百二十頁 鷹 伍 『真央』
百二十頁
鷹 伍
『真央』
「愛されて無くても、愛してるから。英治の事を、娘の優子の事を、愛してるから。私は、そう思えるだけで幸せなの」
愛してる? なんで? どういう意味?
だって愛って、お互いの気持ちが通じ合っている事柄を指し示す言葉じゃないの? 鈴香、お前のそれは、一方通行だよね? そんなの、愛じゃ無い。そんなのが愛なら、誰にだって出来るじゃん? そんなまがいモノを愛なんて呼んで、心が満たされてるなんて、マジ、笑い話しにもなんねぇから。
「自己満足に酔いしれてるって事で合ってる? 愛してるとか、可哀想に思えてくるからそんな言葉使うなよ?」
「なんで? 愛してるって、言ったら駄目なの?」
病院紹介したくなるレベルだわ。
「あのな鈴香? 愛って、通じ合ってないと使ったらいけない言葉なんだよ? 誰からも大切に想われていないお前の様な奴が愛なんて言葉使ったら、破綻するだろ? 愛って尊いものなんだよ。お前の様な立場の人間が軽々しく口にしていい言葉じゃ無いんだよ」
「なんで? 分からないよ。確かに、私は今、英治や優子からそれほどの想いを向けられてなんていないのかもしれない。しょうがなく一緒になっただけ、たまたま自分を産んで一緒に暮らしているだけ、そう思われているのかもしれない。でもね? 今はそれでも良いの。私の中だけの考えだから。勿論涼子には理解出来ないかもしれない。でも私ね? 愛って、日々の積み重ねだと思うの」
「はっ? 愛が日々の積み重ね? 意味分かんない……」
「きっと、私達の家族は、私が折れたら全て壊れる。英治に、優子に、家族を繋ぎ止めたいって意思は無いと思う。どれだけ不倫されたとしても、英治の一番失いたく無い場所がこの家であれば良い。どれだけ英治を嫌っても、優子が一番帰りたい場所がここであって欲しい」
「鈴香がもういいやってなったら、もう壊れちゃうんだ? 脆い絆だな?」
「多分ね。でも、どうしても譲れない。私は、妊娠したって分かった時、どんな手を使ってでも、この子を幸せにしたいって決意を持ったから」
「でももう、あんたの家族、破綻してない?」
「涼子には、分からないよ」
「アッ?」
「私にとって愛って、日々のコツコツとした積み重ねなの。家事をするのは当たり前だけど、出る時に、気を付けてね? って言ってあげるとか。今日嫌な事あったりした? って聞く事とか。そういう普段からの気遣いに、きっと二人は気付いてくれているから。きっと、私が死んだら悲しんでくれる。それだけで良いの」
それだけで良いの? 死んだ後なんて、悲しんでるのかも分かんないじゃん?
「悲しんで欲しいんだ? そして、苦しんで欲しいんだ?」
「……なんて言ったら良いのかな……もしも私が先に死んだとしたら、愛があった事を気付いて欲しい。それを、生きる糧にして欲しいんだよ」
「なんねぇよ‼︎ そんなもん、生きてく上で何の足しにもならない‼︎」
「何でそんな風に思うの? 涼子? 何があったの?」
「……私は、阿久津と結婚した」
「うん。知ってる」
何故か? 嘘を吐いて、自分は幸せだと鈴香にだけでも思い込ませれば良い筈なのに、もう、この子に嘘を吐く事を、身体が、脳味噌が拒絶するんだよ。
「阿久津とは、友達と行ったバーで知り合ったんだ。その日、連絡先を交換して、後日会う約束をして、その日に結ばれた。途中でゴムを外されて、勿論中には出させなかったけど、その数日後に英治に○出しされた。だから、もし英治の子を妊娠しているとしたら、利用出来ると思ったんだ」
「そう、だったんだ……」
「あたかも新しい男見つけたみたいにあの時のメールでは言ったけど、そうじゃ無かったの。私は、好きでも無い男と結婚する事で、やるべき事をやろうと努めたの」
「やるべき事?」
「産まれて来る子供への責任。それを果たそうとしたの」
「その責任って、何?」
「不自由の無い暮らし。私一人でだったら、きっと与えられなかった」
「そんな事、無かったと思う……」
「そんな事、あったよ。だって一人だったら、家賃も払えなくて家すら失ってたんだよ。鈴香、お前は地獄を知らないんだよ」
「それでも! 阿久津さんと、幸せな家庭を築けたんじゃないの……?」
「お前、マジで言ってんのか? だとしたら、神経疑うレベルなんだけど?」
「言いたい事は、分かってるよ……」
「じゃあ何で言うんだよ? 好きでも無い男と一緒に居るのが、どれだけ苦痛かお前に本当に分かんのか⁉︎ お前は⁉︎ 好きな男と結婚したんだろぉが⁉︎」
「好きな人と一緒に居るのに、抱いても貰えない女の気持ちが涼子に分かるの⁉︎」
「好きでも無い男に抱かれて、寒気がする女の気持ちがお前に分かんのかよ⁉︎」
…………
ハハッ、何マジになってんだろ? もうそんなの、何年前の話しだよ? 鈴香だって乗り越えてる筈だろ? もう若く無いんだからさ? お互い、大人になろうよ。
「ごめん。私は、ただ……」
やめろよ。謝られると、余計惨めになんだよ。
「私は、嫌だったんだ。この家族に、人生を捧げる事なんて出来ないって思ったんだよ。だからさ、夜の街をひたすら彷徨った。そして出会った。人生を変えてくれる、金持ちと」
「どういう事?」
「色んなバーに入り浸って、男を物色してたんだよ。そして、気に入ってもらえた。たまたまそいつが金持ちで、事情話したら慰謝料払って縁を切ってやるって言って来たんだ」
「応じたの? なんで⁉︎」
「はっ? 当たり前だろ? 娘に金が入って、私はあの家から抜けられる」
「子供は⁉︎ あなたの娘は? お金が入ったのは、父親にだけじゃない⁉︎」
「父親って言うなよ気持ち悪い。本当の家族じゃ無いんだよ。ってか、五百万だぞ? 流石に、あの部屋からも引越して、ちゃんとした暮らししてる筈だよ」
「もしも……そのお金を父親が食い潰して、今も、あの部屋で自分の娘が生活してるとしたら、どう思う?」
「たらればの話ししに来たんじゃねぇんだよ。もう私は、親としてやるべき事はやったから」
「……父親が、死ねって、自殺しろって‼︎ 自分の子供に言う様な奴だったら⁉︎」
「はっ? そんな親、親じゃ無くても、小さい子供にそんな事言う奴居る訳ねぇだろ⁉︎」
「真央ちゃんは‼︎ ……ゴメン真央ちゃん。もう、抑え切れなくて……」
はっ? 狂ってんのか? ってか、ってか……
「真央……?」
何でお前が、その名前を知っている?
「真央ちゃんは‼︎ お父さんに、お金があるからお前は邪魔だって、自殺しろって……言われて生きて来たんだよ……」
鈴香? 何で泣いてんだよ?
「何の話ししてんだよ……?」
「真央ちゃんから聞いたの。そして、今までの会話もずっと、真央ちゃん聞いていたの……涼子の、お母さんの言葉を、聞きたいって……」
頭が、真っ白になっていく。そのまま、そのまんま、時間は流れていく。




