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「……私の顔が醜いと知っていて聞いているのですか?」
ケネスは少しだけ逡巡して「ああ」と頷いた。
どうやら、私が醜いという事実は皆が知っていることのようだ。
初対面でケネスが、私の素顔を見て不快にならないか心配だった。
命令なら見せるしかない。
「もちろん。断ってくれてもいい。嫌がるものを無理やりさせるつもりはない」
ケネスは私の様子をみて、苦笑い混じりに前置きをした。
どうやら、断るかどうかは私に委ねてくれるようだ。その姿に好感が持てた。
彼は最初から私に腹を割って話してくれている。それなのに、素顔を隠してくれてもいい。と、言ってくれるのだ。
私は覚悟を決めた。
どのみち、夫になる人に素顔を見せないわけにはいかない。
「人払いをしてもらえますか?」
私は覚悟を決めてケネスにお願いをした。
もう、私のすぐ側にいてくれるミラベルはいないのだ。一生を共にするケネスとは信頼関係を築かないとならない。
「わかった」
「これが私の素顔です」
震える手で前髪に手をかける。
視界が明るくなるのに反して、心は不安で暗闇に包まれていくようだ。
ケネスは、驚いた顔をしてしばらく私の顔をじいっと見た。
「……その顔は絶対に誰にも見せない方がいい。前髪ではなくて仮面を贈ろう。君は醜くないよ」
ケネスはそう言って気まずそうに目を逸らした。
反応から私の顔を不快には思ってないようには見える。
それは、演技かもしれないけれど。
「仮面は綺麗で丈夫なものを作るよ。君に似合うように。だから前髪は切ってくれないか?少し怖くて」
ケネスは冗談めかして笑った。
確かに、顔を隠すためとはいえ、前髪が長いのは怖いかもしれない。
「わかりました」
「前髪は信用できる人に切ってもらうようにした方がいい」
ケネスとはしばらく話をして、次は、お茶会をしようと決めてこの日は解散になった。
ケネスとのはじめての顔合わせを済ませると、私は部屋に戻ることも許されず執事に強引に連れ出された。
連れて行かれた場所はダイニングだった。
そこにいたのは、この屋敷の主人たちだろうか。
桃色の髪の毛と青い瞳をした男性と少女と、銀色の髪の毛に紫色の瞳をした女性がソファに寛いで座っていた。
「殿下と顔合わせは終わったのかしら?」
銀色の髪の毛をした綺麗な女性が私に問いかけてきた。おそらく私を産んだ人なのだろう。
それなのに、母親に会えたという喜びは全くなかった。
血の繋がった家族を目の前にしても私の心は恐ろしいくらいに凪いでいた。
「はい」
無視したい気持ちを抑えて返事をすると、桃色の髪の毛をした少女が悲しそうな顔をして、銀色の髪の毛をした女性に声をかけた。
「お母さま、私、やっぱり申し訳ないですわ。いくら平民の母親から生まれたとはいえ、殿下も王族の血を引いておりますでしょう?こんなにも醜いお姉さまが婚約者だなんて」
「あら、必要のない彼にはこの娘が相応しいわ。ルシンダ。貴女は養子だけれどとても大切な娘よ。あんな取るに足らない男と結婚なんてさせないわ」
「そうだ。ヘンウッド家の汚点を引き取ってくれる男がいて本当によかった」
男性は二人に微笑む。
「お前を産んだことが人生の汚点よ。早く出ていきなさい」
三人に散々なじられて私は部屋から追い出された。
それから、数日後、私宛に仮面が届いた。
真っ白な仮面はオリハルコンを加工したものらしい。シンプルだが黒曜石とアメジストが埋め込まれていてとても綺麗だった。
気に入ったので私は毎日それをつけることにした。
綺麗な仮面を見ると、なんだか自分の醜さを誤魔化せるような気分になる。
嬉しかったので、ケネスには長文にはなってしまったけれど感謝の手紙を送った。
そして、私にも専属の侍女が就くことになった。
「今日から、お嬢様の侍女になりました。アンヌです。よろしくお願いします!」
アンヌは顔を紅潮させて興奮している様子で挨拶をしてくれた。
この屋敷で悪意を持たずに接してくれるのはアンヌくらいだ。
新人だから私の専属になってくれたのだろう。
「よろしくね」
「今日からは支度などは私が全て行いますから。何かあったら言ってください」
アンヌはにっこりと笑う。ようやく自分の仕事ができると言わんばかりだ。
今後一緒に過ごすのだから顔は隠すことはできない。彼女には素顔を見せようと私は思った。
どのみち、隠すこともできないだろうし……。
「ありがとう。そうね、とりあえず、前髪を切ってもらえるかしら」
私はケネスから贈られた仮面に手をかける。
ジョンと悪魔に顔を見られて以降、こういう場に少しだけ慣れた気がする。
「今、仮面を外すわ」
「え?」
アンヌが仮面を外すと言った私を驚いた顔で見ている。
「私の顔の事を誰にも言わないでね」
ゆっくりと仮面を外すと、顎が外れそうなくらいにアンヌは口を開いた。
「じゃあ、前髪を切ってくれる?」
「……は、はい」
アンヌはしばらく私の顔を見て、それから、前髪を切り出した。
前髪を切り終えて、私は自分の顔を記憶のある限りで初めて鏡で見た。
そこに映し出されていたのは、誰もが忌み嫌うような醜い顔ではなかった。
すくなくとも私にとってはだけれど。
ミラベルになんの意図があって顔を隠せと言い出したのかわからない。
言われた通りにした方がいいのだろうと私は思った。
アンヌが侍女になってから生活面ではかなり変化があった。
食事が温かいうちに届けられるとか、髪の毛の艶が以前より良くなったとか。いろいろあるけれど。
そういう事よりも、心の拠り所が出来たことが一番の変化だった。
アンヌもケネスも私の事を絶対に否定しなかった。
ジョンと悪魔と同じように。
たまに、ジョンと悪魔のことを思い出すと寂しくて辛かった。
しかし、彼らに会うことはもう二度とないと私は思っていた。
その日が来るまでは……。
ある日、ケネスは思い詰めた様子でこんなことを言い出した。
「シビル、僕と君との婚約発表の場が設けられることになった」
「そうですか」
「少し、嫌な気分になると思う。僕は立場のない王子だから」
ケネスは申し訳なさそうにそう言って俯いた。
その沈みっぷりに私はなんと声をかけたらいいのか、わからなくて困ってしまった。