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スクリーム・ノート III  作者: 藤沢凪
24/50

百二十四頁    鷹 陸   『母と娘』

 百二十四頁

 

 鷹 陸

 

『母と娘』

 

 あの日から、真央の顔が脳裏に焼き付いて離れない。十年振りに会った我が子は、泣いていた。

 

 鈴香、それが目的だったんだ。私と、真央を会わせる事。思いもよらなかった。まさか、あの子と関わりがあるなんて。お互いの子供同士が知り合うなんて、それこそ運命なんだと思う。

 

 近くに居たあの子は、きっと鈴香と英治の娘なんだろう。だって、二人並んでたけど、瓜二つなんだもん。あの子が、たまたま真央と仲良くなって、鈴香に伝わったって事だよね?

 

 ……ねぇ? こんな事されたら、神様の存在すら信じちゃうよ。運命は、罪は、私を逃がしてくれない。

 

 でも……どうしよう? ……私、真央の事が、気になってしょうがないの。そんな資格、無いのに。

 

 鈴香に、ショートメールを送ってしまった。

 

「ねぇ? どういう事?」

 

 すぐに返事が来た。

 

「涼子? 真央ちゃんは、私がちゃんと見守るから、大丈夫だよ」

 

 …………

 

「もう一度、会って話したい。ただ、真央には言わないで欲しい。あと、近くでこっそり誰かが話しを聞いてるとかいうのはやめてね?」

 

「分かった。ごめんなさい」

 

 夕方、喫茶店で待ち合わせをした。

 

 四時丁度に店に入り、用件を伝えると、待ち合わせで該当する客が居るとの事だった。店員に席まで案内されると、そこには鈴香が心ここに在らず、みたいな表情を浮かべて佇んでいた。

 

「あっ、ここで間違い無いです」

 

「そうですか。ご注文がお決まりになりましたらお声掛け下さい」

 

「アイスコーヒーで」

 

「あっ、アイスコーヒーですね? かしこまりました」

 

 鈴香の向かいの席に座り、話し掛けた。

 

「鈴香? 時間取らせてごめん」

 

 彼女の塞いでいた目が私を捉えると、無理して笑ってみせた。

 

「あっ、涼子。この間は、騙す様な事してごめん……」

 

 あんたは優しいから、その事で苦しんでたんだろうね。

 

「ねぇ? あの時言ってた事、詳しく教えてよ?」

 

 私は本当は、もう、自分の子供と向き合う事は無いと思って生きて来た。

 

「真央ちゃんの事だよね? 私も、今月の始めに初めて出会ったの。娘の優子から、真央ちゃんの家庭環境を聞いて。その時はまさか、あなたの娘だなんて思ってもみなかった」

 

 運命ってあるんだね。あなたの話しを聞いて私……

 

「そんな最近の事だったんだ? 話しを、聞かせて?」

 

「父親に、虐待を受けてた。暴力は無かったみたいだけど、言葉で、真央ちゃんは追い詰められてたみたい」

 

 もういいやって忘れて生きようと思ってたのに、助けたいって、幸せにしてあげたいって、思ったんだ。

 

「死ねって言われてたって言ってたけど、その事?」

 

「そうだよ」

 

 胸が軋んだ、怒りが込み上げて来る。

 

「許せない。アイツ……なんて事してくれてんだよ‼︎」

 

 でもその怒りは、自分に向けられた物でもあった。

 

「慰謝料を受け取った後、遊び回って、真央に、家の中に自分の痕跡を残すなとか言ったんだよ? 寝ている真央の枕元で、死んでくれって、何回も、何回も言ったんだよ⁉︎」

 

 鈴香の言葉が、何度も、何度もこの胸を突き刺して来る。

 

「私が……傍に居なかったから。私の、せいで……」

 

「涼子は、正しかったとかはっきり言えないけど、やるべき事を、やったって思うよ?」

 

 糞がっ……本当にそんな事思ってる? お前から、慰められんのかよ⁉︎

 

「優しくすんなよ‼︎ だって……私が、私のせいだろ?」

 

「それは絶対に違う! 悪いのは、死ねなんて言った父親だよ! あの男だけだよ‼︎」

 

「そんな奴に‼︎ ……全てを任せた、私が悪い……」

 

「今は、アル中で仕事もしてないらしい」

 

「そっか……」

 

「あっ、あの、アイスコーヒーです……」

 

 悪いね。この席に入るのキツかっただろ? ウエイトレスは、注文の品をテーブルに置くと、すぐ様その場を離れて行った。

 

「真央は、ちゃんと私達が面倒見るから!」

 

「十七年前にも、同じ事言われたな?」

 

「そう、だね……」

 

「やっぱり、私じゃ、駄目だったんだね」

 

「なんで?」

 

「出来なかった。自分の子供を、幸せにする事が、出来なかった」

 

「なんで、終わった事みたいに話すの?」

 

「えっ?」

 

「まだ、何も終わって無い。始まってはいるけど、真央の人生は終わって無い‼︎ その言葉は、真央に失礼だと思うよ⁉︎ そりゃ、最悪だったと思うよ? 始まりは地獄だったと思うよ? でも、真央の事を幸せにしたいと思う人は、今はいっぱい居るの! 私達で、真央を幸せにしてあげようよ⁉︎」

 

「私は……そんな資格無い」

 

「……真央ね? 本当に優しい子なんだよ?」

 

「……そっか。良かった」

 

「血も繋がって無いのに、お父さんを、助けて欲しいって言ったの」

 

「……はっ?」

 

 どういう事? だって、血も繋がって無いんだよ? 酷い事、言われて来たんだよ?

 

「なんか、涼子に似てる気がする。譲れないものがあって、時に厳しくて、自分の意見もはっきり言えるし、それに、とっても優しい心を持っているんだよ?」

 

「私は……私、そんな良い様に言われる人間じゃない……」

 

「自分の良い所って、自分じゃなかなか気付けないものなんだよ。真央はね? みんなで、クズな親父の事は見限りなって言っても、聞かないんだもん。本当、優しい子だよ。昔の涼子そっくりだよ」

 

「私は、優しくなんか無い。そんな人間じゃ無い」

 

「涼子……変わらないね? 本当、あの頃のままだね」

 

 ……なんで? 私、変わったよ。あの頃の様な純粋な気持ち、無いよ。色んな大人達の、悪意に振り回されて来たんだ。

 

「なんだよ? おべんちゃら言いやがって。私に、何か求めてんのか?」

 

「……そうだね。求めたいもの、あるよ」

 

 本性現したか?

 

「なんだよ?」

 

 金か? 自分がお前の子供の世話見るんだから、金を寄越せって言うのか? ……ハハッ……

 

 そんな訳無いじゃん。どれだけ金に困ってても、鈴香はそんな事言わない。

 

「これからは、真央のお母さんで居て? あの子と、関わって生きて欲しいの」

 

「お前がそれを言うのか? 私が真央の面倒見るみたいな事言うから、二度と真央に近付くなとか言われると思ってたんだけど?」

 

 そう言われるのが、一番怖かったんだ。

 

「そんな事言わないよ。子育てをして来て、自分一人の力じゃ到底無理な事に気付いたの。支えてくれる人が、一人でも多い方が助かる。子供達も、その方が喜ぶ。子育てって、繋がりだって思ったんだ。一人じゃ思い悩む事も、知人の知恵で乗り越えられた事もあった。一人でも、真央の事を大切に思ってくれる人を増やしたい。きっと、その人達が導いてくれるんだよ? 真央の未来を!」

 

 鈴香は、強くなったんだな。変わらないなんて言ったけど、間違ってた。鈴香は、母になって、強くなってたよ。真央を預かる事だって、成り行き任せなんかじゃ無く、強い意志を感じる。変わって無いのは、私の方だった。あの頃のまま。餓鬼のまんまだ。

 

「……私は、真央の為になる事なんて、言え無いよ。分からないよ……」

 

「ありのままで良いんだよ? 大切にしたいって気持ちが、一番大事なんだよ!」

 

「今からでも、真央の、お母さんになれるのかな私……」

 

「今からじゃなきゃ、もう真央のお母さんにはなれないよ」

 

「十年……いや、ずっとだ。十七年間もあの子の事を放ったらかしにして来たのに。私、そんな資格、無いよ」

 

「……本当はね? 私の方が、そんな資格無い事、分かってるよ。私が、あの時英治に、ああしてくれって言わなければ、今頃涼子は、真央と英治の三人で暮らしてたかもしれない……」

 

「……どうだろ。でも、あの時、心の底からお前を恨んだけどね」

 

「分かってる。その罪を、私は理解してる。ごめんなさい。でもね、後悔だけは絶対にしない」

 

「……そうなんだ?」

 

「だって、そうしなければ、優子は産まれて無いんだもん。あの子と出逢えた事だけは、私、どんなに罪に塗れていようと、肯定して生きていきたいんだ」

 

「…………そっか」

 

「私だって、間違いばかりして来た。許されない事をして来た。罪を償いたいって気持ちも勿論ある。でも、それよりも私、真央の事好きになっちゃったし。もう、起きてしまった事を無かった事にする事は出来ないから、やれる事をやりたいだけなの」

 

「……私も、本当に、あの子と関わって生きて、良いのかな……?」

 

「うん。良いんだよ? 真央が、それを望んでるんだもん。ゆっくりでいいからさ? 一緒に、真央ちゃんの事見守ろう」

 

「……うん」

 

「私ね? 母親になって、子供を育てて来て気付いたの。人って、自分の為だけに生きていると、限界が来る。誰かの為に生きたいって思わなきゃ、頑張れ無い。生きていけないと思うんだ。大切な人の為だけに、頑張ろうって思えるの」

 

 ……私は、今まで本気で、誰かの為に生きようと思った事があっただろうか?

 

「そうなんだ……」

 

 私、なんか勝手に、自分の人生経験濃いなんて思ってた。違う、間違ってた。子供を産んで、二度の結婚と離婚を経ても私、向き合わないといけない事から逃げてたんだ。だから、いつまでも心は成長してない。鈴香の、言う通りだと思った。

 

 私もう。自分の為にだけじゃ生きていけない。実際、いつ死んだって良いと思ってた。でも、もしも、許されるなら。鈴香の様に、自分の子供の為に生きても良いのかな? ずっと放って置いた癖に都合が良すぎると思う。でも、今からじゃなきゃ、私はもう、あの子のお母さんになれないなら……

 

 変わりたい。考えたい。あの子が幸せになる方法を。後悔したくない。もう逃げない。向き合いたい! だって、私もう、他に生き甲斐なんて無いの‼︎

 

 勝手だよね。今までずっと放って置いた癖に、今更生き甲斐なんて。でも、もう何も無かった筈の私の人生に、分からない事をくれた。私は、知りたい。その分からない事の先に、何があるのかを知りたいんだ。

 

 ねぇ? 鈴香に、ちゃんと、言わなければいけない言葉がある。

 

「帰ってご飯作らなきゃ。涼子が真央と向き合う決心が付くまでは、いくらでも付き合うからね? ちゃんと、情報交換していこう?」

 

「うん……あのさ——」

 

「あっ、そうだ! 今ね? 真央に料理教えてるんだよ?」

 

 お前が切り上げ様とするからこっちゃ言わなければいけない言葉言おうとしてんのになんなんだよ⁉︎

 

「へぇー……」

 

 ご飯作らないとなんだろ? 聞きたいけど時間取らせるのもなんだし、その位しかリアクション出来ねぇよ!

 

「お父さんに、作ってあげるんだって」

 

「……はっ? なんで? お父さんって、どっちの?」

 

「英治な訳無いでしょ? 真央、英治の事完全に軽蔑してるから。阿久津の方だよ。今は真央、私の家で暮らしてるけど、ちょこちょこお父さんの居るアパートに行ってるみたい。料理を作って、一緒に食べたって言ってた」

 

「なんで、あんな父親にそこまで……」

 

「十七年間、一緒に過ごして来たからだって、言ってたよ」

 

「そっか……真央は、強いんだな……」

 

「強くなんて無いよ。バレて無いつもりかもしれないけど、よく泣いてる。優し過ぎるんだよ真央は」

 

「そう、なんだ……」

 

「だからこそ、涼子の助けも必要なんだよ? また、いつでも連絡して? そろそろ行こうか?」

 

「待って……」

 

 咄嗟に手を伸ばし、鈴香の右手を握り締めていた。

 

「涼子?」

 

 手が震えた。バレて無い事を祈るよ。でも、この気持ちだけは伝えなきゃ。

 

「鈴香…………ありがとう」

 

 時が止まった。私が礼を言うのが、そんなに珍しいか?

 

 鈴香はそっと微笑んでみせた。私、学生時代は、ちゃんとお前の顔見てなかったのかもしれないな。鈴香お前、そんな優しい顔で笑うんだな。

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