこかに行ってしまった。


「……」


ロシェルの顔を見ただけで疲れた。外見が少し似ているけれどジョンとは大違いだ。


ケネスは「辺境に行けばこんな事も言われないから大丈夫だよ」と励ましてくれたけれど。

彼がこんな環境にずっといる事の方が私は辛かった。


「お姉さま!」


突然声をかけてきたのはルシンダだ。

そういえば、屋敷で私と並びたい。と彼女は話していた。

私はうんざりとした気分で彼女の顔を見た。

喜色満面のルシンダ。ドレスともに私たちを貶めたいのだろう。


「お姉さまのドレスは素敵ですね」


ルシンダの褒める言葉を、額面通りに受け取ることがわたしには出来なかった。


「ルシンダ嬢はあんなに酷いドレスを褒めるなんて優しいな」


「汚らしい色のドレス。平民が贈っただけあるな」


「ルシンダ嬢のドレスは素敵ね」


聞こえてくる殿下への不敬な暴言の数々に、私は悲しみよりも腹が立っていた。

ケネスは慣れた事のように苦笑いしているが、傷ついていないはずがない。


「あれが、ヘンウッドの本当の娘なのか、あの仮面の下はとてつもなく醜いのだろうな」


もちろん、私への暴言もちゃんと聞こえた。


「ルシンダ嬢と並ぶと乞食と王様くらいに違うな」


悪口のように実際に並んでみると、たしかに私の方が自分自身のせいで見劣りする。


「君はヘンウッド家の養子のルシンダ嬢だね」


ケネスがそう声をかけると、ルシンダは今気がついたように笑った。


「はい。そうです。ねえ、見てください。私のドレス素敵でしょう?お姉さまのものとは大違いでしょう?」


ルシンダはそう言って、くるりと回ってみせた。


「そうだね。ドレスだけは素敵だね」


ケネスはさらりとドレスだけ褒めたが、ルシンダはそれに気がついた様子もなく嬉しそうに笑った。

なんというか、わたしは彼の意外な一面性を見てしまったような気分になる。

もしかしたら、ケネスは意外と気が強く口が達者なのかもしれない。


そう考えるとなんだか心強い気がした。


「ありがとうございます。お姉さまはケネス様に相応しいと思いますが、あまり美しくないから物足りないでしょう?」


ルシンダの暴言にケネスは屈託なく笑う。


「僕はね。シビルが誰よりも美しくて、心が清らかだと思っているよ。彼女は外見だけのハリボテなどではない聖女そのものだ」


ケネスはにっこりと笑ってルシンダに、「お前は顔だけの女」だと言い返した。


「どういう意味ですか!?私が養子だからそう言いたいの!?」


「君は被害妄想が酷い。僕はそんな事を一言も言っていないが……、なぜそう思った?思い当たることでもあるのか?」


口から吐き出された毒を感じさせない笑みを浮かべた。

ルシンダは顔を真っ赤にさせて私を睨みつけている。


「ルシンダ嬢、それでは失礼するね」


ケネスは話すことなどないと言わんばかりにルシンダを置いて私の腕を引く。


「少し、気分が晴れた?どうせ君には手出しできないんだ。これくらい言ってもいい」


彼は意外といい性格をしているのかもしれない。


「そうね。少し強く自分を持ちます」


婚約発表は、つつがなく終わるはずだった。


「ロシェル殿下のグラスに毒が入っていた!」


その叫び声と共に、私達は拘束された。

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