虚言
「タクシス侯、これは何たることか!?」
その日の夜、討伐軍の陣地では、激しい言い争いが起きていた。
口角泡を飛ばしてタクシスを糾弾するのは、王国直属軍の指揮を任せれている王国四大公爵の一人、メクレンブルク公だ。
王国直属軍と王国の諸貴族の連合から形成される討伐軍の大将として公爵という立場は、うってつけだったのだろう。
「誠にもって面目ない限り」
タクシス侯は、昼間のモーゼル河畔の戦いにおいて僅か六百のアルフォンス公国軍に対して千名で挑みかかったのに関わらず大敗を喫していた。
這う這うの体で味方と合流したタクシス侯の元に戻ってきた兵士は二百にも満たない有様だった。
「タクシス侯を擁護するわけではないですが、ここに集まる諸侯の中にはアルフォンスとの内通者がいるとも聞き及んでおります」
遠慮がちにエマニュエル伯が言った。
勿論、それはヴェルナールによる流言なのだが、緒戦での大敗を知ればその場にいる誰もが信じ込まずにはいられない。
「そ、そうなのです!きっと我が隊の進軍もアルフォンスに知られていたのでしょう!」
渡りに船とばかりにタクシス侯は、捲し立てた。
それを鼻で嗤うとメクレンブルク公は視線をエマニュエル伯へと向ける。
「確かエマニュエル伯は、アルフォンスと親友であったな?裏切り者はお主ではないのか?」
心胆を見透かすような疑い深い視線を向けられるがエマニュエル伯は動揺をみせない。
「よもや私をお疑いで?」
「普通に考えれば、そうなるだろう」
「ならばここに一つ、お耳に入れたい情報がございます」
溜め息をつくと、エマニュエル伯は前置きをした。
「既にご存知の方もいるでしょうが我が領内では、賊の活動が活発化しております」
「それが貴公が裏切り者でないことの証明となんの関わりがあるのだ?」
「実はこの賊、正規の兵士と見まごうほどの武装をしております。考えてもみていただきたい。我が家は、この戦において物資の輸送を担っております。そんな我が家に襲いかかる者達が正規兵のような格好をしている、何かおかしくありませんか?」
エマニュエル伯は内心ほくそ笑みながらつらつらと嘘を並べ立てた。
賊の領内活発化は、実は彼自身の自作自演なのだ。
ヴェルナールを守るために、どうやって討伐軍の足並みを乱すか、ヴェルナールとは別に彼の考えた計略だった。
糧食などが無ければ到底、戦争の続行は不可能。
そこにエマニュエル伯は目をつけたのだ。
「正規の兵士のような武装、間違いなく背後にどこかの貴族がついているとみて間違いないかもしれん。疑ってしまってすまなかったな」
平然とエマニュエル伯の並べ立てた嘘にメクレンブルク公は納得した。
「しかしながら、このまま行けばこの中にいる裏切り者によって被害の出る領地があるやもしれません」
エマニュエル伯は、最後にそう言うと口を閉ざした。
しかしその一言は、討伐軍内の結束を乱すには十分な一言だった。