表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スクリーム・ノート III  作者: 藤沢凪
19/50

百十九頁    栗鼠 伍   『愛してるから』

 百十九頁

 

 栗鼠 伍

 

『愛してるから』

 

 ピンポーン

 

 エントランスからの呼び出し音が鳴った。私はオートロックの解錠のボタンを押した。

 

「優子? 真央ちゃんと部屋に行きなさい」

 

 リビングに居た二人に言った。

 

「うん」

 

 一人残されたリビングで、涼子との思い出を遡っていた。でも、所々抜けている。きっと私は、忘れようとしていたんだ。もう、私には関係の無い事なんだって、罪を忘れて、その糸を断ち切ろうとしてたんだ。

 

 そんな私を、神様は許さなかったんだ。

 

 リビングで項垂れていると、玄関からのチャイムが鳴った。私は気持ちを切り替えて、玄関まで歩いた。でも、呼吸の仕方が下手なのか、酸素を取り入れ過ぎて、過呼吸の様になってしまう。

 

「アッ、ハッ、ハッ、ハッ……ハァ、ハァ……よし」

 

 呼吸を整えて、玄関のドアを開いた。

 

「…………久しぶり」

 

「あぁ、そうだね。鈴香」

 

 十七年振りに会った涼子は、化粧っ気が無かった。あの頃の彼女は厚めのメイクがデフォルトで、化粧に手を抜いてる日なんて見た事無かった。そのせいで、多分お互い様なんだろうけど、歳を取ったんだなって感慨深くなった。

 

 でも多分、お互い年相応になったんだよ。昔はずっとロングだった彼女の髪型は、今はセミロング程の長さだ。薄めの茶色。多分、白髪を染めている。全体を同じ色にキープする為には、その長さが限界なんだ。

 

「上がって?」

 

「うん」

 

 涼子をリビングまで導き、その扉を閉めた。

 

「座って?」

 

 涼子をリビングの中央のテーブルの前の椅子に座らせた。

 

「ねぇ? 理由って何だったの?」

 

 多分もう、優子と真央ちゃんがリビングの扉の前で聞き耳を立てている。本当は、その事を考慮した内容の話しをするべきなんだと思う。いきなり本題に行っても良かった。でもね? 出来ない。私、やっぱり、涼子の前では、素直な自分で居たい。ありのままの、情け無い自分の事もちゃんと話さないといけないの。

 

「その前に、私の話しを聞いて欲しいの」

 

「鈴香の話し?」

 

「うん。自分で蒔いた種の話し。英治、不倫してるの」

 

「ねぇ? そんな話しの前に、美味しいワインがあるんでしょ?」

 

「あっ、そうだね。まずは乾杯したいな。……ってかそっちが理由なんだったって急かしたんじゃん⁉︎ 何で私が先走って話しし始めちゃったみたいな感じなってるの⁉︎ おかしいじゃん⁉︎」

 

「クッ、フフフッ! 確かに、変わって無いねあんた?」

 

 涼子が、笑った。あの頃の、面影が蘇った。そんなに私が不倫されてる話しが面白いのか? でも、何年経っても、その愛くるしい笑顔は変わらないみたいだ。

 

 キッチンから持って来たワイングラスを二つテーブルの上に置いて、冷蔵庫から振る舞うワインを取り出した。

 

「これ、オーパスワンってやつ。オープナー持って来るね?」

 

 私がキッチンに背を向けた時、涼子が声を張り上げた。

 

「オーパスワン⁉︎ めちゃくちゃ高いやつじゃんか⁉︎ そこまでしてもらうつもりで来てねぇんだよ! 他のにしろよ‼︎ 御祝儀レベルの金額のワイン用意すんじゃねぇよ‼︎」

 

 何故か分からないけど、めっちゃキレられた。

 

「涼子聞いて?」

 

 引き出しに入っているオープナーを右手で掴んで言った。

 

「なに?」

 

「どうせ貰った物だし、私、まぁ英治もそうだけど、お酒の美味しさの違いなんて分からないの。それなら、分かる人に呑んでもらった方が良いじゃん?」

 

「……まぁ確かに。英治、今でも酒飲めないの?」

 

「飲めないのかな? 飲んでるの見た事無い」

 

「はっ? 今まで晩酌とかした事無いの?」

 

「うん。無いよ」

 

「何が楽しいんだよお前ら? 夫婦の想い出とか無いの? 結婚してて良かった事とか、無いのかよ?」

 

 胸が軋んだ。

 

「うーん。その質問、難しいね。英治、自分の事業が軌道に乗り始めた途端、まず始めに女漁り出したから」

 

 オープナーでオーパスワンのコルクを抜いた。

 

「叱れよ⁉︎」

 

 二つのワイングラスに注いだ。

 

「涼子だったらそうしたんだろうね。でも、私だって子供を育てて行くのに必死だったから。咎めるエネルギーなんて、無かったんだよ」

 

「そんな気がしてたよ。どうせアイツの良い様に丸め込まれて、文句の一つも言え無いまま一人で泣いてんだろうなって思ってたよ」

 

 涼子の向かいの椅子に腰掛け、グラスを持った。

 

「その通りだよ。良いお酒のつまみになるかな?」

 

「さぁ?」

 

 涼子もグラスを持ち、静かに乾杯をした。

 

 オーパスワンなるワインを一口含むと、とても芳醇なのだろうなという香りとコク? とか色々広がって行く。駄目だ、やっぱりワインの味の違いなんて分かんないよ。

 

「美味しい?」

 

 涼子に聞いてみた。

 

「うん。まぁ私も、最近は質の良いワインなんて飲んで無かったから、本当は良く分かってないかも」

 

 最近は? 高いワインを良く飲んでいた時期があったという事か?

 

「それって……?」

 

「そんな事より、話しを聞かせてよ? 何? 離婚しようとでも思ってるの? だから、何となく、色々あった私に連絡しようと思ったの?」

 

 話しを逸らした? 涼子は、私にありのままの姿では、居てくれないのかな?

 

「離婚するつもりは、無い」

 

「なんで?」

 

「なんでって、家族だから……」

 

「その関係が破綻してるから、人は離婚するんだろ?」

 

「別に、他に女が居たとしても、英治は、私達の家族なの」

 

「マジか。ってか今事業が上手く行ってんだよね? 別に興味無いからどんな事してんのか聞かないけど。チャンスだぞ? そんなのいつコケて借金塗れになるか分かんないんだから、金がある時に離婚して、慰謝料たっぷり貰った方がマシだぞ?」

 

「だから、言ってるじゃない? 英治は家族だから、そんな、地獄に堕とす様な事なんて出来ない」

 

「憎く無いの?」

 

「無いよ。……正直、事業なんて失敗すれば良いのに、なんて思ってる」

 

「はっ⁉︎ 意味分かんない。そのおかげで、こんな良い暮らしが出来てんだろ?」

 

「そのせいで、英治の家族と向き合う時間が減ってるから」

 

「甘いよ。鈴香お前は地獄を知らないんだ。お金が無くて、子供を育てて行ける未来が暗いと、頭がオカシクなってしまうんだよ」

 

「でも、それでも。私は、家族と一緒に居る時間が増えるのなら、その方が嬉しい」

 

「鈴香? お前、英治以外の男に抱かれた事あるの?」

 

 なんて質問すんだよ。娘が聞いてんだけど⁉︎ それは、涼子も同じではあるけど。

 

「無い」

 

「最近、いつ抱かれた?」

 

 だからどんな質問して来るんだよ⁉︎ 娘が聞いてんの‼︎

 

「ここ数年は無い。最後は、覚えてもいない……」


「アイツは今頃、他の女と寝てるかもしれないんだぞ? お前と結婚してからも、山程女とベッドを共にしているかもしれないんだぞ⁉︎ 悔しく無いのかよ⁉︎」

 

「悔しく、無いの。私やっぱり、おかしいのかな?」

 

「オカシイだろ‼︎ 愛されて無いんだろ? 満たされないよね? そんなんじゃ、心が満たされないじゃん⁉︎」

 

「えっ? なんで? 満たされてるよ?」

 

「だって、愛されて無いじゃん⁉︎」

 

「愛されて無くても、愛してるから。英治の事を、娘の優子の事を、愛してるから。私は、そう思えるだけで幸せなの」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ