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スクリーム・ノート III  作者: 藤沢凪
35/50

百三十五頁    象 壱   『猫宮パオン太』

 百三十五頁

 

 象 壱

 

『猫宮パオン太』

 

 僕は、象をかたどったヌイグルミのパオン太。十四年前に、イチカから名前を付けてもらったんだ。

 

 ヌイグルミに魂が宿る様になるのは、最低でも三年は掛かると言われている。だから、イチカとの初対面を僕は覚えていない。

 

 僕に魂が宿ったのは、イチカの家に来て三年経った頃だった。それから、イチカが僕に語り掛けてくれる言葉によって、己の出生が明かされた。ある夜、ベッドの中で抱き締められながら、イチカは僕との思い出を語った。

 

「パオン太はねぇ? 猫が二歳の誕生日にお母さんがプレゼントしてくれたんだよ?」

 

 僕には、イチカに返事を送る術が無い。

 

「なんかねぇ? デパートで三割引になってたからこれに決めたってお母さん言ってたぁ」

 

 そうなのかよ⁉︎ 別に良いけど……お母さん? 僕をプレゼントとして贈った相手にまでそれ言う必要ある⁉︎

 

「猫、パオン太と初めて会った時の事覚えて無いんだよぉ」

 

 僕も……その当時は魂が宿って無かったから、覚えて無いんだよ。でも、その日から今日まで、僕を大事にしてくれたから、最短の三年で僕に魂が宿ったんだよ?

 

「でも猫ねぇ? パオン太を三割引にしてくれたデパートの人に、いつかお礼言いたいんだ」

 

 なんで? だって僕は、人気が無いから……その価値が無いから、値段を下げられたんだよ。僕にとっては、とても辛い事だよ。

 

「そのおかげで、パオン太と出逢えたから。きっとお母さんは、二歳児の猫になど本来なら何も買って無かったんだよ。タツ兄とカズ兄には、二歳の誕生日にプレゼントなんてして無いって言ってたのだから。本当にたまたま、デパートに行ったらパオン太が割引かれてて、母はついつい買ってしまったんだよ」

 

 そうだったのか。どんな形であれ、ありがたい。

 

「運命を感じるんだよ。あの母だよ? 二歳の何も分かってない、記憶も残らないガキに本来プレゼントなんかする筈無いんだよ。多分、お母さんパチンコ行くから、その日勝ったんだよ。気分良くなって娘にヌイグルミを買って帰ったのだと猫は思うんだよ」

 

 パチンコで買った金で三割引の僕は買われたの⁉︎ 改めて、ベッドで抱き締められながら言われる事じゃ無いと思うんだけど⁉︎

 

「そんな幾つもの偶然が重なって、猫はパオン太と出逢えたんだよ。おやすみ……」

 

 急に寝たし⁉︎ ……僕はイチカに大切にしてもらったから、この魂を貰えたんだ。でも、イチカはまだ六歳だ。年齢を重ねるにつれて、僕を、蔑ろに扱う様になるんだろ? 僕の心は、その時不安で真っ暗に染まりそうになっていた。

 

 魂を宿す事になったヌイグルミは、僕だけじゃ無かった。暫くして、狐をかたどったヌイグルミのコン太、その後に、小鳥をかたどったヌイグルミのチュン太。三人……三匹かな? 魂を手に入れていた。何故分かったかって? 魂を持ったヌイグルミっていうのは、目を見れば分かるんだよ。

 

 イチカは、十歳になっても、僕達を大切にしてくれた。

 

 ある日、イチカが学校に行っている時はどうしても暇なので、二人……二匹に語り掛けてみた。

 

「ねぇ? 僕のこの声って聞こえるの?」

 

 …………

 

 聞こえ無いのかな? 暇だなぁ。

 

「……それって、私に言ってるの?」

 

 あれっ⁉︎ さっきはシカトだった癖に! チュン太が返事した。……ってか、チュン太君、女だったのかよ⁉︎

 

「あっ、そうだよ! やっぱ魂貰った後はヌイグルミ同士なら会話出来るんだね! トイストーリーみたいに動いたりは出来ないけど」

 

「そりゃそうでしょ? 動く事なんて出来たら、誰かしらが規約を破って動いて、それをティックトックなんかにアップロードされて、ヌイグルミは敵か味方か? なんて論争が起こるよ。ヌイグルミに恐怖を感じ始め、今度はヌイグルミの根絶を願う組織が誕生するのだろう。大量のヌイグルミ達が燃やされる動画があらゆるネットワークに溢れ返り、それを目にした私達は怒りに震え、仲間を燃やされた恨みを胸に、人間達に復讐を誓うだろうね。うん、この設定で物語一つ作れそうね!」

 

 チュン太が、めっちゃ喋った。

 

「あ、あのー……ちょっと何言ってるか分かんないけど……」

 

「コン太? あんたも喋れるんでしょ? あんたが喋らないから、喋っちゃいけないのかと思っちゃったじゃん⁉︎」

 

 チュン太がコン太に話し掛けた。

 

「いや、オイラもなんか、喋って良いのか分かんなくてさ」

 

 男かぁ。別に良いけど。

 

「良かった。暇な時お話ししたりしようよ! イチカが部屋に居ない時とか、時間が無限にあってつまんないんだもん」

 

 二人に提案した。

 

「えっ? オイラ達の声って、イチカに聞こえちゃうんじゃないの?」

 

 コン太の問いにチュン太が答えた。

 

「そんな筈無いでしょ? 馬鹿ね。この声が人に聞こえちゃったら、それをティックトックにアップロードされて——」

 

 同じ話しし始めた⁉︎ まさかね……時間は無限の様にあるのだから、一応最後まで話しを聞いてみた。全く同じ話しだった。

 

「そっか、そうかもね? じゃあ! これからは三人で話せるな! オイラも、暇で眠くも無い時とかどうして良いのか分からないもん!」

 

「決まりだね!」

 

「ふんっ! 勝手にそんな事決めないでくれるかしら!」

 

「チュン太は、納得してくれないの?」

 

「はぁ……だってさ、二人とも想像力が乏しいっていうか、幼稚な感じがするんだよね」

 

 匹で数えないんだね? まぁ、僕らの数え方などどうでも良い。

 

「えっ? オイラ達って、そんなに知性足りないかな?」

 

 僕もなの? なんで、達、を付けた? まぁ良い。コン太はちょっと話してみた感じ、ミスチル風に言うとノータリンな感じがする。そんなのの発言をいちいち気にしてたら生活していけないよ。

 

「別に私、一人でも楽しくやってけるもん。イチカも居るし。イチカが部屋でアニメの一気見したりしてるでしょ? 私も一緒に観てて閃いたの! 暇な時はね? 物語を頭の中で作るのよ! 自分だけのオリジナルストーリー‼︎ それはね、とっても時間の掛かる事なの! だから、アンタ達と無駄にお喋りしてる時間なんて私には無いって訳」

 

 めちゃくちゃお高く留まるねこの女。初対面の印象は最悪だよ。

 

「凄いなぁ。オイラ達には、逆立ちしたって無理な事だよ」

 

 初対面の印象最悪だよ。コン太? テメェもなぁ⁉︎ 達って付けんなよ‼︎ なんなんだよコイツ⁉︎

 

「ふんっ。でしょうね!」

 

「チュン太の作品、ちゃんと読んでみたいなぁ」

 

「へっ⁉︎ まっ、まぁ……教えてあげなくもないわよ?」

 

「えっ? 良いのかい⁉︎ オイラ、楽しみだなぁ!」

 

 二人で喋んなよ。僕が三人で喋ろうって提案したんだぞ? 蚊帳の外にするなよ⁉︎

 

 次の日、イチカが居ない時に、チュン太がやたら楽しそうに自身のオリジナルストーリーの概要を語らい始めた。

 

「内気な男の子と、それを見守る精霊が居るの! お互い自分の姿は見えて無くて、男の子の方は何もしたくない。精霊はその子をRPGの世界で魔王を倒す勇者にさせなきゃいけないの! 精霊の女の子がその内気な男の子を導いて、魔王を討伐するって物語!」

 

「へぇー! ワクワクして来た‼︎」

 

 コン太? 本気で言ってるのか? よくある転生ものじゃないか。僕は何もワクワクなんかしないけどな。気になる事を聞いてみるか?

 

「その男の子には、何か特殊能力があったりするの?」

 

 そこら辺がその物語を面白くするかどうかの鍵になる。設定はありきたり。でも、主人公の能力次第ではワクワク出来るストーリーになるかも。

 

「無いよ。強いて言えば、めちゃくちゃ優しいの。その優しさで、周りから一目置かれる存在になっていくの」

 

 安易だね。そんな話し、過去に山程作られて来ているよ。中学生か? 優しいのが特技なんて話し、やり尽くされてて面白い筈無いだろ?

 

「へぇー! 楽しみだなぁ‼︎ チュン太、聞かせてよ?」

 

 コン太……コイツは、今までに物語という物に触れて来なさ過ぎて分かっていないんだな? 確かに、コン太に魂が宿る前に、イチカが同じ様な話しのアニメを一気見してた気がする。僕とチュン太はそれを観てた。チュン太は、そのアニメに影響されただけじゃ無いのか?

 

「う、うん……」

 

「どうしたの?」

 

「なんか、急に不安になって来ちゃって……私はね? 面白いと思って物語を作って来たんだ。でも……こんな事、話しを聞かせる前に言うのズルいと思うんだけど……二人の反応が怖い。面白く無いって言われるのが、怖い……」

 

 メンタルはあまり強い方じゃ無いようだね。大丈夫なのに。どうせ設定パクっただけだろ? 別に、期待などしていないからさ?

 

「オイラ、頭良くないからさ、なんて言ったら良いか分からないけど……一生懸命考えたんだろ? それを侮辱する様な事なんか言わない。だって、物語って、どうしても賛否両論になるものなんだよ。オイラはただ、チュン太の描く物語を聞きたいだけなんだ。それじゃ、こんな言葉じゃ、勇気は出ないかな?」

 

 その言葉を聞いて、チュン太はコン太に微笑んだ。

 

「……出た。じゃあ、始めるね? プロローグから。ヒトの精神は、上から下まで限り無い。人助けに————」

 

 まぁ、イチカが部屋に居ない間は暇だし、そのつまんなそうな物語を、聞いてあげても良いかな。

 

 次の日。

 

 また次の日。

 

 そしてまた次の日。

 

 そしてそのまた次の日。

 

「戦いへ向けて、私達の最後の、傍から見守り導く生活が始まる。第六章、竜魔王討伐戦」

 

「おぉぉぉぉぉ」

 

 僕とコン太の声が揃った。

 

「あっ、イチカが帰って来た! 続きはまた明日ね?」

 

 はっ?

 

「別に良くないかな⁉︎ どうせ僕達の声は聞こえ無いんだ! もうすぐ完結だよね? 最後まで物語を聞かせてよ⁉︎」

 

 気になるだろ⁉︎ 眠れなくなってしまうんだよ。

 

「ちょっと……私も五日間喋りっぱなしでさ? 思い出しながら喋るの結構疲れるんだよ。明日完結するからさ! 頭の中に散りばめた物語を整理しないといけないし」

 

 書き残す事も出来ないのに、ここまで台詞とかも事細かにナレートする事出来る? 登場人物によって声色変えたりしてさ? ……純粋に、凄ぇよチュン太。僕は……何のスキルも持っていない。ただただ、圧倒された。

 

「チュン太は、エンターテイナーだな」

 

 僕にとって、最高の賛辞をチュン太に贈った。

 

「エンターテイナーか……嬉しいんだと、思う。ちょっとよく意味分かんないけど」

 

 届かなかった。僕が彼女へ贈ったプレゼントは、配達先を見失い、いつまでも宛のない旅を続けるのだろう。

 

「オイラの中に、続きを知りたい気持ちと、終わって欲しくない気持ちが交差してる。明日、完結してしまうんだ? もっと、引き伸ばして欲しかった」

 

「それは、出来ないよ?」

 

「そっかぁ。明日が最後かぁ‼︎ もっと、チュン太の描く物語の中に居たかったな」

 

「ウフフッ! ありがとう! そんな風に言ってくれて。別の物語も構想中だから、また、出来上がったら、聞いてくれるかな?」

 

「ああっ‼︎ 頼んだぞ? チュン太?」

 

 二人は、とても楽しそうに笑った。僕も、全然楽しくも糞も無かったけど、同調して笑った。

 

 はっ? ナニコレ? なんかさ、僕だけ、蚊帳の外に居ない?

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