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スクリーム・ノート III  作者: 藤沢凪
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百四頁    悪魔 肆   『お母さん』

 百四頁

 

 悪魔 肆

 

『お母さん』

 

 な、なんか、急に家に来いとか言って来るんだけど、わ、私別に、あなたに心曝け出した訳じゃ無いんだからね! 勘違いしないでよね⁉︎ まぁ、ちょっとは嬉しいかもだけど。

 

 家から出ると、優子は携帯を取り出した。

 

「電話するの?」

 

「うん。急な事だし、一応お母さんに電話入れとかないと」

 

「そっか」

 

 お母さん、か……優子のお母さんは、どんな人なんだろう?

 

「あ、もしもしお母さん?」

 

 優子の母が電話に出た様だ。

 

「あのさ、急なんだけど、今日友達泊めても良いかな?」

 

 友達って、言ってくれたし。

 

「女の子だよ。当たり前でしょ? うん。うんうん。うん! ありがとうお母さん!」

 

 優子が電話を切った。

 

「待たせたね。行こうか? お前達はどうすんの?」

 

 優子が晶とさやかに聞いた。

 

「行きたい気持ちは山々だけど、いきなり大勢で押し掛けたりしたら迷惑でしょ? もし迷惑じゃ無いなら、行きたいけど……」

 

 晶が遠慮がちに聞いた。

 

「あー、友達泊まりに来るとしか言って無いから、確かに三人も来られると迷惑だな」

 

 はっきり言うんだね?

 

「そうだよね……今日は帰るよ! ウチらも、真央ちゃんが泊まりに来れる様に家族に説得してみる!」

 

 えっ…………

 

「何でみんな、そこまでしてくれるの……?」

 

「お前の話し聞いたら、誰だって何かしてあげたいって思う筈なんだよ。その……友達だったらさ」

 

 な、何を恥ずかしがりながら言ってくれてんの⁉︎ こ、こっちまでドキドキして来ちゃうじゃん⁉︎ ってか、尚子と寧々は、そんな事してくれ無かったよ。

 

「ふーん。別に私頼んだ訳でもそうして欲しい訳でも無いけど、あなた達がどうしてもそうしたいって言うなら、振り回されてあげても良いわよ?」

 

 照れ隠しなの。ごめんなさい。

 

「お前ツンデレ属性だったのかよ。リアルでそんな奴初めて見たわ」

 

 ツンデレ? 良く分かんないけど、悪い印象与えて無いみたいで良かった。

 

 晶とさやかとは別れ、夕暮れの美しい景色を眺めながら、優子の隣を歩く。何故だろう。心が温かくて、とても、とても温かくて、涙が溢れて来た。会話も無かったし、優子が私を見る事は無かったから、気付かれて無かったと思う。だから、私はいつまでも泣いていた。

 

 今まで、悲しくて泣いた事はいくらでもあった。でもこんな、嬉しくて泣いた事なんか記憶に無かった。だから、優子がこっちを見ない事を良い事に、存分に嬉し涙というものを堪能する事にした。

 

「このマンションの五階だよ」

 

 優子が立ち止まり言った。私は気持ちを切り替え、涙を拭い、そのマンションを眺めた。それはとても立派なマンションで、私の十六年間住んで来たアパートとは比べ物にならなかった。

 

「す、凄いマンションだね……?」

 

「行くよ?」

 

 優子がオートロックを解除し、二人でエレベーターに乗った。ってか、良く考えたら友達の家に行くの初めてじゃない私? ……だね。初めてだね。尚子と寧々とはほぼ学校だけの付き合いだし、他の友達とも、外で遊んだ事数回しか無い。ちょ、ちょっと緊張して来たんだけど⁉︎ 初めて訪ねる友達の家がエレベーター付いてるんですけど⁉︎ もっと段階を経たかったよ! 最初に訪れる友達の家は私のウチと同レベルの荒んだアパートが良かったよ‼︎

 

 五階に着き、エレベーターのドアが開いた。そして、502号室の扉の前で立ち止まり、優子が財布から鍵を取り出した。

 

「えっ? 鍵掛かってるの? お母さん留守なの?」

 

 不思議だったので、聞いてみた。

 

「はっ? お母さん多分家に居ると思うけど。そういや真央の家、鍵も挿さずにドア開けたな? 不用心だからちゃんと鍵掛けた方が良いよ」

 

「えっ? それって毎回ドア開け閉めする度鍵掛けるって事?」

 

「毎回ドア開け閉めって、そんな頻繁にドア開け閉めしないでしょ?」

 

「学校ある日は一日に二回はドア開け閉めするじゃん?」

 

「一日に二回しか無い事面倒臭がんなよ! お前うら若き女子高生なんだぞ⁉︎ もう少しくらい警戒心持てよ!」

 

「そんなもんかな? まぁ、家には用心棒が居るから平気だけどね!」

 

「用心棒って、玄関で転がってたアル中の達磨の事言ってんのか? ……悪い、言い過ぎた」

 

「フフフッ。そう! アル中の達磨の事言ったの! 優子ちゃんって、ワードセンス独特だね? 何か、芯突いてるし笑っちゃったよ!」

 

「たまにポロッと本音出ちゃうんだよ。気を悪くしないでね?」

 

「何だろ……なんかね? 優子ちゃんだったら、素直に受け入れられる気がする。ってか、優子ちゃんに気を使って欲しく無い。あなたの、ありのままの言葉が聞きたい」

 

 少しだけ、自分の心が分かった気がする。今まで目を背けて、向き合って来なかった自身の心と向き合っている気がする。多分私は、お父さんが嫌い。でも、心を許しても無い人にお父さんを悪く言われるのはもっと嫌い。そして、優子の事を、お父さんよりも好きになった。だから、優子にお父さんを悪く言われる事を、嫌だと思わなくなったんだ。

 

「上がって」

 

 優子が扉を開けて、私を部屋の中へ招いた。私は、急に怖くなってしまった。このまま、これ以上、あなたの事を好きになってしまって良いの? 怖いよ。こんな温かいもの、これ以上摂取し続けたら、私、オカシクなってしまいそう。

 

 靴を脱ぎ、恐る恐る優子の導く通路の先のドアへと歩を進めた。開いたドアの先には、大きなテーブルがあり、その上には、彩り豊かな料理が所狭しと並んでいた。

 

「ちょっとお母さん……気合い入れ過ぎ……」

 

 優子が言った。その先には、パッションフルーツの描かれているエプロンを身に纏った、主婦とはとても思えない可愛らしい女性がしゃもじを持って待ち構えていた。

 

「あっ! おかえり! だって! 優子が友達連れて来るとか、初めてじゃん? ちゃんとおもてなししたかったんだもん!」

 

 だもんだと⁉︎ しかも口膨らませてやがる‼︎ 娘にそんな感じで話すのかこの女は⁉︎

 

「えっ? お、お母さんなの? お姉さんじゃ無くて? お母さんなの?」

 

 ヤベッ⁉︎ 失礼じゃ無かったかな?

 

「ちょっと真央? 冗談止めてよ。私一人っ子だし」

 

「えぇー⁉︎ お姉さんに見える? 嬉しいなぁ? ささっ、座って! 食べて? ちょっと気合い入れ過ぎちゃったかなぁ? なんて……」

 

「入れ過ぎ所のレベルじゃ無いでしょ⁉︎ んだこれバイキングかよ⁉︎ いくらなんでも豪勢過ぎんだよ! 食べ切れる訳無いじゃん‼︎」

 

 テーブルには、左から、回鍋肉、天津飯、青椒肉絲、麻婆豆腐、麻婆茄子、酢豚、海老チリ、餃子、焼売、八宝菜、鯖の塩焼き、炒飯が並んでいた。中華三昧だな。鯖の塩焼きが心無しか居心地悪そうに肩を窄めている気がした。

 

「だ、だって……作り出したら不安になって来ちゃって、何人来るかも分からないし、食べられ無い物あったらどうしようとか考えてたら、冷凍してたやつとか次々に解凍して何者かに操られてるかの様に飯作ってたの!」

 

 ってか! 優子が電話掛けてからここまで来る二十分くらいの内にこの量の料理作ったのか⁉︎ ヤバ過ぎだろ⁉︎ 私、料理なんかした事無いから分かんないけど、きっと、手間暇掛かる事な筈なんだよね?

 

「ほら、真央がめっちゃ引いてんじゃん……あっ、この子真央って言うの」

 

「真央ちゃんいらっしゃい! 私の事は、おばさんでもお姉さんとでも好きに呼んで良いからね!」

 

「お姉さんは無理あるでしょ?」

 

「だってさっきそう見えるって言ってくれたもん!」

 

 おばさんって呼ぶの、何か失礼な気がするな。

 

「お姉さんって呼んで良いですか? おばさんって、何か違和感あるから」

 

「まぁ嬉しい! ささっ、立って無いで座って食べよ? 全然食べれる分だけで良いからね? 余ったら冷凍して残飯処理する人に頼むから!」

 

「残飯処理する人⁉︎」

 

 一般家庭では、そんな役割をする人を雇っているのか⁉︎

 

「あー、うちの父親の事だよ。あのクソ親父、いつもいつ帰って来るか分かんないから、お母さんが作り置きしてた料理をタッパーに入れて冷凍保存してんだよ。いつも五、六品くらいはレンチンしたら食べれる様にしてあるの」

 

「そう。だからごめんね? 殆どは作り立てじゃ無くレンチンして皿に移した物なの。冷凍庫のストック、全部使っちゃった」

 

 そういう事だったのか。流石に二十分でこんだけの料理作れないよね。私達は、リビングのテーブルの前の椅子にそれぞれ座った。小鳥母が端に積み重ねている皿と筒型の容器に入れられていた箸を取り私と優子に渡した。

 

「でも、ご自身で調理された料理を冷凍してるんですよね? こんなにレパートリーがあるの、凄いです」

 

「簡単な物ばかりよ? 炒飯と餃子と焼売は元から出来上がってる冷凍食品だし、回鍋肉とか青椒肉絲やらは具材切って市販のタレと絡めて炒めるだけだから簡単に出来るの! 鯖は魚焼きグリルで焼けばいいだけだし」

 

「その簡単ってやつが、私には難しく感じるんですよね……」

 

「お母さんは、他にもレパートリーいっぱいあるよ。今日はストックが中華だらけだったみたいで、残念だな」

 

「そんな事無いよ! あの……いただいてみても、良いですか?」

 

「勿論だよ!」

 

「いただきます」

 

 いただきますって、ちゃんと声に出して言ったのいつ振りだろう? もしかすると、初めてかもしれない。

 

 私は、中華料理が大好きだった。だから、このテーブルに羅列されている料理の数々を見た時、口内の涎が泉の様に湧き溢れ出していた。私は、好きな料理の順から食べ始めた。まずは回鍋肉、その次に八宝菜、青椒肉絲、炒飯、麻婆茄子、餃子を少しずついただいた。幸せだった。好きな料理を、少しずつ色んな種類食べられる。こんな幸せな出来事が、人生で起こり得るんだって素直に喜べた。

 

「ははっ。真央ちゃん、美味しそうに食べてくれるね?」

 

 小鳥母が言った。

 

「美味しいんです! 私こんな、こんなの……初めてで……」

 

 ヤバい。涙腺が崩壊仕掛けてる。駄目だよ? 泣いたり何かしたら、空気が、重くなってしまうでしょ?

 

「そんな、お母さんの料理だって、美味しいでしょ?」

 

「私、お父さんしか居ないんです。小学校一年の時に両親が離婚して、それからは、父も料理なんて出来ないから、冷凍食品をいつもストックしてあって、それを食べて生活してます」

 

「そっか……ごめん。悪い事聞いちゃったね」

 

「悪い事なんて何も無いです! 私にはそれが当たり前だったし、だから、こういう家庭って、凄く良いなって感じました!」

 

「良い事ばかりじゃ、無いよ……」

 

 小鳥母が、急に口籠もった。

 

「えっ?」

 

「あっ、ごめん忘れて? ……そうだ! 真央ちゃん? 私が簡単に作れる料理をレクチャーしてあげるよ! 今日はもう具材が無いから無理だけど、またおいで? 一緒に作ってみんなで食べてみよう?」

 

 小鳥母に、これ以上の追及をするのは野暮だと思った。

 

「良いんですか? また、お邪魔しても……」

 

「あなたが来たいって思ってくれるんなら、いつでも泊まりに来てね? きっとお父さんも、真央ちゃんが料理作ってくれたら喜ぶよ?」

 

「ありがとう、ございます」

 

 優しい。お母さんって、こんなに優しいものなんだ。きっと優子は、こんな優しいお母さんの事を誇りに思っているんだろうな。

 

 ……私は、お母さんの事をよく知らない。顔は少しくらい覚えているけど、あまり家に居なかったから、よく分からない。私のお母さんは、どんな人だったんだろう。

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