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スクリーム・ノート III  作者: 藤沢凪
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百三十八頁    象 肆   『ひ、ひ、火ィィィィィィイッ』

 百三十八頁

 

 象 肆

 

『ひ、ひ、火ィィィィィィイッ』

 

 真夜中、僕はチュン太の告白を受け入れた。

 

 そりゃあもう眠れなかったよ⁉︎ だって⁉︎ 十年近く変わらないこの部屋の景色が、とても愛おしく思えて来たんだ! ミスチルの歌詞が胸を抉る。HANABIという曲の二番のサビで、巡り逢えた事でこんなに世界が美しく見えるだなんて、という歌詞が心を掴んで離さないんだ! そのフレーズが頭の中で何度も何度もリフレインする。

 

 彼女は、勇気を出して僕に告白したんだ。僕も、偽りの殻を脱ぎ去ろう。

 

 僕は、彼女の語る物語が好きだった。今晩もその朗読会は開かれるのだろう。いつもは寝たふりしているけど、僕は目を開いて、今までの物語を全て盗み聞きしていた事を伝えよう。始めは驚いてしまうのかもしれない。でもそれは、君が僕に抱いていた恋心を隠していた事と同じ様な事柄なのだよと言えば、分かってくれる筈。

 

 お互い、自分の気持ちに素直になれずにいたよね? これからは、喧嘩したとしても、自分の正直な気持ちを隠すのはやめよう? だって、そのせいで僕らは、何年間も意思の疎通も出来ずに揺蕩っていたのだから。

 

 混じり合う事も出来ず。雨上がりの水面を、僕らは揺蕩う事しか出来なかったんだ。……ごめん。揺蕩うって語感があまりにも響き良くて! 無駄にもう一度喩えてしまったんだよ。

 

 ……楽しいなぁ。……恋をする事で、日常が……こんなにも違って見えて来るものなのか? 恐ろしい程だな? ……チュン太? ……起きてよ? 僕はあれから、眠れなかったんだよ?

 

 ……いつまで寝ている? 告白した当人に熟睡されたら僕の立場が無いだろ? ってか、ヒトだったら今頃、いや、もう少し前には起きて、朝ご飯を作らなければならない時間だよ? まさかヌイグルミだから、早起きする必要無いとか思ってる?

 

 ……ズボラだなぁ。

 

 イチカが起きた。今日は日曜日、イチカは十時頃に起きてだらだらとリビングに向かった。チュン太? 本当にお前はいつまで寝ている? 流石にだらけ過ぎだろ?

 

「う、うーん……よく寝たなぁ……」

 

 だろうね。十二時にチュン太は目を覚ました。この女は、イチカを見送りもしなかった。

 

「今日はよく眠ったねぇ?」

 

 コン太が寝起きのチュン太に話し掛けた。ってか、ちょっと黙ってろよ? 僕の女なんだよ? 知らなかったとしても、失礼なんだよそれは。僕より先に、チュン太の寝起きの第一声を奪うな? 殺すぞ?

 

「今日は、なんか良く眠っちゃったなぁ! めっちゃ清々しい気分!」

 

 えっ? あっ? 今どっちに向けて話した? チュン太は両腕を天に高く伸ばし、んぅぅぅぅぅぅんつった後、コト切れた様に腕を下ろしプランプランさせながら、暫くぼぉっとしていた。

 

 えっ? 今まで朝のルーティーン気にして見て無かったけど、この子、毎回こんな感じなの?

 

 僕のお嫁さんになる人は、朝、そんな事しないよ? だって僕、そんな人とっても嫌だもん。分からせていかないと。勘違いしないで? 僕だって君に相応しい男になる為に努力する。だから、君が僕の相応しいパートナーになる為に努力するのは当たり前の事だよね? 君の事が好きだから、僕は君に意見するんだ。

 

「だらしが、無いんじゃないかな? 取り敢えず朝は起きようよ? そんなんじゃイチカを部屋から見送る事も出来ない。何より、昼間に起きるとかみっともないとは自分では思わないのかな?」

 

「はっ? 何の文句な訳それ……昨日、ちょっとは仲良くなったと思ったけど、やっぱ私、お前の事嫌いだわ」

 

 んっ? ナニソレ? 僕が嫌い? ……コン太の前じゃ、恥ずかしがってまだ素直になれないのか?

 

「強がるなよ? そういうのもうやめよう。僕だって、素直になるからさ?」

 

 良いんだよ? いい加減疲れただろ? 別に、コン太が目の前に居たって良いじゃないか? 甘えろよ。つよ、がんなよ⁉︎

 

「……パオン太? ちょっと昨日から言ってる事が意味分かんない⁉︎ マジ、怖いまである……」

 

「どうしたの? やめようよ二人とも……」

 

 コン太? お前は黙っていろよ。殺すぞ?

 

「僕が怖い⁉︎ ハハッ‼︎ それも良いのかもしれない! 愛の形って無限にあるものだからね!」

 

「愛の形? ちょっと、マジ意味分かんねぇ⁉︎」

 

「分かんねぇだと⁉︎ 僕に言ったのかそれは?」

 

「……そうだよ!」

 

「アァッ? そんな言葉使いをするなよ⁉︎ 僕は、許さないよ? そんな言葉使い許さないよ? だって、これから何十年も寄り添っていく家族になるんだから‼︎ こ、言葉使いだけは、気をつけていこうよ?」

 

「家族……? ごめん。私、あなたの言ってる事がもう分からない……どうしたっていうの? パオン太……」

 

「家族になるんだお⁉︎ だって、だって、相思相愛の二人が引き離されちゃいけないんだよ? 僕達は、永遠に、寄り添って生きて行くんだよ?」

 

「へぇー……そうなんだ……えっ? 私と、あなたが?」

 

「愛し合う、二人が」

 

「どなたかと、勘違いしてない?」

 

 はっ?

 

「昨日、言ったよね? 僕と、永遠の愛を誓ったよね?」

 

「ごめん。本当に、何言ってるの?」

 

「分からないかなァ⁉︎ ぼ、僕は‼︎ ……だから……あの……君を、幸せにしたくて……」

 

「私を幸せに……? それなのに……私が泣いているのを、気付いてもくれないの?」

 

「泣いてる? どこが? 外見じゃ分かんない訳じゃん? 僕らヌイグルミなんだからさぁ。示せよ。本当に泣いているっていう証拠を今すぐ僕の前に並べろ⁉︎」

 

「そんな……証拠なんて、無い……」

 

「女は涙を武器にする生き物なんだろ? 説立証だなぁ? 君はただ、泣いてもいない癖に僕を劣勢に陥れる為だけにそんな嘘を吐いたんだ! そんな事でどうする? そんな女と、これから何十年と夫婦として暮らす僕の気持ちも分かってくれよ?」

 

「お門違いの男尊女卑。女を、馬鹿にしてる。狂ってる……」

 

「ぼ、僕ワァァ‼︎」

 

「二人共‼︎ もう、やめようよ……今日は、お昼寝しようよ?」

 

 コン太が、震えた声で僕らの間に割って入り言った。

 

「……そうだね。恋をすると誰しも、狂ってしまうのかもしれない。一度冷静になろう。お昼寝、しようか」

 

 はぁ……想いが通じ合ってすぐ痴話喧嘩だなんて。恋ってもんわ、愛ってもんわ、一筋縄ではいかない物だね。

 

 …………

 

 三人でお昼寝した。二人が本当に眠っていたのかは分からない。ただ、僕はギンギンに目が冴えて眠れずに居た。

 

 あれっ? 僕もう。眠らなくても生きていけるんじゃないか? ハハッ、だって、眠気が全く来ない。今も、瞬きさえ出来ず、チュン太を見つめている。あはっ、アハアハ、全然辛く無い。このまま何時間でも瞬きなどせずに君を見つめていられるよ?

 

 暫くして、イチカが帰って来た様だ。多分、リビングでマリオパーティーをしている。

 

「ねぇ? 微かに聞こえて来る声が、多くない? イチカ、誰かを連れて来たのかな?」

 

 …………

 

 はぁっ? 流石にどっちか起きてるだろ? シカトすんなよ⁉︎ 何のつもりだよ? 胸糞悪いな。殺すぞ?

 

「お邪魔しまーす」

 

 うわっ、くたびれた熊のトレーナー来た奴が入って来た。イチカ? 友達選べよ。そいつはいくらなんでもダサ過ぎだろ? そんな奴と連んでるとイチカまでダサいと思われるぞ? そんな奴と一緒に歩くくらいなら、一人ぼっちで歩いてる方がプラスまである。

 

「お前さぁ? そんな埃は無いっぽいけど、部屋散らかし過ぎだろ‼︎ お母さんが掃除してくれてんだろ? あんま散らかすなよ?」

 

 えっ、この女……こんなダサいトレーナー着てる癖に人に上から物申すの?

 

「はっ? そういうの、面倒臭いんだよ。わんちゃんにとやかく言われる筋合い無いんだよ!」

 

 よく言った我が主。いくら優しいイチカでも、こんな糞ダサ芋娘に色々言われて黙っていられる筈が無い。僕は、そんなイチカを肯定するよ。

 

「はぁ……まぁ良いわ。ちょっと一服させてもらうから?」


「んっ? 一服? どゆこと?」

 

「煙草吸わせてもらうわ? 親には言うなよ?」


「煙草……? わんちゃん?」

 

「あぁー、あたし、煙草吸うんだよね? ヤニ切れてんだよ。吸わせてもらうから!」


「またそうやって強がって……普通に迷惑だから止めて欲しいんだよ」

 

「強がりだと⁉︎ いつも吸ってっからァァアッ‼︎ ほら? 見とけよ? こーやって火をつければ良いんだろ? んっ? うぅぅん……ホラッ! 出来た‼︎ ハハッ、アハハハハハハハッ‼︎ オラッ‼︎ あたし煙草吸うんだよ‼︎」


「ってか、了解も得ず火をつけて吸い始めるとか人としてどうかと思うんだよ。わんちゃんの事、猫は結構好きな方だったのに、マジで嫌いになるレベルの事してるんだよ」

 

 はぁ……ねぇイチカ? もう二度とこの人部屋に招かないでね? 僕の隣に腰を下ろしたせいで、ふかしたタバコの煙が臭いんだよ! ってか煙を肺に入れて無いよね? マジこの糞ダサ芋イキリ女帰れよ‼︎ って、えっ?

 

「わんちゃん右‼︎」

 

 あっ、えっ⁉︎ タバコが……タバコの火が僕の左足に燃え移ってる⁉︎ あっ、熱ッ‼︎ いや、そんなのは感じない筈なのに、エヴァパイロットの様にシンクロしてるから、熱く感じてしまうんだよ‼︎

 

「ひ、ひ、火ィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィイッ⁉︎」

 

 僕は、必死になって叫んだ! でも、僕はこの身体を動かす事も出来ないし、イチカ達に助けを求める声も届かない。

 

「い、嫌ダァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ‼︎ ぼ、ぼ、僕は‼︎ やっと、愛を知ったのに⁉︎」

 

 これからチュン太と、長い長い幸せな夫婦生活を送る筈だったのに。一瞬にして、この糞ダサ芋イキリ女はその未来を奪った。

 

「パオン太⁉︎」

 

「嫌ァァァァァァァァァァアッ‼︎」

 

 狸寝入りをかましていたチュン太とコン太も声を荒げた。

 

「あぁ……あぁぁぁぁぁ熱い‼︎ 熱いような気がする‼︎ あぁぁぁぁぁ……僕には、もう為す術が無いよ……」

 

 僕は、自分の死期を悟った。

 

「何でこんな事に⁉︎ パオン太、パオン太ぁぁぁぁ……」

 

「コン太? そんな情け無い声出すなよ」

 

「ひ、火が‼︎ 火が⁉︎ 消えない……パオン太の、左足がァァァァァァァァァアッ‼︎」

 

「チュン太? もう良いんだ。悲しまないで欲しい。君には笑って過ごしていて欲しいんだ。それが僕の、たった一つの願いなんだ」

 

 分かってくれるかな? 厳しい事を言って来たのも、君の幸せの事を思ってなんだ。僕はもう手遅れだ。それなら、大切な人の実になる言葉を贈りたいんだ。

 

「オイラ、オイラぁ……こんな時に何も出来ない。大好きな仲間の危機に、ただ燃えていく姿を見ている事しか出来ない……なんの存在意義も無い。パオン太、オイラ……」

 

「その気持ちだけで充分だよ。コン太? ……チュン太の事を、守ってやってくれ」

 

「オイラぁ……」

 

「情け無い声出すなよ? 安心して逝けないだろ? 強い姿を、見せてくれ!」

 

「うん……オイラが、チュン太を守るから! パオン太……今までありがとう」

 

「僕の方こそ、ありがとう」

 

「パオン太……もう、どうしようも無い事なんだね?」

 

「チュン太。うん……だって、もう完全に僕、燃えてるだろ? こうやって普通に話せる事が異常なんだ」

 

「嫌だよ……嫌、だよ……」

 

 そろそろ、お迎えが来た様だ。薄れゆく意識の中、最後にチュン太へ言葉を贈った。

 

「最後に、僕なんかを気に掛けてくれてありがとう。好きになってくれて、ありがとう‼︎」

 

「あっ、あっ、パオン太ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ⁉︎」

 

 最後の最後、イチカの僕を呼ぶ声が聞こえた。それだけで、全てが満たされていく。もうこの世に、心残りなんてある筈がない。

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