リールの街
国境沿いの街、リールにはひどくピリついた空気が漂っていた。
わずか二百程度の国境警備の部隊しか置かれていなかった街に突然、十倍はある二千余の部隊が現れたのだ。
もちろん警備隊も即座に行動を起こした。
助けを求めるべく多くの使者を放った。
街の防衛態勢を整えようとした。
が、如何せん時間が足りなかった。
彼ら警備隊がベルジク軍に気付いてすぐ、ベルジク軍は足の速い軽騎兵を先行させたのだった。
準備も整わぬうちから三百程の軽騎兵に攻め込まれた警備隊は三十分にも満たない戦闘のうちに壊滅の憂き目をみることとなった。
結果としてヴェルナールがリールの街に到着する頃には、近隣の砦や城から駆けつけたリール救援のエドゥアール陣営の部隊とベルジク軍とが睨み合う状態となっていた。
「全くもって厄介な男だな」
「いっそ殺しましょうか?」
丘の上からリールの街の全貌を見下ろしながら物騒な言葉を交わす主従は勿論、ヴェルナールとノエルだ。
「それも検討するべきだろうなぁ……だが、多数の損失が出るのはいただけない」
「野心家ともなれば方々に恨みや反感を買っているでしょうから、身辺警護を計算に入れると組織の三分の一は飛ぶでしょうね」
アルフォンスの目とも評されるアルフォンス大公国の間諜たち。
能力の高さというのは、時間と労力と資金をかけていることの裏打ちである。
天塩にかけて育てた諜報部隊を失うのをヴェルナールが厭わないはずがなかった。
「なら今しばらくは却下だな。この動乱《ヴァロワ内戦》で潰せる機会を窺うとするか」
面倒事というのは往々にして単純には片付かない。
それを実感したのかヴェルナールが溜息をしながら馬へと跨った。
「出発されますか?」
「気は進まないがな……」
ノエルは頷くと自身の馬に跨り戦場で騎兵が持つ軍旗ほどの大きさの白旗を掲げた。
戦場で交渉に行く際、攻撃を受けないようにするためだ。
ゆるりと丘を下った二人の主従と五十騎余りの護衛(随伴員)は、睨み合う両軍の間に割って入った。
そして随伴員達を束ねるアンドレーがベルジク軍に向かって声高らかに用件を伝える。
「我が主、ヴェルナール・ラ・アルフォンス閣下は、同じユトランド評議会に列席する者として、ここにいるベルジク王国軍の最高指揮官との会談を望まれている。ついては会談の開催を要請したいっ!」
するとベルジク軍内で動きが見られた。
待たされること十分。
「ボードゥヴァン陛下から許可を賜った!某が、陛下の元まで案内致すゆえ、ついて参れ。ただし案内するのはアルフォンス公と従者二人までといたす!」
アルデュイナでの戦闘が尾を引いているのか、やや尊大ともとれる口調でベルジク側の指揮官が告げた。
「行くしかないか」
「戦闘の用意をしておきます」
ヴェルナールとノエルは短く言葉を交わすとそれぞれの獲物をお守りがあることを確認するかのように握った。
そしてヴェルナールとノエル、アンドレーの三人はベルジク軍が犇めくリールの街の中へと入っていった。




