百二十一頁 悪魔 捌 『ありがとう』
百二十一頁
悪魔 捌
『ありがとう』
心臓が、何度も、何度も揺さぶられる。その度に優子が、「大丈夫だよ」って、繋ぎ止めていてくれる。
ありがとう。私、今、あなたが居なかったら、きっと壊れてた。
「私……帰る。お前、訳分かんねぇんだよ⁉︎」
鈴香お姉さんが扉の先で責められてる。そんなの、嫌だよ。
「うん。うん……でも。お願いだから、優しくしてあげて? お願いだから……」
「はぁッ⁉︎ 何の事言ってんだよ? 説明しろよ‼︎」
「…………」
小鳥母は、覚悟を決めたんだ。私も、覚悟を決めたよ?
私、何とも無いと思ってた。お母さんと会いたいって言ったのだって、私を可哀想だって思ってもらう為の手段の筈だった。でも、いざ母の声を聞くと、母の話しを聞くと、堪え切れなくなってしまった。
母はゆっくりとリビングの扉を開け、私達と対面した。
…………
母は、私達に何も言わず、玄関に向かった。
目、合ったよね? 何も、言いたく無いのかな?
「……お母さん?」
問い掛けてみた。動きが止まった。でも母は、振り向いても、返事もしてくれなかった。
「お母さん‼︎」
叫んだ。ようやく母は、返事をくれた。
「私の事は、もう忘れなさい」
忘れていたよ? 忘れた筈だった。でももう、そんな事、出来る訳無い。母が靴を履いた。ねぇ? もう。そのドアを開けて、出て行ってしまうの?
「お母さん……ありがとう」
もう、会えないのなら、せめて、感謝を伝えたかった。
「……私は……あなたからそんな言葉を言われる、筋合い無い」
「なんで……? 私、お母さんに何とも思われて無いと思っていたの。私が産まれた事、迷惑な事だったんだって思って生きて来たの。でも、違った」
「…………」
「お母さん。私の事考えててくれた。私の為に、嫌な事我慢して生きてた。私、嬉しくて……嬉しくて、嬉しくて……心が、張り裂けそうなんだよ? 私、本当は諦めてたのに。傷付くのが怖いから、悪い方にばかり考えていたの。でも、お母さんが、私の為に頑張ってくれてたって知って、どうしても……堪え切れなくて……ありがとう。ありがとうございます……」
私は泣き崩れながら、母にありがとうを伝えた。ちゃんと、伝えられたのかな……?
「…………」
母は、返事をしない。でも、靴を履いたのに、ドアを開かない。
「お母さん……」
「…………」
「お母さん」
「…………」
「お母さん?」
「…………」
「無理、しないで?」
「……」
「辛いなら、喋らなくても良いんだよ?」
母の気持ちが分かるから。今更、掛ける言葉が無いって気持ち、分かるから。
「……優しいね。優しい子に育ってくれて、本当に嬉しい……」
「そんな事無いよ。でも、多分それは、鈴香お姉さんのおかげなの」
「そっか。そっか……」
「また、いつか、私と……会ってくれますか?」
「あなたは……それを、望んでくれるの?」
「名前で、呼んで欲しい」
「心が、落ち着いたら、ね……真央……」
「……うん!」
母が、ドアを開けて出て行った。その時には涙も枯れて、微笑んでその背中を見送っていた。良かった……これで、泣き顔を見られなくて済む。
安堵して振り返ると、優子が口を抑えてその場に崩れ落ち号泣していた。珍しいな⁉︎ いや! 泣き過ぎだから‼︎ 私も泣いてたけど、もう泣き止んでるし……ってか、優子に近付き慰めようとしたら、リビングでガン泣きしてる鈴香姉さんが目に入った。なんだよ。なんなんだよ‼︎ なんでみんな、こんなに優しいんだよ。




