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スクリーム・ノート III  作者: 藤沢凪
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百四十四頁    犬 拾玖   『正常じゃない』

 百四十四頁

 

 犬 拾玖

 

『正常じゃない』

 

 猫宮の兄貴とドMが帰ったのは、午後九時をゆうに越えていた。

 

 ってか、意外と猫宮の兄貴はまともだったな。友達のドM太郎がヤバ過ぎだったんだけど? まぁいっか。あたし関係無いし。

 

 ゲームを片付けて、遅めの晩御飯を食べる事になった。今日は、あたしの大好物のロールキャベツだ! ……でも、空気が重い。

 

 テーブルの上に、四人分の食事が用意された。

 

「いただきます」

 

 四人の声が揃い、あたしは箸を握ろうとした。その時……

 

「琴子待ちなさい」

 

 やっぱ、来るよね。猫宮はちょっとだけ止まってこちらの様子を伺った後、ロールキャベツに箸を入れて食べやすい大きさにし、摘んで口に頬張った。

 

「お母さん……?」

 

 やっぱり、あの事だよね?

 

「火を点けたって、どういう事なの?」

 

 やっぱその事じゃん⁉︎ 大好物のロールキャベツが目の前にあるのにさァァァァッ‼︎

 

「あの……それは、その……」

 

 取り敢えず口籠った。猫宮? なんか良いパス出してくれよ? って想いで視線を向けると、我関せずといった表情で箸で米を口に運んでいた。ってか、お前箸の持ち方汚ねぇな⁉︎ 握り拳になってるけどそれどうやって箸動かしてんだよ⁉︎

 

「どうしたの⁉︎ 起こった事を、正直に言いなさい‼︎」

 

 猫宮ァァァァァァ? あたし、なんて言えば良いの? ねぇ……? 普通に飯食ってんじゃねぇよコノヤロォッ‼︎ あたしの大好物をあたしが追い詰められてる横でムシャムシャ食ってんじゃねぇよ‼︎

 

「あ、あたし、あたしは……」

 

 ねぇェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェッ⁉︎ なんて言うのが正解なの⁉︎ 教えてよ……誰か、誰でもいいから、教えてよ……

 

「勇作さん? あなたも箸を置いて?」

 

 お父さんも、あたしの隣でムシャムシャ飯食ってた。ってか、何でこの並びなの? あたしと母は向かい合わせで、母の隣には猫宮が座っていた。

 

「ふぇっ? あぁ、ごめん」

 

 あたしの隣に座るお父さんが応えた。

 

「事の重大さが分かってるのあなた⁉︎ もしも、琴子が猫ちゃんの部屋に火を点けたというのなら、私達は全ての財産を投げ打ってでも猫宮家に謝罪しないといけない‼︎ もしかしたら明日、この家が無くなるかもしれないんだよ? 今この場で、飯食って良いのは猫ちゃんだけ‼︎ 琴子の話しを、あなたもちゃんと聞いて⁉︎」

 

「ゴメン……目の前にさ、とても美味しい料理が並んでいるものだから、とても美味しいであろう温かい内に食べたいと思っただけなんだ……なぁ恵子? 考え方を少し、変えてみないか? 今の君は、未来の不安に押し潰されそうになっている。正常じゃ、無いんだよ」

 

「正常……そんなんで、いられる訳無いじゃない⁉︎ 今さっき、琴子を問い詰めた時に分かった。表情を見てれば分かる、この子が、本当に火を点けたんだって……まさかと思っていた。琴子は、自慢の娘だし、そんな事する筈無いって思い込もうとして、マリパやって、平常心を取り戻そうとしてたの。でも、本当は不安だった! だから、三位なんていう順位に甘んじたのよ‼︎」

 

 ……お母さん? 無意識に、自分の順位が低かったのを心の乱れのせいにしているよ?

 

「落ち着くんだ恵子‼︎ なぁ? 琴子、猫ちゃん? 教えてくれ、琴子の火事によって、誰かが怪我をしたりはしたか?」

 

「無い……でも、猫宮の大切にしているヌイグルミを、燃やしちゃった……」

 

 あたしが今、取り憑かれてるやつね。

 

「二人の様子を見ていて、命の危険は無かったんだなって思っていた。ヌイグルミ……ゴメンよ猫ちゃん? 大切にしていたヌイグルミを、琴子が燃やしてしまったんだね?」

 

「へっ? 猫は、気にして無いんだよ。燃えたと言ってもちょっとしたボヤ程度だし、燃えてしまったヌイグルミも、古くなって捨てようと思っていた物だったから、逆に有難かった程なんだよ」

 

 やめてよ……ちょっとしたボヤで済まされるものじゃ無かった。ヌイグルミ、パオン太の事、とっても大切にしてたんでしょ? 庇わないでよ。

 

 ……パオン太の気配が、すぐ傍まで来てるんだよ? 多分だけど、そんな勇気無いけど、もしも振り返ったとしたらそこに居るんでしょ? テメェが良かれと思ってパオン太の尊厳を犠牲にしてあたしを庇ったら、あたしに取り憑いてやがるパオン太の怨霊が頭の中引っ掻き回して来んだよォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ‼︎ 余計な世話要らねぇから! もう、いいからァァ……正直に全部、話してよ。

 

「本当かい? 猫ちゃん?」

 

「うん。あと……おかわり欲しいんだよ」

 

 そういう所正直になれって言ってんじゃねぇんだよなァァァァァァァッ⁉︎ あぁ……なんか、頭がピキピキして来た! パオン太の仕業だコレ⁉︎ 嫌だァ、嫌だァ……もう、アレだけは勘弁してよぉ……

 

「本当だったのね……火事を、起こした事」

 

 あぁ、あぁぁぁ……パオン太ぁ? もう、やめてね……

 

「うん。ご、ごべんなざァァァァァァッあぁあぁあ……」

 

「勇作さん……私達、どうしよう……」

 

 ほ、崩壊⁉︎ あたしの過ちのせいで、あたしの大好きな家族が、崩壊してしまう……嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。ゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさい……

 

 もお、分かったから。火っていうのが、どれだけ恐ろしいものか分かったから‼︎ だからもう、許して下さい。猫宮家の方々全員に、土下座して回るから‼︎ だからもうこれ以上、あたしの大切な家族を壊さないで……

 

「猫ちゃん? いや、猫宮イチカちゃん。本当に、すまなかった」

 

 お父さんが、席を離れ、猫宮に土下座をした。

 

「へっ? そういうの、困るんだよ……」

 

 父は顔を上げ、元の椅子に戻った。

 

「琴子? 傷付いたり、亡くなった人がいなくて、良かったよ」

 

 はっ? はァァァァァァッ⁉︎

 

「なんで……? なんでこんなあたしに、そんな優しい言葉をくれるの?」

 

「あなた分かってるの⁉︎ 私達には、火事を起こした責任が——」

 

「金や地位や権利を無くす。だから琴子を責めるのか? 違うだろ? 失うのは、金や地位や権利だけだ」

 

「それを無くしたら、私達は……」

 

「まだそんな事を言っているのか⁉︎ 琴子が猫ちゃん、いや猫宮さんの家で火事を起こしてしまったという時点で、俺達は腹を括るのが本来あるべき姿だ! 家を失うなんて、仕事を無くすなんて当たり前の事だろ! 恵子、君はまだ、助かろうとなんて考えているんじゃないのか? 人の家に火を点けてしまった時点で、家も財産も全て失うのは仕方のない事じゃないのか⁉︎」

 

 えっ、えェェェェェェェェェェェェェェェェェェうゥゥエェェェェェェェェェェェェェェェェェェン……ヒィィッィィィィッ……嫌だぁ、嫌だぁ、ごべんなざい。ねごみやごべんなざいィィィィ……だがら、だからぁ……あだじのがぞぐにひどいごとじないでよォォォォォ……

 

「だって、あなた……」

 

「ちゃんと、考えてみろ! それで、誰かが死んでいたとしたら、どうする?」

 

「えっ……?」

 

「その時は、家族全員で首を吊って謝るんだよ‼︎ そうじゃ無いだけ良かった。家や財産を失う位、それに比べたらちっぽけなもんだろ?」

 

「あなた……」

 

「猫ちゃん、じゃなくて猫宮さんの前で、そんなお金とかなんとかで揉めてる姿を見せるの自体が失礼なんだ。受け入れて、俺達は次の生活を思い浮かべる事しか出来ない」

 

 次の、生活って?

 

「三人で、ホームレスって、事だよね?」

 

 ハァァァッ⁉︎ マジで⁉︎ マジかよ⁉︎ い、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 

 あたしのせいで、大好きなお父さんとお母さんを、不幸にするのなんて嫌だ。

 

「だな! 三人、家族一緒なら、俺は、楽しそうとまで思ってしまうんだ!」

 

 イカれてんのか? 家族でホームレスとか楽しい訳無いじゃん⁉︎

 

「そうね……私の考えが甘かった。琴子? ゴメン。間違う事は誰にだってある。三人で、しぶとく、そして楽しく、生きていこうね?」

 

 嫌ダァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ‼︎ あたしは嫌ダァ……まだ十七歳だよ? ろ、路上生活なんて……でもあたしのせいだし……

 

「あ、あの……」

 

「ね、猫宮⁉︎」

 

 この流れ止めてくれんのか⁉︎

 

「ごちそうさまでした」

 

「だからなんだよ⁉︎」

 

 今そんな言葉要らねぇんだよ‼︎

 

「またわんちゃんは……これからお前にとって良い事を言ってあげるのだから、大人しくおすわりをして良い子に待っていれば良いんだよ‼︎ ってか、話し聞いていたのだけれど、猫の家はリフォームする事が元々決まっていたようだから、気にする必要無いんだよ。家族でホームレスとか、そこまで追いやってしまったとかなると、逆に猫の良心が痛むんだよ! わん父の心掛けはとても良いとは思うが、その心掛けを受けた側の事まで考えられていないんだよ‼︎ それでわんちゃんファミリーがホームレスになったら、戦犯は猫ではないか⁉︎ 猫はその事を一生悔やんで生きていく事になるんだよ⁉︎」

 

 あぁ……さっき怒鳴ってゴメン……ってか戦犯は確実にあたしだから。

 

「でも、この事を黙っておく訳にはいかない。ちゃんと話しをして、猫宮さんの親御さんから適切な制裁を俺達は受けなければ——」

 

「その考え方がまるで見当違いなんだよ‼︎ 今回の事での一番の被害者は誰か? 猫なんだよ‼︎ 部屋を燃やされ、パオン太まで失った。その上、大好きなわん母や、わん父まで地獄に堕とす結末になったら、猫は自分自身の事が大嫌いになるんだよ‼︎ 猫はこのまま有耶無耶のままにしたいと言っている‼︎ それが猫の願いだ! 何故抗うか⁉︎ わん父の言う事は正しく見えるよ? でも、一番の被害者の猫の気持ちを、蔑ろにしてるのではないのか⁉︎ 猫の気持ちを無視して、親同士で話し合うというのか⁉︎ 見損なったんだよ。どおりでマリオパーティーが猫より弱いんだよ‼︎」

 

 それは関係無いだろ⁉︎ あと、大好きの中にあたし入って無いんだけど? そりゃ部屋燃やされた訳だしそうだろうけど、あからさまにハブられると傷付くだろ⁉︎

 

「でも、娘の過ちを黙っておく事なんて……そうか、これが、エゴってやつなのか……」

 

 なんだかんだ、猫宮は父を止めてくれた。

 

「そうなんだよ。わん父? また一つ大人になれた様だね」

 

 餓鬼が何を言っている? でも、ありがとな猫宮。

 

 プルル、プルル。プルル、プルル。

 

 その時、猫宮の携帯電話が鳴った。

 

「はいもしもし?」

 

 またコイツは、ディスプレイで誰から掛かって来たのかも確認せずに通話を始めた。

 

「イチカか?」

 

 そしてまたスピーカーにしている。癖なのか? 何故周りに居る人に通話を聞かせたいんだよお前は?

 

「カズ兄か! どうしたんだよ?」

 

 本当にカズ兄の方なの? タツ兄の方なんじゃないの?

 

「あぁ、母さんから一通り話しを聞いたよ。今、犬養さんの家に泊めてもらってるんだってな? 明日、話しをしにお邪魔させて頂きたいんだけど、みなさんが揃っている時間帯を教えてくれないか?」

 

 へっ? イィィィィィィィィィィィィィィィィッ⁉︎ 急に⁉︎ 急に運命ってヤツがあたし達家族を追い詰めてくんだけど⁉︎

 

「えっ? 何の話しか……別にもう猫はこれで良いと言ってるのだから良いんだよ!」

 

 あれっ? なんかが違う……そうだ‼︎ さっきまで反省モードだったから忘れてたけど、コイツの家では猫宮が火事を起こした事になってて、犬養家は猫家ではそうなっている事を把握し切れていない‼︎

 

「イチカが良くても大人同士の話し合いってものがあるんだよ。後の事は、オレ達に任せろ」

 

 これまさか、すれ違ってる? 猫宮気付けよ⁉︎ お前の家ではお前が火事起こした事になってんの思い出せやァァァァァァッ⁉︎

 

「なんで……猫はもういいよって言ってるのに……これ以上、この二人を追い詰める様な事したく無いんだよ……」

 

 だから気付けよ馬鹿猫がァッ‼︎ あと、二人ってなんだよ? ハブられてんのあたしだよなァッ⁉︎ なんであたしだけその輪に入れてくんねぇんだよ⁉︎ あたしの事は追い詰めても平気なのかよ⁉︎

 

「猫ちゃん……? もういいんだ。聞こえていますか? 猫宮さんのご家族の方」

 

 お父さんダメッ‼︎ 喋らないでよもう……

 

「犬養さんのご家族の方ですか⁉︎ この度は……まずは、イチカを泊めて頂いて、ありがとうございます」

 

 ややこしくなるだけだから‼︎

 

「そんなお言葉、勿体無いです。明日ですよね? いつでも時間を作ります」

 

「いや……本当にご都合の良い時間で良いんです。そんなお言葉、勿体無いです」

 

 ほらややこしくなったァッ‼︎ お互い加害者だと思ってるから謙遜し合ってるし‼︎ 自分の都合に合わせて貰うの勿体無いと思い合っちゃってるし‼︎

 

「午後八時など、どうでしょうか? 全然、他の時間でも大丈夫ですけど……」

 

「午後八時! なんならめちゃくちゃ都合良い時間です。それでは、明日午後八時、お伺いします」

 

 マジかよォォォォッ⁉︎ なァ猫宮ッ⁉︎ なぁ……? 頼むよ。どうにかしてくれよ……

 

「大人同士で、話しを進めるなよ⁉︎」

 

 あ、あ、猫宮ァッ‼︎ 助けて? 助けて⁉︎

 

「猫ちゃん? 俺達を庇ってくれて、ありがとう……」

 

 もう本当……黙っててよォッ‼︎

 

「猫はいつまでも蚊帳の外か⁉︎ いくら温厚な猫でも、腹が立つってもんなんだよ‼︎ カズ兄‼︎ イチカは、ここの住所を教えないんだよ‼︎ 為す術無く途方に暮れれば良いんだよ‼︎」

 

 なるほど! いいぞ猫宮! それで押し通せ‼︎

 

「いや、タツヤが知ってるから。犬養さんの家の場所は分かるからナビしてくれなくて大丈夫だよ」

 

「アイツもグルかァァァァァァァァァァァァッ‼︎」

 

 なァッ⁉︎ 初めて猫宮とシンクロしたわ‼︎ アイツもグルかよ‼︎ ってか……アイツを家に呼び寄せたの、あたしだわ。

 

「猫ちゃん落ち着いて? その気持ちだけで、私達は救われたわ」

 

 お母さん……

 

「それでは明日、午後八時、わたくしと父と母、タツヤを連れて伺わせて貰います」

 

 総動員かよッ⁉︎ 怖ぇんだけど……

 

「はい。お待ちしております……」

 

 震えた声で母は応えた。通話が切れた。母の左の瞳から、一筋の涙が溢れた。嗚咽を、我慢している様に見えた。

 

 ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。あたしの大好物のロールキャベツは冷え切ってしまい、食欲も無くなってしまったので、あたしと母の分はラップをして冷蔵庫に保存する事にした。

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