百四十八頁 犬 弍拾壱 『猫宮イチカと犬養琴子』
百四十八頁
犬 弍拾壱
『猫宮イチカと犬養琴子』
ピンポーン
あたし達家族の運命を決めるチャイムが鳴り響いた。
父と母が玄関へ行き、ドアを開いた。あたしはその様子をこっそり覗き見していた。
「あれっ? わんちゃんは以前、ドアの前で聞き耳を立てていた猫に対して、陰険だと罵らなかったか? 堂々としろよと息巻いていなかったか?」
リビングのテーブルの前の椅子に座る猫宮に煽られた。
「別荘の時にあたしが言った事ほじくり返してんのかよ? ……まぁ、そうだな。悪いけど、今あたし必死だから、お前の煽りにリアクション取れねぇわ」
「へっ? わんちゃんらしく無いんだよ……猫が煽ったら、いつも頭おかしく返してくれるのに……それほど、真剣だという事なのか?」
分析すんなし。頭おかしくってなんだよ? 面白おかしくの間違いだろ? 今、お前にキレてる余裕無いんだよ。……ってかコイツ多分、猫宮家では自分が火を点けた事になってるの忘れてんだよな。あたしは……敢えてその事を質さなかった。理由をはっきり言えないけど、その方が良いと思ったんだ。ってあれっ? コイツいつも煽ってんの自覚してたって事? 随分舐め腐ってくれてたんじゃん腹立つなァァァァァァッ⁉︎ って……駄目。今猫宮と遊んでやる暇ねぇんだよ。
猫宮家の面々はスーツを着ており、タツヤだけは学生服だった。ってか、威圧感凄いのよ。もっとフランクな格好で来てよ。つってもウチの両親もスーツだし、あたしも学生服のままだけど。お通夜かよ……猫宮だけはTシャツに短パンという夏先取りの楽な部屋着だった。
「この度は、妹のイチカが……つまらない物ですが、お受け取り下さい」
先頭で喋り始めたこの人は多分、カズ兄と呼ばれている人だ。電話で聞いていた声だ。何か差し出して来たし……紙袋に入ってるけど、菓子折りかなにかか? ってか、猫宮の家族って意外としっかりしてんだな……娘こんなんだから舐めてたわ。
「ハァッ⁉︎ そんな、頂けません‼︎ ……いや、何故私達がそんな気遣いを受けるのですか⁉︎」
母は困惑していた。そうだよね。真実を把握しているのはあたしと猫宮だけなんだから。
「何故って、それは……」
「こんな狭い玄関にいつまでも立たせるのは失礼です。どうぞ、中へお入り下さい」
「……お邪魔、致します」
ヤベェ来る。猫宮家が騒動員で押し寄せて来やがる。
「……なぁ? 猫宮? ……お前、あたしの味方して、くれるよなぁ?」
藁にも縋る想いで猫宮に助けを乞うた。
「何を言っている? 猫は、いつでもわんちゃんの味方なんだよ?」
そうなの⁉︎ あぁ……弱った心に猫宮の優しい言葉が染み渡っていく。ありがとう猫宮、嘘くせぇけど、その言葉、信じて良いんだな?
「あたしの事、助けてくれるよな?」
猫宮は、ジトっとした目であたしを見て、小さく頷いた。
リビングに訪れた猫宮家の面々が、猫宮イチカの格好を見て、一気に険しい表情へと変化した。
「イチカ⁉︎ なんだそのだらしない格好は⁉︎ ここがどういう場か分かっているのかお前は⁉︎」
「アンタ⁉︎ ……見損なったよ。普段から世間知らずの甘えん坊だったけど、ここまで常識知らずに育てた覚え無いんだよ‼︎」
カズ兄と猫母が猫宮イチカを非難した。この二人の威圧感凄いな……タツヤ一言も喋んねぇし。ってか、もう一人は誰? 気弱そうなお爺さんが突っ立ってるんだけど? ……あれ? 前に家の話しになって、死んだおじいちゃんとおばあちゃんが残してくれた家とか言って無かったっけ? ……ヤバッ。また新たな霊見えたしあたし……
「何を言っているんだよ? ってか、そんな大人数で押し寄せて、恥ずかしいとは思わぬか⁉︎ 面倒臭いんだよ。猫家の者達は何故わざわざこんなにも傷付いているわんちゃん家に追い討ちを掛ける様な事をするか? 可哀想だとは思わぬか?」
あぁ……あたしの思惑と違う方にコイツ行っちゃってるわ。ここじゃ無いんだよお前が出張る所は。余計な正義感を振り翳すな。まだ黙ってろよ? 一箇所だけ、あたしに合わせてくれれば良いんだから。
「別に……良いではないか? みんな無事だったのだし……パオン太以外はね。そんなに金が欲しいか? 猫は、弱者を追い込んでまで得るお金など欲しいと思わない。今の生活に、不満など無いのだから! 毎日お母さんとお話しして、ご飯を食べて、部屋でサブスクで過去のアニメの名作を観る生活に不満など無いんだよ! まぁすぐ寝ちゃうから観たというのはおこがましいけど」
語るなよ鬱陶しい‼︎ 異変に気付くのは、お前の発言からじゃ駄目なんだよ。
「何を言ってるんだイチカ? お前、現状が分かっているのか?」
カズ兄がイチカに問い掛けた。猫宮の家族全員、困惑の表情を浮かべている。
「本当に、申し訳ありませんでした。娘がした事は簡単に済ませられる事ではありません。どんな償いでも、受け入れます……」
母の土下座に父も続き、謝罪の言葉を述べた。
「わたくし達家族は、どんな罰でも受け入れます」
あたしは、立ったまんま、猫宮家の動向を伺っていた。
「ちょっ⁉︎ どうなされたのですか⁉︎ 悪いのは、イチカじゃないですか⁉︎」
「えっ⁉︎ なっ……すいませんでしたァァァァァァッ‼︎ ……アァッ⁉︎ 何ボーッと突っ立ってんのさ⁉︎ アンタ達も頭下げなさい‼︎」
猫宮家の方々まで……イチカを除いた全員で土下座した。
この場に立っているのは、猫宮イチカとあたしだけ。猫宮イチカに、小声で呟いた。
「お願い……助けて?」
これで、意図は伝わったかな?
「ちょっ? これどういう事なんだよ⁉︎」
やっぱり、コイツ勘違いしっ放しだった。そろそろ、コイツのハテナも解消させておかないと。
「猫宮お前、自分の家ではあたしじゃ無く、お前が火事起こした事になってるの忘れたのか?」
「……あっ」
まぁ、忘れてたよね? さぁ、どうする?
両家総勢六名が土下座する異常な環境の中、あたしは、猫宮に小声で呟いた。
「猫宮? ……一生のお願い。お前が火を点けた事にして?」
「……はっ? 本気かわんちゃん……」
「本気だよ?」
あたしが家族を守るんだ。どんな、汚い手を使っても。
「いやだって……自分で認めていたではないか⁉︎ 両親に、火を点けたのは自分だとカミングアウトしたではないか!」
「そうだよ。でも、お前もしてたよね? 家族にカミングアウト。消火しに来た母親に、自分がやったって言ったよね⁉︎ 食い違うんだよ。話しが食い違った時に、お前は自分がやったって言えば美談で終わるから」
「美談⁉︎ 本気で言っているのかわんちゃん⁉︎」
「あぁそうだよ? 必ずそうなるから、少し見てなよ」
頭を下げたまま、母が猫宮家に言った。
「ウチの娘が火を点けたんですよ? どうか、どうか頭を上げて下さい」
そして、猫宮家の長男が返答する。
「ハァッ⁉︎ あっ、すいません。……あの? それは、どういう事でしょうか? 火を点けたのは、イチカだと聞いておりますが?」
計画通り、食い違った。
「えっ? どういう事ですか⁉︎ 火を点けたのは琴子で……」
「火を点けたのはイチカです! 本人がそう言っていましたから」
「琴子も、火を点けたのは自分だと言いました……」
「ここだよ、猫宮」
猫宮に囁いた。
「へっ?」
「お前、あたしの味方してくれるって言ったよな? ここなんだよ。今の状況を、分かりやすく解説してやるよ」
「うん。まるで意味不明だったから助かるんだよ」
「今の状況、あたしと猫宮が自分が火を点けたと自分の家族にカミングアウトしてる。すると、話しが食い違う。そうなるとどうなると思う?」
「別の第三者が火を点けた事になる⁉︎」
何故そうなる? 答えぶっとんでんな? 知らない人からすればその選択肢もあるだろうけど、真実知ってんのにそこに行き着くのはイカれてるわ。
「違う違う。あたしとお前のどっちかが、どっちかを庇ってるってなる訳よ。お互い庇い合っていたけど、本当の本当は猫宮が火を点けた事にしてくれれば、猫宮の家でお前が火事起こした事が真実になるだろ? 罪の重さを考えてくれよ? あたしがお前の家で火事を起こすのと、お前がお前の家で火事を起こすの、どっちが重い? 助けてくれよ。なぁ猫宮? 友達だろ?」
コイツは意外とこういう時に身を呈する。それに、あたしの家族の優しさに触れ、見離せなくなっている筈。コイツは、あたしの申し入れを断らない可能性が高い。
えっ…………
見つめていた猫宮の瞳が、黄色く発光していく様に錯覚した。……コイツ、多分マジギレしてる。コイツがここまでキレてるの、初めて見た。
「……はぁ。分かったんだよ。わんちゃんの言う通りにするよ」
「……猫宮、悪いな」
「でも、もう二度と、猫を友達扱いしないで」
「えっ?」
「お前はいつもそう。自分の都合の良いレールに乗る為なら、平気で猫を蹴落とすんだよ。猫は、わんちゃんの事まぁまぁ知っているつもりだよ? 中学生からの仲だし。だから、分かるんだよ。そのありがとうに、お前の気持ちが全く込もっていない事が分かるんだよ。だから、二度と私に友達という言葉を使わないで」
…………
土下座する両家に向かい、猫宮が言った。
「猫の、イチカの話しを聞いて欲しいんだよ! わんちゃんは、猫を庇って、わん母とわん父に自分が火を点けたと嘘を吐いたんだよ。話しが食い違ってしまってるのは、そのせいなんだよ。猫が全部悪いのに、ごめんなさい。わん母、わん父、本当にごめんなさい‼︎」
猫宮が土下座した。こんな空気の中、懺悔するの辛かっただろうな……本当は、あたしの役目なのに。
「えっ⁉︎ 猫ちゃん⁉︎ なんで……?」
母が猫宮に尋ねた。
「猫のせいなんです。すいませんでした」
これで良いんだよね? あたし、守れたよね? 家族を……
猫宮の言葉が頭の中を何回も何回もリフレインする。
二度と私に友達という言葉を使わないで




