妹にいい所を見せたい兄
――――ロワール州首府オルレアン市―――
「いたぞー追えっ!」
ヴェルナール達の馬車は後ろからシャルル陣営の騎兵、十騎程に追われていた。
それまで静かだったオルレアン市のそこかしこが今朝から悲鳴と怒号に溢れていたのだ。
街のそこかしこでシャルル陣営とエドゥアール陣営の兵士達が入り乱れての戦闘になっている。
というのも冬の間、川を挟んで睨み合っていただけの両陣営だったのだが、ちょうど今朝方、エドゥアール陣営が軍をオルレアンの市街へと後退させたことが市街戦になった原因なのだ。
双方の勢力が拮抗している以上、川を渡って攻勢に出るなど以ての外で両軍は動きが取れなかった。
一度、シャルル陣営の部隊がオルレアン市よりも少し下流での渡河作戦を行ったのだが、気付いたエドゥアール陣営の部隊がそれに対応、渡河作戦は失敗に終わっている。
それ故にどちらの陣営も積極的に兵を動かさなかったのだ。
その後退に乗じてシャルル陣営の部隊が街へと攻め入って来たのだから、オルレアン市庁舎にいて後退を知らされていないヴェルナール達は、明け方に叩き起されたのである。
「おいおい……マルタン市長、本当に大丈夫なんだろうな?」
「こうなるとは聞いてませんので、私もどうしたら良いものか……」
ヴェルナールは、四人乗りの馬車で対面座るオルレアン市長マルタンに問い掛けた。
顔面蒼白となったオルレアン市長は、まともな返答すらできない。
ちなみにヴェルナール、レティシア、ノエル、マルタンの一行は、石畳に馬車を軋ませながら全力の逃避行中だ。
「マルタン市長!我々は残り六騎となりました!」
「ぜ、全力で走れっ!」
「今のこれが全力なんですよっ!」
「それを何とかするのがお前たちの仕事だろう!?」
「いいですか?向こうは正規兵、こちらは所詮、自治組織の兵なんですよ!?差は歴然です!」
馬車の窓を挟んでオルレアン自治警備隊に所属する兵士とマルタンとが言い合う。
ヴェルナールは、焦りを通り越して呆れた顔になっている始末だ。
「ほらまた一人殺られた!残りは五人ですぞ!?」
「森林地帯まで後どれくらいあるんだ!?」
「今、ようやく街を抜けたところです!」
庁舎を出発した際に十五騎ほどいた自治警備隊の騎兵達は、一人一人と数を減らし今や僅かに五騎。
「いっそシャルル陣営に転がりこむか……でもなぁ……」
ヴェルナールが頭を抑えてそんなことを呟く。
「お兄様、それはダメですわ!」
すると即座にレティシアに咎められた。
「だってさ、どうするノエル?」
「私が時間稼ぎをしますか?」
ノエルがおずおずと申し出るが
「それもダメですわ!」
「それはダメだ」
と、兄弟揃って拒否された。
「お前に死なれるといろいろ困る」
ヴェルナールがノエルの頬をふにふにとつまみながら言った。
「家族を見捨てるわけにはいきませんもの!」
そう言うとレティシアもヴェルナールとは反対の頬をつまむ。
「柔らかいな」
「触り心地が素晴らしいですわね」
最初、真顔で二人にされるがままだったノエルは、だんだん眉間に皺を寄せると爆発した。
「そんなことしてる場合ではないのです!」
そう言われて慌ててヴェルナールは手を引っ込めると面倒くさそうな顔になった。
「なら俺らで切り抜けるしかないかぁ」
ヴェルナールは剣の鞘をそっと手繰り寄せた。
「お兄様の冴え渡る剣技、ここで見ておりますわ!」
がんばれー!と小さくガッツポーズをしたレティシアがそう言われると今まで心底面倒くさそうな顔をしていたヴェルナールは、キメ顔になって
「可愛い妹に言われちゃぁ、仕方ねぇ!二人分の馬を貸してもらうぞ!」
と芝居がかった口調で言い放った。
妹に、カッコつけたい兄なのである。
馬車が止まると
「ほ、本気なのですか!?これが夢なら覚めてくれ!」
と狼狽えるマルタンを尻目にノエルと二人、馬車を降りて自治警備隊の兵士の乗る馬を譲り受けた。




