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私の生家のヘンウッド家は、聖女を輩出する由緒正しい家系だ。

聖女には「一度だけどんな願いでも叶えてくれる」というものがあるらしい。

みんなは素晴らしい能力だというけれど、わたしはそれが残酷な物のように思える。

「一度だけ願いが叶うこと」は確かに素晴らしい事だとは思う。しかし、叶えてしまえばその力はなくなる。

そして、叶えてしまったことを後悔する事だってあるかもしれない。

私は聖女ではないし、願いなんて叶わないとわかっているけれど、つい、願ってしまう事がある。


この醜い外見の私を愛してくれる人が現れますように。と……。


羽の黒いカラスは、白鳥の群れには溶け込めないから。私は醜いから親に捨てられた。彼らの顔すら見たこともない。

生まれた時から、私は辺境の田舎に住んでいる。


「今日もいつもと変わらずね」


いつものようにぼんやりと窓を眺めていると、どこまでも続く田舎町の風景が見える。魔物が現れるなんて信じられないくらいに穏やかだ。

しばらく眺めていると部屋の扉からノック音がした。それと、共に女の声で「入って良いか」と確認が入る。

「どうぞ」と返事をするとすぐに部屋の扉は開かれた。


「シビルお嬢様、おはようございます」


「おはよう、ミラベル」


私の部屋にやってきたのは、乳母のミラベルだ。

彼女は、生まれたばかりの私が辺境送りになった時に一緒についてきてくれた唯一の人だった。

正確に言えば、生まれながらに不吉な見た目をした私を両親は捨てようとしたが、ミラベルだけは庇ってくれてここまでついてきてくれた。

けっして安全ではないのに。

ある意味追放されたような物なのに、彼女は私にとても優しかった。

しかし、冷たいところもあった。


「今日は少し散歩してもいい?」


「構いませんが、顔はちゃんと隠してくださいね」


彼女はいつも私の顔を誰かに見せるのを嫌がる。

私は怖くて一度も自分の顔を鏡で見たことはない。


「わかってるわ」


「お嬢様は、醜いのです。ですから、その素顔を誰にも見せないでください」


「わかってる!」


ミラベルは私を醜いとしか言ってはくれない。

彼女はいつも私に冷たい現実だけを突きつけてくれた。


「これは、貴女のためなんです。もしも、本当の姿を見られたら……。ですが、私はずっと貴方の味方です。たとえどんな姿になっても」


そう言ってミラベルは私を抱きしめた。


ミラベルは、乳母であって私のことを絶対に愛してはくれない。

ついてきてくれたことに感謝はしているけれど。


朝食をそこそこに済ませて、真っ黒なローブのフードを深く被り散歩の準備をする。


「行ってきます」


「気をつけてください」


小さな屋敷を出ると、私はふらふらと草原の中を歩いた。

私達が住む家は小高い丘の上にあり、草原に囲まれている。そこを降りると小さな村がある。

ミラベルからはそこに行かないようにと言われているので、私は草原から村をじっと見ているのだ。


もしかしたら、誰かと話ができるかもしれないと期待して。


いつものように村を眺めていると、今日は人気がなく誰一人家の外にはいない。

嫌な予感がして私は急いで屋敷に戻ろうと来た道を引き返そうとする。しかし、遅かった。


「……!」


耳で聞くのも悍ましい。轟音のようなうめき声がすぐ近くから聞こえた。


それは、瞬く間に私の目の前にやってきた。

ヘドロのような黒い影のそれは、グネグネとうねり人の形へと変わった。


「ま、魔物!?」


辺境の地とはいえ、この国には魔物の脅威はさほどないはずだった。

それは、聖女がいるからだと言われているが。

それなのに、なぜこんなところに魔物がいるのだろう?


いいえ、そんな事を考えている暇はない。


私は考えるのをやめて、何が武器になるものを探す。

近くに棒があったので、それを手に取り無我夢中で振り回す。

棒は魔物の身体をすり抜けて空振りした。

ヘドロのような形をしている魔物に当たるはずがない。

魔物も棒が当たっても気にする素振りもなく、獲物を痛ぶるようにゆっくりと私に近づいてきた。

このままじゃ捕まる。そう思うけれど、抵抗する方法がない。


「くっ」


どうしたら逃げられる?


棒を意味もなく振りまわし続けながら、私は逡巡する。

その瞬間だった。


「なぜ家にいない!」


少年の叫び声が聞こえた。

声の元に目線をやると、黒馬跨り甲冑を着た少年が私の方に駆け寄ってきた。


「シャァ!!」


そして、耳をつんざく悲鳴と共に魔物は真っ二つになり、そのまま霧のようにきえた。


「お前、なぜ、家にいなかった?魔物が迷い込んだと知らせてあったはずだ」


少年は、バイザーを上げて私を見下ろす。その瞳は湖畔のように澄んだ青さだった。

馬に乗るようにと手を差し出した。


「その、ごめんなさい。知らなくて」


私は助けてくれたので大丈夫だろうと判断して彼の手を取った。

少年は軽々と私を持ち上げて馬の上に乗せてくれた。


「もしかして、村八分なのか?全員に伝えろと言った筈なのに」


少年は村長の息子なのだろうか、私達が村とは距離を取って生活していることを知らないようだ。


「ち、違います。住んでいるところが違うので、知らせがなかったのかもしれません」


ほぼ関わりのない村人に何か言われたら気の毒だと思い私は、あまり上手ではない言い訳をした。


「そうか。とりあえず、送ろうか」


「ですが」


ミラベルからは誰とも接触するなと言われている。


「また、魔物が出たら助けられないぞ」


そう言われて、私は襲われそうになった事を思い出して、怖くなり頷く。

屋敷に着くと、少年が「この廃墟に人が住んでいたのか」と驚いたように呟くのが聞こえた。


「ここは、一人で住んでいるのか?」


思わず睨みつけると、少年は自分の失言に気がついたのか慌てて話を逸らした。


「いえ、乳母のミラベルと一緒に」


「そうか」


訳ありだと思ったのか少年はそれ以上は追求してこなかった。


「同じような事があったら困るから、名簿に名前を載せても良いだろうか?」


「かまいません」


誰かに私という存在を知られたら困るが、そのせいでミラベルも自分も危険に晒されるのは嫌だったので、勝手に頷いた。

そこで、私は助けてもらったのにお礼を言っていないことに気がつく。


「あの、ありがとうございました」


「別に、やるべきことをしただけだ」


私がお礼を言うと彼は苦笑いした。

きっと、村長の息子としてやるべきことをやっただけのつもりなのだろう。


「貴方は、素晴らしい村長さんになると思うわ」


「はっ!?あ、あぁ、ありがとう」


少年は一瞬だけ驚いた顔をして、すぐになんとも言えない表情に変わった。


「きっと、お父様も貴方のようなお子さんがいて嬉しいと思います。ですが、無理はしないで」


「……そうだと良いんだがな、じゃあ」


苦笑い混じりの言葉に、何か訳ありなのだろう。と私は思った。


「それでは」


二度と会うことなどないだろう。と思って私たちは別れの挨拶をした。

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