百五頁 鳥 拾伍 『クソ親父』
百五頁
鳥 拾伍
『クソ親父』
食事を終え、三人で後片付けをした後、真央を部屋まで連れて行った後に、私は再びリビングに戻った。
「あっ、どうしたの? 優子」
母は、少し疲れている様に感じた。
「無理に陽気に振る舞ってたでしょ? 疲れたんだね?」
「だって、あなたが初めて連れて来てくれた友達に、悪い印象与えたく無いじゃん? 空回り、してたかな?」
「大丈夫だよ。でも別に、ありのままのお母さんで良いと思うけどね? いつも通りで良いよ? ってか、話しを聞いて欲しいんだけど」
「どうしたの?」
「真央……アイツさ、家庭環境がめちゃくちゃ劣悪なんだよ。父親と二人暮らしなんだけど、親父がアル中で、しかも……昔、自殺を強要されたりとかして……」
「はっ? 自殺を強要……? なにそれ? どういう事⁉︎」
「小さい頃に、父親に死ねって、死ねって何回も言われたらしいんだよ。その父親は今アル中になってて、その父親と二人で過ごしてる」
「めちゃくちゃヤバいじゃん‼︎ だから、連れて来たの?」
「うん。だって……可哀想じゃん……」
「当たり前だよ‼︎ そんなの……本当なの? どうにかしてあげないと!」
「お母さん……頼もしいな」
「……取り敢えず、うちに匿っておきなさい! だってあの子……ずっと涙ぐんでたもん。ただ、色んな料理があるってだけなのに……」
「私、助けたいんだよ。あの子の事。まだ方法なんて浮かばない。私なんかに、どうこう出来る事じゃ無いのかもしれない……でも……出来る限りの事を、してあげたいんだ。だから……いつでも、あの子をこの家に泊めてくれる許可が欲しい。私あの子の家に行ったの! ……あんな環境に、十六歳の女の子を閉じ込めて良い筈無い‼︎」
「その話しを聞いて、お母さんが、やめなさいって言うと思った?」
「思わない」
「分かってるなら、良いんだよ」
「うん! ありがとう。お母さん!」
これで、いつでも真央を家に泊めて良いって確約が付いた。でもどうする? 一生我が家で暮らして行くって訳にも行かないだろ? 取り敢えず、今日は頭使い過ぎたし、もういいか。部屋に戻り、真央と二人きりになった。
ヤベェェェェェェェェェェェエッ‼︎ 気不味いんだけど⁉︎ わ、私、二人きりで会話とかあんま得意じゃ無くてさ? さっきはやたらとお母さん喋ってくれるからほぼ無言で済んだけど、こっから何も喋らないのは地獄だよね⁉︎ 数ある地獄の中の一つだよねぇ⁉︎ どうしよ? 何か話し掛けるか?
「優子ちゃん……いや、優子? 何して遊ぶ?」
何か怖いんだよお前‼︎ ってかここでいきなり呼び捨てにシフトするの? 部屋に二人きりになっていきなりそれは怖いんだよ!
「遊ぶ? 私の家、あんま遊べる様な物無いんだよ」
私の家には、娯楽が少ない。ゲームも無いし、テレビもリビングにしか無い。普通の女の子って、部屋に友達を招いた時、何をして過ごしているのだろう?
「物なんて要らないよ! 召喚ごっこやらない⁉︎」
そんなごっこ、初めて聞いたんだけど?
「ごめん。初耳なんだよ。それ、どんな遊びなの?」
「だって優子、きょうこさんだっけ? 心の中に居るんだよね? 私も居るから! マコとマキとマロ! いつでも召喚出来るよ? その子達を召喚して、優子のきょうこさん達と会話をするの! ねぇねぇ? わくわくしない? そんなの、きっと楽しい筈だよ!」
嫌ダァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ‼︎ 架空の友達創ってる時点でヤバいのに、それを召喚して会話するとか激ヤバだろ⁉︎
「ちょっと今日は……きょうこ達体調悪そうだし……」
今日は、とか言っちゃったよ‼︎ 後日やんなきゃいけねぇのかそんな事⁉︎
「そっか残念。HP満タンの時にやろうね? 一人ずつ召喚させて会話したりしたいねぇ」
したく無ぇよ‼︎ 一人ずつ召喚させてって何だよ⁉︎ ポケモンバトルかよ⁉︎
「まぁ、また今度な……」
もう二度と、そんな遊びに誘われませんように……
「……じゃあさ! 話しをしようよ? 優子の地獄、教えてくれるんでしょ?」
そういえば、手紙にそんな事書いたんだった。
「あー……そういえば、そうだったね……」
「えっ? 嫌なの? 別に無理しなくて良いんだよ? 教えてくれるって言うから聞いたんだけど……」
その通りです。教えるって自分から言った事なのに何してんだ私……
「話すよ……たださ、真央の家行ったじゃん? そこでさ、こんな事言うの失礼だと思うけど、本物の地獄を見て……私の抱えてる地獄なんか大した事無いんだって思ったんだよ」
「んっ? 私の家そんなに地獄だった? 今は害無いし普通だよ? ただ、いつあの家追い出されるんだろって不安はあるけどね」
地獄じゃねぇか⁉︎ あの家に住むのも嫌レベルなのに、家を失う不安にまで苛まれるとか普通な訳無いだろ!
「私の地獄は、本当大した事無いよ。うちのお母さん、優しいよね?」
「うん! なんかね? 心が、あったかくなった」
「本当、最高のお母さんなんだ。たださ、親父がクソ過ぎてヤバいんだよ」
「お父さんが?」
「浮気、じゃ無くて不倫か。それを、堂々とやってる」
「えっ?」
「今からどれくらい前だろう。私が小学校四年の時だから八年位前か、十時頃に帰って来た父に無邪気に抱きつき言ったの。今日はオレンジの香りがするね、って。お父さん毎日違う匂いがするから面白い、って、そう言ったんだ」
「それって……不倫相手と濃厚な接触したから、その相手の香水の匂いが移ってしまったって事で合ってる?」
「うん」
「お母さんは、何も言わなかったの?」
「言ったの。それで、この二人の関係性に気付いたの」
「どういう事?」
「今まで私の聞いた事も無い暗い声でお母さんは言ったの。それはね? お母さん以外の女の人とイケナイ事をしているから、そんな匂いがするんだよ? 面白い事なんか、一つも無い。って、そう言ったの」
「そのリアクションから察するに、お母さんは不倫に気付いていたって事だよね?」
「うん。ってか、気付いてるとかいうレベルの話しじゃ無かった。その時の父の返事を覚えているんだよ」
「なんて言ったの?」
「あのクソ親父は、優子の前でそういう事言うなよ。俺が優子から嫌われたらどうするんだ? この家に居る時、居心地が悪くなるじゃないか? 結婚する時に決めただろ? 俺がそういう事しても咎めないと。だからお前を選んだのに。って言った」
「最低……」
「お母さんも言い返したの。あなたがしてる事、私咎めたかな? ただ、ありのままの事実を我が子に伝えただけなんだけど? あなたと結婚する時に交わした約束事からはみ出して無いと思うんだけど⁉︎ って言った」
お母さんはそんな生活、愚痴の一つでも言わないと、どうしても耐えられ無かったんだろうな。
「お父さんは、なんて言ったの?」
「……何も言わなかった。それでもまだ、自分は何も悪い事をしていないみたいな佇まいがキモかったのを覚えてる」
「そっか……」
「その一度だけ。お母さんが父を悪く言ったのは。ってか、さっき出かかってたけどね!」
「えっ? お姉さん……小鳥のお母さんが、良い事ばかりじゃ無いって言った事? 私あれ、めちゃくちゃ気になってたんだよ!」
「それそれ! もっと行けって思ってたんだけど、意外とお前、ちゃんと人の表情から気持ち汲み取れる奴なんだな?」
「どう思われてたの私? 無神経みたいな扱いされてた? もっと行けって、自分からじゃ聞き辛い事なんだね?」
「うん。うちのお母さんって、いつも明るく振る舞ってくれるの。そんなお母さんを、またあの時みたいな顔させたく無くて……」
「そっか。確かにめっちゃ良いお母さんだもん。優しいし、可愛いし。それ以降、不倫の追及は止めたんだ?」
「いや、やっぱりどうしても気になって、表向きは両親と良好な関係を築きながら、父親からの謎のアルバイトを請け負い、父の仕事の手伝いをする様に見せかけて、色々探ってるんだよ」
「そうなんだ⁉︎ お父さん、何の仕事してるの?」
「正直意味分かんない。蛇喰商店街って分かる?」
「分かるよ! 小学生の時に行った事ある。何か活気が無いっていうか、そもそもシャッター下ろしてる店多すぎだし、再訪する事は無いかなってイメージだった」
「うちのクソ親父は、その蛇喰商店街を再興する為に雇われてるアドバイザーなんだ」
「なにそれ? そんなのが仕事になるの?」
「意外と、お金になるらしい。私も、傘を持っているのに使わず、濡れながら適当に踊ってるだけで五千円くれるから」
「そんな仕事が、世の中にはあるんだね……」
「聞いた話しだと、最初は手付け金も無しに、商店街の来客数が増えたらっていう出来高払いでやり始めたらしい。クソ親父が二十四の歳から始めて、少しずつ信用を勝ち取って、今じゃ親父に依頼するだけで百万の金が掛かるらしい」
「百万⁉︎ お父さん、凄腕なんだね……」
「その分成功報酬は以前より下がってるって言ってた。でも確かに、あんな子供騙しの七不思議を広めただけで、蛇喰商店街の来客数は飛躍的に上がったんだよな」
「そうなんだ……何か、そういうの知ると、良いお父さんなのか悪いお父さんなのか、判断出来無くなって来ない?」
「完全に悪い父親だけどな……でも、どんだけ不倫しても、私達に豊かな生活を与えてくれている。こんな浮き沈みありそうな仕事だからさ、アイツが稼げなくなったら顔面踏み潰してやるって決めてる。そう思ってから、何年経つかな?」
「凄いねお父さん?」
「意味分かんない事業をここまで成立させてるのは凄いと思う。ただ、最近も帰り遅いし、調子乗ってんだよ」
「それって……」
「多分女。家に帰る時間バラバラな癖に、女には家族が待ってるからって言うらしい。商店街の死にかけのおっさん達が言う事だから信用出来ないけどね」
「今も……続いてるんだ?」
「だろうね。ってか、私の地獄なんてそんなもんだよ。真央の地獄に比べたら、些細な事だと思った……」
「……私ね? 優子の話し聞いて、少しだけ、心が軽くなったよ」
「はっ? なんで?」
「同じ様に、家族の事で悩んでる人が居るって事が、嬉しかった。勇気を、貰えたよ?」
「レベルが違うだろ? お前の家はS級ランクなんだよ。私の悩みなんて、大した事無かったよ」
「そんな事無いよ? 大変だなって思う。他人事だけどね? でも……確かに総合的に見ると私の方が不幸なのかも! なんかね? 可哀想って思われるの、嬉しいのかもしれない! もう良いよ? 思う存分私の事可哀想だと思ってみて⁉︎」
「急にどうした⁉︎ お前は、可哀想だと思われても、今までみたいに気丈に生きて行けるのか?」
「正直、本当はどうでも良いのかもしれない。自分の事も、他人の事も。でも、優子とか、晶とかさやかが、何故優しくしてくれるのが意味分かんなくて、私、おかしくなっちゃいそう」
「晶とかさやか? あぁ、あれ牛嶋と嶋牛の事だったのか? あとたまにそのワード使うけど、怖いからおかしくなんかなんなよ?」
「フフッ。良い意味でだよ? 悪い意味の時は、カタカナのオカシクなるって言うから!」
「良い意味のおかしくなるとか言われても訳分からんし。取り敢えず、悪い意味でだけはオカシクなんなよ?」
「うん! 約束するね!」
「そうだね。約束だよ」
その約束が破られる未来がすぐそばにある事を、私達は知る筈など無かった。




