百三十四頁 猫 弍拾壱 『聖母』
百三十四頁
猫 弍拾壱
『聖母』
わんちゃんの家に泊まるのは二度目だが、前回は金曜日に泊まったので、翌日は学校が休みだった。朝、わんちゃんの歯ブラシで歯磨きしていたらケツを蹴られた。しかも、そのせいで洗面所の鏡に吐き出した己の歯を磨いた液を掃除させられた。それから兎咲も含めた五人で、朝九時頃に朝食を頂き帰った。
今日は学校があるから、多分早めに朝食が出るのだろう。楽しみなんだよ。
猫とわんちゃんは身支度を済ませ、リビングに向かった。予想通り、リビングにはわん母とわん父が居て、朝食会が始まろうとしていた。
「猫ちゃん? 前回と同じで申し訳無いんだけど、今日もトーストなの。一応味は違うくて、ピザトーストにしてみたんだけど……?」
ピザトーストだと⁉︎ 朝からなんて手の込んだものを食べさせてくれる母なんだよ。
「楽しみなんだよ! わん母のご飯、どれも美味しいからウキウキするんだよ!」
「本当は魚焼いたり、味噌汁作ったりしたかったんだけど、ちょっと寝不足でね」
まぁ、あんな夜中までゲームやってれば誰だってそうなるんだよ。
「猫の家は、朝ごはんは大体前の日の余り物だから、何の期待も抱けないんだよ。品が変わるだけありがたいんだよ!」
「そう言って貰えると助かるな。あっ! もうすぐ出来るよ!」
ピザの焼ける香ばしい匂いが漂って来た。ハァ‼︎ 猫家は基本米だし、猫も米の方が好きだけど、朝はトーストっていうのも悪く無いんだよ!
「はいっ! 猫ちゃんと琴子から!」
わん母は、オーブントースターから二枚のピザトーストをそれぞれ皿に乗っけると、猫とわんちゃんの前に差し出した。
「えっ? そんな悪いです。わん母やわん父より先に頂くなんて……」
そっか。あのトースターじゃ、四枚は一気に焼けないもんね。
「あなた達は学校があるでしょ⁉︎ 私もお父さんも、今日は仕事までまだ余裕あるから、だから、あなた達が先に食べなさい? 家を出るのが早い人優先です」
あっ、そういえばわんちゃん家は共働きって言ってたな。それなのにわん母、いつも猫が居る時美味しい料理振る舞ってくれる。優しいし。わん母のスペック神掛かっているんだよ!
「ピザトースト。飽きないんだよなぁこの味が!」
わん父が急に口を開いた。そういう事を所々で言われたら、わん母も嬉しいんだろうな。
「料理は私に任せてくれれば良いから! あなたは、いつも洗濯とか掃除を一生懸命にやってくれるじゃない?」
分担してる訳ね! そして、お互いの功労を讃え合う関係性。良い家庭を築けていると思うんだよ。
「恵子……」
「勇作さん……」
えっ? 我が子とその同級生が見守る中で、おっぱじめる感じですか?
「ちょ⁉︎ お父さんお母さん⁉︎ 正気に戻って? 他人居るんだから」
わんちゃん? 別の言い方無かった? 猫他人だけど、なんか、角が立つんだよ。
「あ、あぁ、何を言ってるんだ琴子? ほら? あったかい内に食べな?」
わん父がわんちゃんに言った。
「そうよ、猫ちゃんも、あったかい内に召し上がれ?」
わん母が猫に言った。
ピザトーストはとても美味しかった! わんちゃんも横でムシャムシャ食べている。わん母が、具を色々と乗せている、二枚のトーストを新たに焼き始めた。
「猫……昨日、いっぱいカレー食べ過ぎちゃったみたいで……ごめんなさい」
二人の分まで食い尽くしてたなんて思わなかったんだよ。手羽元カレー。母にも作ってもらいたい程美味しかったんだよ。
「俺が悪いんだ! 美味しい美味しいって言ってくれるから、毎回大盛りにしちゃったんだよ……」
「それが、嬉しかったんでしょ? 私も嬉しかった。そして、私の作った料理を美味しいと猫ちゃんが言ってくれる事を嬉しいと感じるあなたにも私は嬉しかった! 琴子も残ったやつから作ったカレーうどんを喜んで食べてくれた。この四人の中に悪い事した人なんて居ないし、みんな不満なんて無いでしょ? 言い争う必要も、誰かが謝る必要も無いんだよ?」
わん母は聖人なんだよ。お母さんって良いなぁ。猫の母も良い女だけど、ベクトルが違うんだよ。わん母はなんか、マリア様って言いたくなる感じ。猫の母は、浅香光代って感じかなぁ。あたしゃ認めないよ⁉︎ の、浅香光代さんの感じなんだよ。性別は違うけど、梅沢富美男感もあるな。梅沢富美男の方がしっくり来るかも。
「……あの? お父さん、お母さん……」
わんちゃん? どうした? へっ、ここで言うの⁉︎ 朝だよ? みんな頭働いて無いんだよ⁉︎
「どうしたの琴子?」
「猫宮を、暫くウチで面倒みる事って……出来ないかな?」
言いやがった‼︎ 猫の居る前でその話しすんのかよ⁉︎ ね、猫、何か聞かれても、返答の準備一切して無いんだよ⁉︎
「えっ? 良いけど、なんで?」
ほら! なんでって聞かれてるんだよ? ……ってか、わん母良いけどって言わなかった? めっちゃ簡単に住まわせてくれるじゃん?
「えっ、あっ、良いんだ? 何かコイツ……自分の家が居心地悪いみたいでさ……」
はっ? 火事起こした事は伏せて良いって言ったけど、どういう理屈にするつもりなんだよ? 打ち合わせして無いのに騙り出すなよ⁉︎
「猫ちゃん? 全然ウチに泊まって行って貰って良いのよ? でも……家が居心地悪いって、何があったの?」
ヒッ、ヒィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ‼︎ 宝石の様な澄んだ瞳を向けてわん母……いや、マリア様が猫に問い掛けて来た‼︎
「お母さん? あたしは聞いたんだけど、内容が、内容だからさ……今は聞かないであげてよ?」
わんちゃん? 内容が内容⁉︎ あれ? これ……猫が虐待されてる的な展開に話し持ってかれてない? 猫、お母さんの事も、他の家族も大好きなんだよ? 大好きでは無いか。お母さんは大好き! 他の家族への感情は無なんだよ。でも、猫は、猫は……
「……猫ちゃん? 何があったのか、言って? 私達が‼︎ 必ずあなたを救ってみせるから‼︎」
火ィィ付いちゃった⁉︎ わんちゃん? 何を懲りずに所構わずまた火を付けてくれているか⁉︎ どうするつもりなんだよ⁉︎
「あ、あのさ? お母さん? 猫宮、今はまだ、言える精神状態じゃ無いからさ? 勘弁してよ……」
お、おいおい? 大事になってんじゃねぇか犬畜生がぁァァァァァァァァァッ‼︎
「そうなの猫ちゃん⁉︎」
そうじゃないのよ猫ちゃんは‼︎ 至って健やなんだよ‼︎ ただ、マリアの愛娘に部屋燃やされたってだけだからさァァァァァァァァァァァァッ‼︎
「猫……家族に不満など無いんだよ⁉︎」
「そうなの? 本当にそうなの猫ちゃん?」
真実なのに⁉︎ わん母がめっちゃ疑って来る……
「楽になれよ、猫宮?」
「はっ⁉︎」
コイツ⁉︎ こうなる様に導いてやがった‼︎ 猫は、善意で火事の事は伏せて話しを進める様に言った。それを逆手に取って、自分の都合の良いシナリオに全て書き換えるつもりなんだこの女⁉︎ 猫の家族を悪者にして、自分は痛みを被らない形を作ろうとしてるんだよ‼︎ ってか猫の母と話し合いとかなったら終わりなんだよ? そこまで考えてんのこの犬?
「辛かったんだね? 猫ちゃん……」
違うマリア‼︎
「ま、待って欲しいんだよ? 猫の家族には誰も、咎められるべき人は居ないんだよ‼︎」
「強がらなくて、良いんだよ?」
嘘など吐いていない‼︎ 強がってなどいない‼︎
テーブルの下で、わんちゃんが猫の足を突っついて来た。話しを合わせろとでも言いたいのか? いやいや、わんちゃんお前、どんだけ腐っているか? 腐り切ってるんだよ。お前の思惑は分かっているんだよ? 猫の家族まで地獄に堕とすか……? お前が火を付けた癖に? そのシナリオはあんまりだろ⁉︎ 何故この両親からこんなモンスターが産まれたか⁉︎
「ね、猫は、猫は……」
でも、猫が言い出した事だから。わんちゃんに、火を付けた事は言わなくて良いって、猫が言ったから。猫の口から、その真実を言えないんだよ。
「大丈夫だから猫ちゃん‼︎ 辛かったよね? 寂しかったよね⁉︎ 私の事を、本当のお母さんだと思って良いんだよ?」
わん母……うっ、やめてよ⁉︎ 優し過ぎるんだよ……
涙が、ちょぼちょぼと溢れ出して来た。
「辛かったんだね?」
あっ、この涙は違うんだよ⁉︎ 別の事に対する涙なんだよ! 決して、家族からの虐待を思い出して流した涙では無いんだよぉ……だって……わん母、優しいから大好きなんだよ。
「って事で、猫宮をウチで匿って良いかな? って……へぁっ…………」
んっ? どうしたわんちゃん? 罪の意識に押し潰されそうになっているのか? いや、この女はそんなタマじゃないんだよ。
「猫ちゃん? 私達に、いっぱい甘えて良いんだからね?」
へっ?
「ね、猫……上手に甘えられるかな? そんな経験無いから、不安になるんだよ……」
いっぱい? いっぱい甘えて良いの⁉︎
エヘヘッ、可哀想な子って思われるのも、それはそれで過ごし易くなるんだよ。わんちゃんそこまで考えててくれてた? って、わんちゃん? 目がイっちゃってるのだけど?
「あつ、アァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ‼︎ ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい⁉︎ あ、あたしが全部悪いんでしたァァァァァァァァァァァァァァァッ‼︎ …………あっ、だからもうやめて? もう……その音消してよォォォォォォォォッ‼︎ ねぇェェェッ‼︎ あたま‼︎ 頭おかしくなる……音、消して? お願い。パオン太……」
パオン太⁉︎ どうしたわんちゃん⁉︎
「琴子⁉︎ 何があったの⁉︎」
「あ、あたしの言った言葉、全部撤回する‼︎ ねっ? ねぇっ⁉︎ だ、だから‼︎ ……許してよ。パオン太……」
パオン太? とうとう、己の罪に食い殺されてしまったか?
「琴子⁉︎」
わん母が近寄って肩を揺すぶった。わんちゃんは、白目になって涎を垂れ流していた。
「琴子ォォッ‼︎」
バチィィィィィィィン
わん母が右の掌で、わんちゃんの左頬を思い切りぶった。
「はっ、ハァァァァァァァァァァッ‼︎」
お目覚めの様だ。わんちゃん本当、気色悪いからそういうのやめて欲しいんだよ。
「琴子……どうしたというんだ?」
わん父が引き気味にわんちゃんに聞いた。
「あ、あの……あたしのせいなの全部‼︎ 猫宮も、猫宮の家族も何も悪く無いの‼︎ あたしが、猫宮の部屋燃やしちゃったから……だから……」
言うなよ⁉︎ こんな優しい両親にそんな事伝えちゃったら……
「琴子が、猫ちゃんの部屋を燃やした⁉︎ ……詳しく教えなさい」
「あ、あぅぁっ……あたし、嘘吐きませんでした……だからもう、アレだけはやめて下さい……」
アレって何? わんちゃんってこんなヤバい奴だったのか。半分冗談でマリオパーティーの事薬物とか言ってたけど、本物のシャ○とか打ってたりしないよね? 猫、マジでそんな人と関わるのとか無理なんだよ……
「琴子⁉︎ ……返事が無い。取り敢えず、学校が終わったら、ちゃんと話しをしよう」
そうなるよね。わんちゃん、なんて事してくれてるんだよ。めちゃくちゃ面倒臭い事になってしまったではないか⁉︎ どう口裏を合わせるつもりなんだよ⁉︎




