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スクリーム・ノート III  作者: 藤沢凪
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百四十三頁    猫 弍拾参   『翔太君』

 百四十三頁

 

 猫 弍拾参

 

『翔太君』

 

「タツ兄……」

 

 なんか、気不味いんだよ。わん母は猫が盗み聞きしてる事を知ってたのなら、こうなる事を予想して話しを誘導していたんだよね? ……何故そんな事をするか? あっ、猫が家族から虐待受けてる的な話しの真偽も確かめたかったのかもしれない。全部、全部わんちゃんのせいではないか⁉︎

 

「あっ! イチカちゃん久しぶり! 本当久しぶりだね? 僕の事分かるかい?」

 

 タツ兄の友達が話し掛けて来た。

 

「翔太君……」

 

「わぁ! 嬉しいなぁ!」

 

 変わらないなぁ。翔太君はあの頃のままの、優しい雰囲気を醸し出しているんだよ。

 

「イチカ……一緒に、マリパやるか?」

 

 …………

 

「やらない」

 

「そっか」

 

「はっ? 猫宮何ヒヨってんだよ? ほら、最強のあたしがチーム組んでやるから」

 

「イチカちゃんやろーよ? 久しぶりに会えたんだからさ?」

 

 わんちゃんと翔太君が引き留めてくれる。でも……

 

「やらない……猫、やらないもん」

 

 みんなに、背を向けた。

 

「……待てよ‼︎」

 

 タツ兄が、猫の事を引き留めた。

 

「五月蝿いんだよ。お前が、猫に、何の用があるというのか?」

 

「なぁ? ……なんで、お前俺の事が嫌いなんだよ。どうにかしたいって、ずっと思ってた。でも、なんだろ……意地張ってたのかな。お前と向き合う事避けてた」

 

「はっ?」

 

「はっ? てなんだよ。……昔は、よく一緒に遊んだだろぉが⁉︎ 急に嫌いとかなんなんだよ⁉︎ 俺は……俺、傷付いてたんだぞ⁉︎」

 

 怒りが込み上げて来た。

 

「お前が言ったんだろ⁉︎ 猫が来ると、笑われるって。お前は馬鹿過ぎだから、付いて来んなって言ったではないか⁉︎」

 

「……はっ? 俺そんな事言ったァ⁉︎」

 

 覚えてすら無いんだよ⁉︎ なんだよ。なんなんだよ⁉︎ 猫の人生を変えた言葉を、当事者が覚えてさえいない……

 

「ね、猫わぁ……猫、うわァァァァァァァァァァァァン……」

 

「いやイチカ? なんかの勘違いなんじゃないのか?」

 

「ぢがうもぉん。ぢがう……タツ兄言っだもぉぉぉぉぉぉぉぉん‼︎」

 

「泣くなよ⁉︎ 恥ずいだろ⁉︎」

 

「大丈夫ですよお兄さん? 慣れてるんで」

 

 世間体を気にした兄に、わんちゃんが補正を加えた。

 

「その言葉、僕聞いてたよ。その時、僕も居たんだ」

 

「へぁっ? 翔太君? 八年位前の話しだよ? 覚えてる訳ないんだよ」

 

 覚えていたら逆に気持ち悪いレベルなんだよ。

 

「あの時の事、僕は鮮明に覚えているんだ」

 

 鮮明に?

 

「……なんで?」

 

 猫もちゃんと覚えていないのに……それから翔太君は、その当時の出来事を語り始めた。

 

「僕とタツヤはとても仲が良くて、毎日一緒に遊んでいた。他の同級生も交える事が多かったけど、僕とタツヤの面子だけは変わらなかったよね? イチカちゃんは幼稚園の頃から一緒に遊んだよね? 始めはおどおどしていていたけど、暫くすると一緒にかけっこしたり、ブランコしたりして遊んだね? イチカちゃんが小学校に上がって、ヤンチャ加減がヒートアップしていった。僕がブランコに乗っていると、横から加速を付けて降りられない様にしたり。犬かなんかの糞を棒に突き刺して僕を追いかけ回したり。ジャングルジムの上まで登れと言われて登ってみたら、大きな石を投げつけられて頂上から落とされたり。数え上げたらキリが無いくらいだよ」

 

 ハァッ⁉︎ 猫そんな事までしてたの⁉︎ 犬の糞のやつしか覚えて無かった。嫌われて当然なんだよ。

 

「タツヤには、いつも俺の妹がゴメンって、謝られてたんだ。僕はいつも同じ返事を返していたよ。他のみんなも笑ってくれるし、イチカちゃんも楽しそうなんだから、良いじゃないかってね」

 

 そうだったのか……翔太君の泣き喚く姿があまりにも面白かったから、猫は気付かなかった。タツ兄は、翔太君と特に仲が良かったから気に掛けていたんだ。翔太君が傷付いていないか、気を配っていたんだ。

 

「ある日、いつもと同じ様な流れの時。イチカちゃんが犬糞棒を持って僕を追いかけていた時、僕が転んでしまったんだ。タツヤ以外の他の子達は笑っていて、イチカちゃんは、どうしよう、みたいに固まってた。他の子達は、イチカやれよー! みたいに言ってたけど、イチカちゃんは震えていた。僕は、ヒィィッて叫びながらイチカちゃんに、やれって目で合図したんだ。そして、イチカちゃんに顔面犬糞棒を浴びせられた」

 

 あれ、犬糞棒って名前だったんだ……

 

「みんな大爆笑だったよ! イチカちゃんとタツヤ以外はね。みんなと別れた後、帰り道が一緒のタツヤに言われたんだ。マジで、ゴメン。俺の妹が……ってね。その後ろに、イチカちゃんも居たんだ」

 

 淡くだけど、覚えてる。その時なんだよ……

 

「僕は、みんな笑ってくれたから良いんだよ、って言った。でも、タツヤは後ろを振り返って、イチカちゃんに怒鳴ったんだ。お前もう来んなよ⁉︎ お前馬鹿過ぎんだよ‼︎ マジ俺も笑われるから……もう来んなよ⁉︎ そう言った」

 

 ……そうなんだよ。タツ兄? 覚えているか?

 

「そんな言い方したっけ? まぁ、なんとなくそんな事言った記憶がある」

 

 ふざけるな。

 

「猫が……イチカがそれでどれだけ傷付いていたかお前に分かるか⁉︎ イチカは、イチカは……それで、タツ兄の事が嫌いになったんだよ……」

 

「そうだったのかよ⁉︎ 言えよ‼︎」

 

 はっ?

 

「ハァァァァァァァッ⁉︎ そんな暴言を浴びせられて、傷付いた猫に、その事を咎める力はもう残されていなかったんだよ‼︎」

 

「そうだったのか……あれはな? お前の事が心配で言った言葉だったんだ。ごめんな。俺は、アフターフォローを蔑ろにしてしまった」

 

「……? タツ兄は、何を言っている?」

 

「コイツの話しの続きを聞けば、分かると思うよ」

 

 コイツ? 翔太君の事か? こんな優しい友人にお前は、罪を擦り付けようとしているか? タツ兄と視線を交えた翔太君が、話しの続きを語らい始めた。

 

「それから、イチカちゃんは顔を出さなくなった。僕に、性の悦びを教えてくれた刹那、僕から遠ざかったんだ」

 

 へっ?

 

「僕は、ドMだ。初めてそれを自覚し興奮したのは、犬糞棒をイチカちゃんに顔面に押し付けられた時だったんだ」

 

 ちょっ、何言ってるんだよ?

 

「イチカちゃんに虐められていた日々が、僕の最高地点なんだ。あれ以上に興奮した経験が、無いんだよ」

 

 ……だから、何言ってんの?

 

「同級生は……良い奴ばっかりで、僕が悪戯されてヒィィィィッみたいなリアクションしても、あっ……ゴメン……みたいになるんだ。誰も……誰も僕の事を虐めてくれない。でも、虐められたとしても、あの時の様な興奮は僕には無かったのだろう。だって、君じゃ無いから。僕の性癖を自覚させてくれた君じゃ無いのなら、誰に虐められたってきっと僕は満たされ無かったんだよ‼︎」

 

 ナニコレ? 告白でもされたのかと勘違いしてしまう程の熱量なんだよ。

 

「コイツ、結構ヤバいんだよ。俺の言い方がキツかったのはゴメン。でも、コイツと距離を置かせないとと思っていたんだよ」

 

 そうなの⁉︎ ってか……色んな想いが交錯し合ってて訳分からないんだよ⁉︎

 

「どういう事だタツヤ⁉︎ 僕がイチカちゃんに悪い事する筈無いだろ⁉︎ だって僕は、イチカちゃんに虐めてもらいたいだけなんだから‼︎ 酷い事なんてする筈無いだろ⁉︎」

 

 えっ? こわぁ……

 

「いや、その当時は分からなかったんだよ。翔太が、イチカの事が好き過ぎて、ストーカーみたいになるんじゃないかって危機感があった。その位危うかったよ、あの頃のお前は……」

 

「僕が、危うかった? ……今でも、タツヤはそう思うのかい?」

 

 まともに見えるけどなぁ。さっき一瞬だけヤバいの見えたけど。

 

「今は大丈夫! ヤバいのは変わらないけど、犯罪者の匂いはしなかったから。イチカを付け回したりはしなかったもんな? そして、もうみんな大人になったからさ」

 

 みんなまだ、未成年なんだよ。猫はなんか……ちょっち怖いんだけど?

 

「僕の、好きにして良いって事だよね?」

 

 翔太君? そのセリフもちょっち怖いんだよ。

 

「これからは、自己責任で」

 

 タツヤ君⁉︎ そのセリフはただただ投げやりなんだよ⁉︎

 

「タツ兄⁉︎ ……ゴメンなさい。今まで、嫌ってるふりして、ゴメンなさい‼︎ 猫は……守って欲しいんだよ。タツ兄に、ずっと守られたいんだよ……」

 

 だって……あなたの友達怖いんだよ⁉︎ 抑止してよ……

 

「イチカちゃん⁉︎ 何故僕を遠ざけるの……まぁそうか。八年振りだもんね? 徐々に、距離を縮めていこうね?」

 

「ヒィィィィィィッ‼︎ タツ兄⁉︎ コイツ猫の事これから付け回すつもりなんだよ⁉︎ やめさせてあげてよ⁉︎」

 

「まさか? そんな事しねぇよな翔太?」

 

「……勿論だよ」

 

 間があったんだよ⁉︎

 

「イチカ? あの時の俺の言葉でお前が傷付いてたなんて知らなかった。ちゃんと謝る。ゴメンなさい……」

 

 ……一難去ってまた一難とはこの事なんだよ。タツ兄からの誤解から生まれた呪縛からは解放された。でも、新たな脅威が迫っているではないか⁉︎ 何故猫の人生はこんなにも不幸かッ⁉︎

 

「タツ兄の気持ちは分かったんだよ。ちゃんと、理解出来たんだよ。相談なのだけど、これからも猫、じゃなくてイチカの事守って欲しいんだよ……」

 

 それがお前の贖罪なんだよ。猫に嫌な事を言った事実は変わらないのだから。

 

「俺達はもう、大人だからさ?」

 

 役目終えたがってない?

 

「それの一点張りだなァ⁉︎ 猫が守って欲しいと言っている、それに尽くすのが兄貴の務めなのではないか⁉︎」

 

「そんな事無いさ! それに、翔太は良い奴だから!」

 

 人は、醜い生き物なんだよ。友人の妹でさえ、愛に取り憑かれてしまえば危害を与える対象になってしまう程に。そんなストーリーを、なんかのアニメで観たんだよ。

 

「イチカちゃん? さっきは、コイツって言ってくれて、どうもありがとう」

 

 嫌ァァァァァァッ‼︎ ね、猫がコイツって言ってしまった事、このドMは悦んでいるんだよ⁉︎

 

「うん……取り敢えずマリパでもしよっか?」

 

 このタイミングで? わん母……ゲームしたいだけじゃないのかな?

 

「ただいまー! 今日もマリパしてるんだって?」

 

 わん父帰って来たし。状況はラインで聞いてたか? 本当仲の良い夫婦なんだよ。

 

「ね、猫は部屋に戻るんだよ……」

 

「えっ? どうして?」

 

 なんて説明していいのか……

 

「イチカちゃん? 久しぶりなんだ。ここでマリパを一戦遊んでくれたら、僕らは帰るよ」

 

 うわぁ……なんか気持ち悪いけど、わんちゃんファミリーも居るし大丈夫、かな?

 

「……分かった」

 

 猫とわんちゃん、わん父とわん母、タツ兄と翔太君、CPUすごくつよい設定のチームに分かれて遊んだ。

 

 結果はCPUが一位。猫のせいで最強のわんちゃんを二位という不甲斐無い結果にさせてしまった。翔太君は最下位だったのに、いつまでもニヤニヤしていて、気味が悪かった。

 

「悔しいなぁ。今日の所は帰ります。また、遊びに来ても構いませんか?」

 

 翔太君⁉︎ もうこの家に遊びに来ないで欲しいんだよ……

 

「とても楽しかったよ! いつでもおいで‼︎」

 

 わん父⁉︎ わん父は話しを聞いていなかったから、コイツがどんだけヤバい奴なのかを知らないんだよ‼︎

 

 猫は震えて、声を出せずにいた。チラッと翔太君を見てみると、ずっと猫を見つめていたのであろうか? 目が合ってしまった。その刹那、翔太君は左目を閉じてすぐさま開いた。俗に言う、ウインクなるものを猫にお見舞いして部屋を去ったのだった。

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